『サンセット・サンライズ』
コロナ禍でリモートワークするなら、三陸に住んで大好きな釣り三昧!
公開:2025年 時間:139分
製作国:日本
スタッフ
監督: 岸善幸
脚本: 宮藤官九郎
原作: 楡周平
『サンセット・サンライズ』
キャスト
西尾晋作: 菅田将暉
関野百香: 井上真央
関野章男: 中村雅俊
倉部健介: 竹原ピストル
高森武: 三宅健
山城進一郎: 山本浩司
平畑耕作: 好井まさお
持田仁美: 池脇千鶴
大津誠一郎: 小日向文世
村山茂子: 白川和子
黒川重蔵: ビートきよし
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
新型コロナウイルスのパンデミックにより世界中がロックダウンや活動自粛に追い込まれた2020年。
東京の大企業に勤める釣り好きの西尾晋作(菅田将暉)はリモートワークをきっかけに、南三陸に見つけた4LDKで家賃6万円の物件に“お試し移住”することに。
仕事の合間には海に通って釣り三昧の日々を過ごす晋作だったが、地元住民たちはよそ者の彼のことが気になって仕方ない。
晋作は一癖も二癖もある住民たちの距離感ゼロの交流に戸惑いながらも、持ち前のポジティブな性格と行動力で次第に溶け込んでいく。
レビュー(まずはネタバレなし)
リモートワークで釣り三昧
東京で大企業に勤めるサラリーマンの若者が、リモートワーク可能になったのをいいことに、三陸の漁村に移住して釣り三昧の夢の生活。
何だ、『釣りバカ日誌』かよ。それなら、auのCM、三太郎シリーズでも鬼ちゃん(菅田将暉)じゃなくて金太郎(濱田岳)だろうに。
確かに、釣りキチの青年の話ではあるが、楡周平の同名原作は、もう少しシリアスタッチだ。
その舞台は、東日本大震災の津波で家族や愛する人を失った町民たちが暮らす三陸であり、また時代設定は、コロナ禍が日常生活に厳しい制約を課し始めた2020年。
ドキュメンタリーの世界でキャリアを積んできた岸善幸監督がこの原作のメガホンを取ることは自然な流れに思えるし、『あゝ、荒野』で監督と組んだ菅田将暉が主演なのも違和感はない。
脚本に宮藤官九郎というのは、不思議な組み合わせに感じたけど、さすがにクドカンの普段の調子で笑いを取りに行くのではなく、原作の扱うテーマを意識した脚本になっている。笑いはあるが、節度もある。
思えば、岸善幸監督は山形、宮藤官九郎は宮城出身で『あまちゃん』でも三陸を舞台に書いている。菅田将暉は大阪人だが、『銀河鉄道の父』で宮沢賢治を演じているので、東北に無縁ではない。そんな訳で、この東北を意識した布陣になったのかも。
ソーシャルディスタンス野郎
三陸・宇田濱で役場勤めの関野百香(井上真央)は空き家対策の担当をすることになり、まず自分の持つ空き家を貸してみようと考える。
一方、リモートワークで釣りを楽しもうと、すぐに入居できる4LDKで家賃6万円という破格の物件を宇田濱にみつけた西尾晋作(菅田将暉)は、その百香の物件を即決する。
だが、コロナに戦々恐々とするご時世に、東京者がこんな田舎町に来て万一にも感染者第一号を生み出したら一大事。ソーシャルディスタンスに二週間の完全隔離。
百香の父で漁師の章男(中村雅俊)の釣った魚を毎日料理しては届けてもらい、西尾の隔離生活がスタートする。
2025年の今になってもコロナ感染は消えていないが、正体も影響も皆目分からない当時の気味悪さと、マスクや消毒が当たり前の日常生活の異常さは、この当時がピークだった。
笑い話にできるものではないが、このように当時の生活様式を記録に残すことは意義深い。
石井裕也監督の『茜色に焼かれる』をはじめ、コロナの世の中を描いた作品は少なくないが、この作品はわりとライトタッチにマスク生活を描いており、息苦しさをあまり感じずにすんだ。
井上真央が初めてマスクをはずし口元を披露してくれるシーン(スローだよ!)などは、菅田将暉と共に見惚れてしまった。
モモちゃんの幸せを祈る会
映画の前半は、格安物件の賃借に毎日の海の幸づくし、そして釣り三昧の生活を謳歌する西尾が、WEB飲み会で同僚にお試し移住を自慢。原作ではイメージできなかったが、新築4LDKの家は相当立派で、これを家具付き6万は確かにお得かも。
宇田濱にはマドンナ的存在の百香を見守る<モモちゃんの幸せを祈る会>のメンバーがいつも集い、彼女の交際相手なのではと疑う西尾に厳しい目を向ける。
