『エドワード・ヤンの恋愛時代』
獨立時代 A Confucian Confusion
エドワード・ヤン監督の早すぎた傑作、時代を先取りした台北の男女。
公開:1994年 時間:127分
製作国:台湾
スタッフ
監督: エドワード・ヤン(楊徳昌)
キャスト
チチ: チェン・シャンチー(陳湘琪)
モーリー: ニー・シューチン(倪淑君)
ミン: ワン・ウェイミン(王維明)
アキン: ワン・ポーセン(王柏森)
フォン: リチー・リー(李芹)
ラリー: ダニー・ドン(鄧安寧)
バーディ: ワン・イエミン(王也民)
リーレン: チェン・イーウェン(陳以文)
モーリー義兄:イエン・ホンヤー(閻鴻亜)
モーリー姉: チェン・リーメイ(陳立美)
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
急速な西洋化と経済発展が進む1990年代前半の台北。大財閥の娘モーリー(ニー・シューチン)は、本来は姉と結婚するはずだった、別の大財閥の御曹司アキン(ワン・ポーセン)と婚約中。
モーリーは目下、とある会社を経営していたが、財政事情は苦しく、頭痛の種。そんな彼女が頼りにするのは、大学時代からの親友でモーリーの会社で働くチチ(チェン・シャンチー)。
チチは愛らしい笑顔と優しい人柄で誰からも好かれていたが、本人はいつも優等生タイプのキャラを求められることに疲れと息苦しさを感じ、婚約者のミン(ワン・ウェイミン)とも最近擦れ違いが続いていた。
今更レビュー(ネタバレあり)
儒教の混乱の時代
エドワード・ヤン監督の早すぎた傑作といわれる1994年の青春群像劇。2023年に4Kレストア版が公開される。
偉大なる前作『牯嶺街少年殺人事件』(1991)は60年代の台北を描いた作品だったが、今回は勢いのある経済発展を遂げている現代の台北。
孔子が弟子の冉有と「豊かになったら、何をすべきか」を語り合ってから二千年、「世界で最も裕福な街の一つになった」と冒頭で紹介される現代の台北は、当時、香港に追いつき追い越せのアジア屈指のクールで猥雑な街だった。
そこに暮らす、裕福なエリート階級に属しながら空虚な日々を消費する10人の男女の三日間を描く群像喜劇。台湾映画のヌーヴェルヴァーグにふさわしい一本だと思う。

邦題が『エドワード・ヤンの恋愛時代』となっているのは、『牯嶺街少年殺人事件』が興行的に失敗したことから、監督名を付けて分かりやすさ優先にしたためだろうか。
原題の『獨立時代』は恋愛よりも、むしろ束縛的な愛からの自立を意味しているように思える。
英語の” A Confucian Confusion”も単に言葉遊びかと思ったら、「儒教の混乱」の意という結構センスあるタイトルになっている。ちなみにこれは、劇中で作家が書いた小説のタイトルにもなっている。
10人の男女の恋愛模様を描いてはいるが、メイン扱いなのは、裕福な財閥カップルのモーリー(ニー・シューチン)とアキン(ワン・ポーセン)、そして大学生からのカップルのチチ(チェン・シャンチー)とミン(ワン・ウェイミン)。
この二組の男女を中心に、その同僚や親族、友人などが複雑に絡み合っていき、恋愛群像劇ができあがる。
昔ながらの儒教的な考え方に縛られて生きていく者、時代の変化に順応して自分勝手に生きていく者。彼ら彼女らが直面する、中国的な情の文化と西洋的な合理主義の混沌は、きっと当時の台北の空気を表しているのだろう。

映画は冒頭から登場人物が入れ代わり立ち代わりで矢継ぎ早に台詞をいうので、誰がどういうポジションにいて、誰と交際しているかの状況把握に苦労する。
とはいえ、精緻に組み立てられたミステリーというわけでもないので、深く考えずに眺めていると、一日目の終わりごろには何となく人物相関図が浮かび上がってくる。
複雑な人物相関図
以下、ネタバレになるが、この人物相関図を簡単に説明してみる(赤字:女性、青字:男性)。
売れっ子舞台演出家のバーディ、財閥のお嬢様で広告代理店社長のモーリー、そこに勤める優秀なチチ、公務員のミンの4人は大学時代からの親しい友人。
バーディの新作舞台が盗作だと騒がれ、モーリーに泣きついてくる。その作家が彼女の義兄なのだ。TVタレントのモーリーの姉は、その義兄とは最近別居している。モーリーは仕事のできる親友チチに気難しい義兄との交渉を任せる。

