『片思い世界』
公開:2025年 時間:126分
製作国:日本
スタッフ
監督: 土井裕泰
脚本: 坂元裕二
キャスト
相良美咲: 広瀬すず
(幼少期) 太田結乃
片石優花: 杉咲花
(幼少期) 吉田帆乃華
阿澄さくら: 清原果耶
(幼少期) 石塚七菜子
高杉典真: 横浜流星
(幼少期) 林新竜
桜田奈那子: 小野花梨
増崎要平: 伊島空
木幡彩芽: 西田尚美
加山次郎: 田口トモロヲ
勝手に評点:
(オススメ!)

コンテンツ
あらすじ
美咲(広瀬すず)、優花(杉咲花)、さくら(清原果耶)の三人は、東京の片隅に建つ古い一軒家で一緒に暮らしている。それぞれ仕事、学校、アルバイトへ毎日出かけていき、帰ってきたら三人で一緒に晩ごはんを食べる。
リビングでおしゃべりをして、同じ寝室で眠り、朝になったら一緒に歯磨きをする。家族でも同級生でもない彼女たちだったが、お互いのことを思いあいながら、楽しく気ままな3人だけの日々を過ごしている。
もう12年、ある理由によって強い絆で結ばれてきた三人には、それぞれが抱える“片思い”があった。
レビュー(まずはネタバレなし)
朝ドラ主演の実力派三人女優
近年映画の仕事に力を入れている脚本家・坂元裕二、そのきっかけとなった『花束みたいな恋をした』の土井裕泰監督と再タッグとなった本作。
主演は広瀬すず、杉咲花、清原果耶という、朝ドラ主演の若手実力派女優三人を集めた豪華キャスト。それだけでも観に行く気になる作品だと思うが、ぜひ本作は何の予備知識も持たずにご覧になることをお勧めしたい。
すでに当サイトの上の方にも、公式サイトとほぼ同じ情報量のあらすじを掲載しているが、これすら読まない方が楽しめると思う。(もう読んでしまった人、ごめんなさい!)
◇
映画は冒頭、児童合唱団の練習風景。揃いのステージ衣装がかわいい。この中に幼少期の三人娘がいるのだろう。年上と思われる少女が、音楽劇の台本を書いている。

彼女は姿の見えない少年の名を呼んで探し回るが、見当たらない。やがて、集合写真を撮ろうという話になって、みんなが整列する。そこに突然ドアが開き、みんなが横を向いているときにシャッターが下りる。
意味不明な展開だが、既に坂元裕二の伏線は張られまくっている。
現実感のない童話のような暮らし
そして現在。成長した三人娘は都会の中の小洒落た一軒家に暮らしている。まるで童話の世界のような、ファンタジックな内装の家だ。
長女の美咲(広瀬すず)は不動産会社のOL、次女の優花(杉咲花)は量子力学を学ぶ大学生、三女のさくら(清原果耶)は水族館のアルバイト。
正確には三人は姉妹ではないが、家族同然に暮らしている。まるで広瀬すずが末っ子として転がり込んできた『海街Diary』のように。

