『余命10年』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『余命10年』今更レビュー|長いんだか短いんだか、どっちなのって感じよね

記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

『余命10年』
 The last 10 years

君と出会って、この世が愛おしくなった。

公開:2022 年  時間:124分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:        藤井道人
脚本:        岡田惠和
           渡邉真子
原作:        小坂流加

          『余命10年』
キャスト
高林茉莉:      小松菜奈
真部和人:     坂口健太郎
富田タケル:     山田裕貴
藤崎沙苗:        奈緒
高林桔梗:       黒木華
高林百合子:     原日出子
高林明久:       松重豊
平田医師:      田中哲司
梶原玄:  リリー・フランキー

勝手に評点:3.5
  (一見の価値はあり)

(C)2022映画「余命10年」製作委員会

あらすじ

数万人に一人という不治の病に冒され余命10年を宣告された20歳の茉莉(小松菜奈)は、生きることに執着しないよう、恋だけはしないことを心に決めていた。

ところがある日、地元の同窓会で再会したのは、かつて同級生だった和人(坂口健太郎)。別々の人生を歩んでいた二人は、この出会いをきっかけに急接近することになる。

和人と出会ったことで、茉莉の最後の10年は大きく変わっていく。思い出の数が増えるたびに、残された時間は失われていく。

今更レビュー(まずはネタバレなし)

小松菜奈坂口健太郎の共演による、いわゆる<難病もの>の映画だ。藤井道人監督は後に『青春18×2 君へと続く道』でも清原果耶<難病もの>を撮っているが、本作はよりストレートな作品。

原作は小坂流加の同名小説だが、著者自身難病を患っており、書籍化した著作を大幅に加筆した文庫版の刊行を待たずに亡くなられた。

本作は彼女が原作でこだわった「重いお涙頂戴ものにはしない」というポリシーを藤井道人監督が受け継ぎ、過度な演出のない、とても爽やかで微笑ましく、でも最後には心を鷲掴みにされるようなラブストーリーになっている。

一般的にこのジャンルは、著者自身のドキュメンタリー的な部分があると評価が甘くなりがちだが、本作はその予備知識を抜きにしても、胸を打つ作品だと思う。

じっくり一年をかけて四季を追い、丁寧に撮った作品だというが、その成果は十分に感じられた。

(C)2022映画「余命10年」製作委員会

小松菜奈演じる主人公の高林茉莉まつり肺動脈性肺高血圧症という難病で闘病生活をしている。病気についてはほとんど語られず、自分で調べたことを綴った彼女のノートから窺える程度だ。

「余命10年」という言葉も、この病気で10年以上生存する確率は極めて低いというデータから、自分で名付けたものではないか。最長で10年という意味なら、主治医(田中哲司)「余命は10年です」というはずがない。

10年という時間の長さは、受け止めた方も微妙だろう。

榮倉奈々『余命1か月の花嫁』のように短い時間をラストスパートのように生き抜くもの、或いは「来年の桜は見られるかな」と病室の窓から外を眺めるもの。

(C)2022映画「余命10年」製作委員会

そういったパターンに比べると、10年を普通に家族と自宅で過ごす生活は<難病もの>としては異例なほど長い。

「余命10年って笑えるよね。長いんだか短いんだか、どっちなんだって感じ。さっさと死なせてくれ」

劇中、茉莉がいみじくも語っているように、彼女の年齢で中途半端な年月を区切られて生かされることは、むしろつらい気もする。

茉莉は突然の発病から2年の入院生活を経てようやく実家に戻る。東京オリンピックの開催が決定し、「7年後の東京はどうなっているでしょう」と浮かれる報道に黙り込む家族の気まずさ。10年とはそういうスパンだ。