居酒屋海幸の板前・ケン(竹原ピストル)にヤンキーっぽいタケ(三宅健)、役場に勤める耕作(好井まさお)にやがて市長になる進一郎(山本浩司)の四人組。この青年団のような四人が、クドカン的な笑いを次々と繰り出す。
岸善幸監督、『前科者』では森田剛を起用し、今度は<剛健コンビ>の三宅健とは。でも、金髪ヤンキーが意外に似合ってて良かった。
竹原ピストルが寒い地方の方言で演技するときは、どの映画でも独り勝ち。今回も存在感では無敵だったな。原作にも、このケンが作る魚料理が多く登場するが、映像で見られたのは満足。
次々と出される山海の珍味に舌鼓を打つ西尾が「何すか、これ。もてなしハラスメントですか」というのは笑ったが、何度も登場する食レポ的場面には「うまっ」「ヤバっ」くらいしか表現できず、苦しそうだった。
西尾に優しくしてくれる、百香の父・章男には映画久々の中村雅俊。東北弁うまいなあと思ったら、彼も宮城出身だから当たり前か(でも女川の方言は違うらしい)。西尾の隣人には、パチンコ好きの独居老人の茂子(白川和子)。
キャストで一番驚いたのは、百香の同僚、仁美役の池脇千鶴かも。ドラマ『アンメット ある脳外科医の日記』のゲスト出演でも話題になった、ポッチャリ体型への激変ぶりをそのままに、もどかしい仲の西尾と百香を相手にズバズバ斬りこむ。
勤務先の社長はいけ好かないキャラに
映画の後半には、西尾の勤める大企業シンバルの社長・大津誠一郎が登場。演じるのは、かつて中村雅俊の付き人だった小日向文世。共演シーンがないのは残念。
社長は、田舎の空き家をリフォームして都会からのお試し移住者を受け容れる、貸し手、借り手、そして社会的にも意義のあるビジネスプランを本格稼働させようと動き出す。
その流れは原作通りだが、大津社長のキャラは原作ではもっと好人物だったはず。
小日向文世が演じているからではないだろうが、映画の大津社長は、WEB飲み会でも社員に敬遠され、部下の意見には耳を傾けず、葬式にはキャバ嬢のような薄着の秘書を伴い、そして居酒屋ではケンの作った刺し盛りにも手を付けない。
随分と分かり易く、偉そうな社長キャラになっている。この映画で一番引っ掛かったのはここかもしれない。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
東北人あるある
宮藤官九郎が脚本を書くにあたり、東北人が揃っていることもあり、原作にはない東北人気質みたいなものを織り込もうとしたらしい。
「こっちの人はみな、東京の人にペコペコして、いなくなった後に悪口いうんだよね」とか、
「何か関係がギスギスしだしたら、芋煮会で本音ぶつけ合うのが一番だ」とか。
おまけに、最近の暖冬で社会問題化している、熊まで頻繁に登場させて、原作とは違うアレンジを後半に向けて増やしている。芋煮会なんて原作には登場しないが、これは妙案だ。
部屋の内覧用に動画を撮ると、亡くなった家族が写っているアイデアも、何も予備知識のない序盤にやられるとJホラーのようだが、映画ならではの発想で良かった。
百香は震災で夫と幼い二人の子供を失っている。家族で住むはずだった家を貸し、ともに天涯孤独となってしまった義父の章男と実の父娘のように暮らしていたのだ。
西尾と百香が結ばれるのか。西尾は宇田濱を離れ東京に戻るのか。大団円の展開だった原作にくらべ、映画は予断を許さない状況となり、最後までハラハラする。
これはどちらが良いというものではないが、日が沈んで終わるのではなく、夜明けで終わるタイトルにした意味は、映画で西尾が絵を描くよりも、原作の方がストレートに伝わった。
震災だってどうでもいい!
「空き家の活用も、祈る会のみんなのことも、ホントいうとどうでもいいんです!」と、自分には百香のことだけが大事なのだと皆の前で告白する西尾。
「もっというと、震災だってどうでもいい!」
これは、オリジナルの台詞にしては結構過激に聞こえた。「それは、芋煮会でも言っちゃダメなやつ」と池脇千鶴が言うことで、どうにか緩和されたけど。
部屋に残されて気づかずにいた亡夫の煙草の吸殻、子供たちの歌を録音したMD。過去を引きずらずに生きることなんて、百香にはできないだろう。
でも、一緒にそれを抱えてくれる人物が現れたのだ。西尾はただの釣りバカではなかった。
よー、そこの若いの。入籍という形に囚われずに二人で暮らすのは、お試し移住気分が抜けないのではないよな。