『ミーツ・ザ・ワールド』
金原ひとみの人気原作を松井大悟監督が映画化。杉咲花が熱演する腐女子からの存在が圧巻。
公開:2025年 時間:126分
製作国:日本
スタッフ
監督: 松居大悟
原作: 金原ひとみ
『ミーツ・ザ・ワールド』
キャスト
三ツ橋由嘉里: 杉咲花
鹿野ライ: 南琴奈
アサヒ: 板垣李光人
オシン: 渋川清彦
ユキ: 蒼井優
奥山譲: 令和ロマン・くるま
由嘉里の母: 筒井真理子
鵠沼の母: 安藤裕子
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
擬人化焼肉漫画「ミート・イズ・マイン」をこよなく愛しながらも、自分のことが好きになれない27歳の由嘉里(杉咲花)。
同世代のオタク仲間たちが結婚や出産で次々と趣味の世界から離れていく現実を前に、仕事と趣味だけの生活に不安と焦りを感じた彼女は、婚活を開始する。
しかし、参加した合コンで惨敗し、歌舞伎町で酔いつぶれていた由嘉里は、希死念慮を抱えるキャバ嬢・ライ(南琴奈)に助けられる。ライになぜか惹かれた由嘉里は、そのままルームシェアを始めることに。
レビュー(まずはネタバレなし)
惚れ惚れするような腐女子
金原ひとみの原作の映像化は、初発が『蛇にピアス』だったからハードルが高いと思われているのか、思いのほか少ないようだ。本作が実に17年ぶりの第二弾、監督は『ちょっと思い出しただけ』、『くれなずめ』の松居大悟。
◇
金融機関に勤める主人公・三ツ橋由嘉里(杉咲花)は、焼肉希少部位を擬人化した漫画「ミート・イズ・マイン」にドハマリの腐女子。
歌舞伎町で泥酔し路上で倒れているところを、キラキラしたキャバ嬢の鹿野ライ(南琴奈)に救われ、そのまま同棲生活に入る。
どっかで観た展開だぞ、岩井俊二の『キリエのうた』と同じだ。あっちのキャバ嬢は広瀬すず、こっちは南琴奈。『花まんま』では暴漢に刺されたバスガイドだったが、今回は更にキラキラ感が際立つ。
そして圧巻は主人公の由嘉里を演じた杉咲花。こよなく愛する「ミート・イズ・マイン」の推し部位キャラを興奮マックスでまくし立てて語る姿に、惚れ惚れする。
仕事にも婚活にも希望を見出せず、自分ののめり込むものはこの漫画しかないのだと思っていたところに、歌舞伎町の夜の蝶としてまったく別の世界を生きる、ライの存在に惹かれていく。
新しい世界と出会え!
ライとの出会いをきっかけに、愛されたいと願うナンバーワンホストのアサヒ(板垣李光人)、生命力を感じさせない毒舌な作家ユキ(蒼井優)、ゴールデン街に長年生きるバー「寂寥」のオネエ系の店主(渋川清彦)

これまでに出会ったことのない世界の住人と知り合い、関わっていくことで、由嘉里は新たな世界を広げていく。まさに”Meets the world”。
◇
面白さという点では、この映画は今年観た映画の中では一番笑ったと思うな。
渋い表情の由嘉里がボソッとつぶやく毒舌や、「ミート・イズ・マイン」のグッズや同人誌を前にメロメロになるツンデレ姿、カラオケでの絶叫。彼女の言動に、劇場で思わず声を出して笑ってしまう。
人間、大人になってもここまでのめり込める好きなモノがあったら、それは幸せなのだなあとしみじみ思う。
そして食への飽くなき追求。何度も登場する九州ラーメンや焼き肉店での、小柄な杉咲花からは想像しにくい見事な食べっぷり。「Cook Do®」のCMを思いだしたよ。
クールで反応の薄いライも、由嘉里にアプローチをかけてくる合コン相手の奥山(くるま)に勝手にLINE返信するなど、表情を変えずに結構面白いことをやる。
◇
そして、ライの友だちで陽気なホストのアサヒも、奥さんが自分をナンバーワンにするために水商売で働いて売上貢献していたりと不思議なキャラだが、由嘉里と親しくなっていく。
『蛇にピアス』と違い、男女が同じベッドで寝てさえも淫靡な雰囲気には全くならないのね。

ミート・イズ・マイン!
楽しい日々の中で、死にたい願望が続くライのことが気がかりな由嘉里は、ライのかつての恋人・鵠沼との確執が解ければその感情は消えるかもしれないと考える。
だが、歌舞伎町に生きる仲間たちはみな、「価値観の押しつけはよくないよ」と口々に言う。それでも、由嘉里はアサヒに無理やり協力させて、大阪にいるらしいその元恋人に会いに行こうとする。
◇
「ミート・イズ・マイン」のアニメ1話分を本格的に作ってしまうというのは、上白石萌歌の『子供はわかってあげない』や堀北真希の『麦子さんと』など、アニメファンを扱う実写映画では結構ありがちな話。MeatとMeetsはタイトル同士で頭韻を踏んでいるのだろう。
歌舞伎町の夜の優しい世界をしっかりとカメラに収めているところが、何ともいえずいい感じ。「朝焼けがミノに見えるなんてね」と、アパートのベランダで由嘉里とライが共感しあう場面は美しい。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
本作は面白さという点では十分笑わせてくれるのだが、死にたい願望のライが失踪し、一方で彼女の元恋人を探そうと大阪に行く由嘉里が、最後にどのような結末を迎えるかという点では、ちょっと消化不良気味だったのが惜しまれる。
結局、その元恋人はメンタルをやられて入院中で、会うことは叶わず、電話がかかってくるにとどまるのだ(ちなみに電話の声は菅田将暉)。
スカッとする分かり易い着地点ではないことは原作通りだった。
そういえば『蛇にピアス』の頃から、金原ひとみの小説は私には理解不能(世代や性別ギャップだけとは言い切れないが)であり、そのミステリアスな部分が惹きつけられるのだと納得していた。
だから、この作品の終わり方もこれで良かったのだろう。
由嘉里は自分の生き方を認めず頭の固い母親(筒井真理子)とは、いまだに溝があり分かり合うことができていない。価値観の押しつけとは受け容れがたいものなのだ。
その由嘉里が、ライの死にたい願望に関しては、価値観押しつけの愚を犯そうとしている。
ライが汚部屋だった自室をキレイにするようになったように、自分が動けば彼女の何かを変えられるのではないか。由嘉里はその一心で、行動する。

だが、何もかも、彼女の思い通りにはいかなかった。鵠沼からの電話にも、取りつく島がなかった。
「この町ではね、長年の常連がある日突如姿を見せなくなることはよくあることだけど、数年後にまた現れることもあるのよ」
バー「寂寥」のマスターが語ったように、いつか再びふらっとライが戻ってくるのかもしれない。