経営手腕のないモーリーは業績不振で次々と人員削減を進め、新人のフォンも解雇した。会社はいつ倒産してもおかしくない。
財閥の御曹司で会社の出資者でもあるアキンはモーリーの婚約者だが、モーリーは彼を愛していない。アキンと結婚するはずの姉が逃げてしまったため、自分が政略結婚の後釜に座らされたのだ。
アキンが頼っている無能なコンサルで妻子ある身のラリーはフォンの愛人でありながら、モーリーとも関係を持っている。
◇
チチとミンは婚約中だが、最近喧嘩が絶えない。ミンの継母がチチに転職を紹介するが、チチはモーリーを放って出ていけないというのでミンは不満を持つ。
ミンがチチを飛ばしてモーリーに転職話をしてしまったことで、モーリーとチチの友人関係にもひびが入る。
アキンは自分を愛してくれないモーリーが誰かと浮気していると疑う。相談するのは当の浮気相手のラリーだが、彼はそれをバーディだと誤魔化す。アキンはバーディに殴り込みをかける。
◇
会社を解雇されたフォンはミンの同僚リーレンにナンパされ、意気投合するが、その後、女優を目指してバーディのもとを訪ね、そこで主役の座につられ体をゆるす。だがそこを愛人のラリーに見つかってしまう。

アキンは浮気相手の誤解が晴れたバーディと仲直りし、アトリエにいたバーディの健気な助手に一目惚れする。
チチはモーリーの義兄の作家のもとに何度か著作権交渉に訪ねるうちに、彼がかつての流行小説を捨て、作風を改めた「儒者的困惑」を読んで感動する。
別居中の作家は、モーリーの姉との離婚を決意し、チチに愛されていると誤解し彼女のタクシーを追いかけて追突し悟りを開く。

モーリーのせいでチチと険悪になっているミンは、自分の助言のせいで同僚のリーレンが汚職でクビになったこともあり、落ち込んでいる。
そこにやってきたモーリーと互いに相手の頬を叩き合い、そのまま一夜を共にしてしまう。モーリーは乗り気になるが、ミンは勢いで寝ただけだと言い、彼女を怒らせる。
翌朝、モーリーのオフィスにチチが来て心の内を打ち明け、仲直りする。そこにアキンが来て婚約解消を宣言、モーリーは会社を彼に引き取らせることで合意。チチはミンが役所を辞職したことと、彼の父親が倒れたことを知る。
見事なカメラワーク
人間模様はムチャクチャだが、カメラワークは見事なもので、どれもピシッと決まっている。
モーリーのポルシェで町を走らせながらラリーと会話するカットも秀逸だし、エレベーターの中でミンがブチ切れてチチを怒鳴り散らす主観ショットも斬新。青白い夜の光の中で、モーリーとチチが語り合うシーンも妖しく美しい。

相手を傷つけることにしか自分らしさを見出せないような、モーリーとラリーが、おそらくクズ人間キャラの筆頭格だと思うが、本作では本音を言えずに真面目に愛されキャラを続けるチチ以外は、共感しにくい登場人物ばかり。
その点、本作よりも、元気な現代台北の夜を巧みに切り取った次作『カップルズ』の方が個人的には好みではある。
同作にはパリジェンヌを演じたヴィルジニー・ルドワイヤンがいたが、本作ではチチ役のチェン・シャンチーがオードリー・ヘプバーンっぽい見た目を意識しているなあ。
そう思っていたら、彼女に惚れる作家の安アパートの壁に、オードリーのポスターが貼ってあった。
◇
ラストシーン、これまでのわだかまりが溶け、病院で再会したチチとミンは別れることを選ぶが、すぐに踵を返してエレベーターの前で抱き合う。一組くらいは幸せになってくれないとね。