だが、あの姉妹たちの鎌倉ライフと違い、まるでバブル時代のドラマのように、ハイテンションで会話が飛び交う三人には、あまり生活感がない。
美咲はバス通勤でいつも出会う、アホ毛の男性・高杉(横浜流星)が気になっている。告白すべきと姉妹はけしかけるが、そんな勇気はない。
ここまではありがちな恋愛ドラマだが、このあたりから、物語は大きく通常軌道をそれていく。
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— 映画『片思い世界』公式 (@kataomoi_sekai) March 27, 2025
音楽って
人生を楽しむための
ものだから
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❁*。 高杉 典真 / #横浜流星#片思い世界 4月4日(金)公開🎬 pic.twitter.com/LED45Xgcei
坂元裕二の魔法の台詞
「片思い世界」って一体どういう意味なのか、観る前は不思議に思っていたけれど、観終わると何ともしっくりくるタイトルだ。
坂元裕二の脚本には、どこにでも転がっていそうなのに、彼にしかみつけられない、宝石のような台詞がいくつも散りばめられている。
◇
『ファーストキス 1ST KISS』では、名コメディエンヌ松たか子の唸らされる台詞とコミカルな演技で、さんざん笑いながら泣かされた。
それに比べると今回は笑いの要素はやや控えめながら、噛み締めたくなる名台詞と泣かせる場面はかなり増量している。
泣かせようとするクサい演出やテーマソングの邦画はいまだに数多く公開されているが、私はその手の作品にはあまり触手が伸びないし、そもそも観ても泣けない性質だ。
だが坂元裕二の脚本は、油断しているところに泣きのポイントを差し込んでくる。だからつい泣かされてしまうのだ。「肉まん」と「三日月型クッキー」に泣かされる日が来るとは思わなかった。
これで2025年に入って、早くも坂元裕二脚本の映画が二作品も公開された。ともに少しだけ現実離れした設定の『ファーストキス 1ST KISS』と『片思い世界』は、それぞれ泣きのツボが違うのだけれど、甲乙つけがたい傑作だと思う。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
少女たちに起きたこと
冒頭の児童合唱団の練習時に、事件が起きてしまう。
幼少期の事件で、突如刃物を持った不審者に襲われた三人の少女は、命を落とす。だが、なぜか彼女たち三人は互いの姿が見え、現実社会で普通に成長していく。
本来ならば、『怪物』やドラマ『それでも、生きてゆく』のように、思いっきりシリアスな展開になりそうな話なのに、なぜか、明るさを失わない。
自分たちは現実社会が見えるのに、世間からは自分たちが見えない。人々と意思疎通することも触れ合うこともできない。
でも、三人はまともな生活を送り、きちんと食事をし、仕事をし、支え合って生きている。自分たちは幽霊だが、恨みがましく呪ってやる存在にはならない。
一風変わった『アダムス・ファミリー』、というか、世代的に思い出すのが『シックスセンス』であり『ゴースト ニューヨークの幻』なのであるが、それを二番煎じと言わせないだけの丁寧な作り込み。

声は風
子どもの頃に自分が美咲を合唱団に勧誘したせいで、彼女を死なせてしまったことを、大人になっても自責し続ける高杉典真(横浜流星)。
再婚して新しく子供ができても、優花を失った悲しみを乗り越えられない母(西田尚美)。
大切な人のために何かをしたくても、刑期を終えて出所した犯人(伊島空)に動機を問いただしたくても、何も伝えられない彼女たちのもどかしさ。それでも、何かをせずにはいられない。

ある日突然、彼女たちが普段聴いているラジオの声(松田龍平)は、自分たちと同じように死んだ人間だったが、妻と心が通じ合ったことで生き返ったと語りかけてくる。
同じように心が通じ合う誰かがみつかれば、自分たちも元に戻れる。そう信じて、三人はラジオの呼びかけ通りに、夜明けの灯台に向かう。
◇
少女の頃の美咲が書いていた音楽劇の台本は大人顔負けの台詞運びで、『つぐない』でシアーシャ・ローナンが演じた文学少女のようだ。
大人になってその台本を手にした典真と美咲が、台詞に乗せて愛を語らい合うシーンは本作の白眉だった。
互いに相手を強く思い続けていても、それを伝えることができなければ、人はそれを<片思い>と呼ぶのだろうか。
「ずっとこうしたかった」
児童合唱からスーパーカミオカンデまで、いろんな素材が見事に融合しあって、三人は彼女たちなりのゴールにたどり着く。
音楽は鈴木慶一。今回はmoonridersまで総出演。子供たちと三人が一緒に歌う児童合唱もよいが、エンドロールの歌なしの曲『声は風』も心地よい余韻を残してくれる。