退院を祝ってくれる大学時代の友人たちに真実はいえず、大学は放校、体調を慮って就職もせず、無為に時間だけが進む。

病気のことを知らない友だちと会えるから、そう言って茉莉はかつて暮らした静岡県三島市中学同窓会に出席し、そこで真部和人(坂口健太郎)と出会う。

ここで眩しいイケメンの坂口健太郎が登場するとただのキラキラ恋愛ものだが、親とも絶縁状態でコミュ障の和人は相当にくたびれた風貌。再会といっても彼女には和人の印象は薄く、記憶にないほどだ。

一方、同窓会の盛り上げ役で人一倍賑やかなのは富田タケル(山田裕貴)。彼の企画で当時クラスで埋めたタイムカプセルを開けると、「10年後の私へ!素敵な人生を生きてね」と、過去の自分が茉莉を落ち込ませる。

クラスの上京組だった和人とタケル、そして茉莉は思いがけず再会することになる。和人が自殺未遂を起こしたのだ。

(C)2022映画「余命10年」製作委員会

親とも絶縁で生きる目的も見つからない和人は、世を儚んで死のうとした。そんな彼を「ずるくないですか」と言い捨て病室を去る茉莉。二人の関係はここから始まったといえる。

茉莉は大学時代の親友の沙苗(奈緒)からの依頼もあり、ライターの仕事を始める。一方の和人は、タケルの行きつけの居酒屋店主(リリー・フランキー)のもとで修業を始める。

四人は頻繁に集まるようになり、やがて沙苗とタケルもつきあいだす。この四人であちこち出かける青春デイズが底抜けに楽しそうでいい。

タケルは同窓会での様子から、ただのオラオラ系の嫌なヤツかと思ったが好感の持てるキャラで、山田裕貴推しとしては嬉しい。

(C)2022映画「余命10年」製作委員会

映画は原作とはかなり設定を変更している。

原作での和人は著名な茶道の家元の長男として生まれ、その家を継ぐプレッシャーに負けそうになる、スポーツ万能、頭脳明晰のイケメンだったが、映画では父の会社を継がず絶縁状態という設定。

覇気のない若者が終盤に男らしく成長するという変化も分かり易く描かれている。

主人公の茉莉は、原作ではコスプレ好きの沙苗に触発されて漫画家としてデビューしていくが、映画ではコスプレ要素なく、小説家となって、最後には『余命10年』を出版する。

同窓会も原作の群馬から、著者の出身地である三島に変更されており、原作以上に、茉莉に小坂流加本人の存在がオーバーラップするように手が加えられている。

大きなアレンジにより原作のテイストが変わってしまった部分は否めないが、映画としてみた場合、意味のある改変だったように思う。コスプレや茶道家元は、映画にすると嘘くさく見えてしまうだろうし。

脚本家・岡田惠和のベテランの仕事ぶりは、細かい点の差異にも窺える。

例えば、友人から好意で「心臓病持ちの男性を茉莉に紹介したい」と言われた茉莉は、原作ではその無神経さに激怒し立ち去るが、映画では「いいね、会わせてよ!」と投げ槍に喰いつく。

正反対の言動だが、こちらの方が一瞬で彼女の傷ついた心情が伝わる。

(C)2022映画「余命10年」製作委員会

今更レビュー(ここからネタバレ)

ここから更にネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。

中盤以降は、茉莉と和人が、どのように大切な時間を過ごしていくのかを丁寧に描いていく。手をつなぐまでの道のりの険しさ。自分が治らない病気だと告げられない茉莉の苦しみ

余命数年なのに、生きることに執着するようになりたくないし、それ以上に相手にも心に傷を負わせたくない。だから人を好きにならないと決めたはずなのに、茉莉は和人に惹かれていく。

「もう会いに来ないで!」と和人を追い払い、病室で嗚咽する茉莉。

(C)2022映画「余命10年」製作委員会

二人でスノボ旅行に行き初めての外泊の翌朝、茉莉は自分がもう治らない病気であることをついに和人に打ち明け、「これでお別れしよう」と、朝もやのコテージで抱き合う。

「これ以上カズくんといたら、死ぬのが怖くなる」

彼女に出会って生きる目的をみつけた和人は、玄さん(リリー・フランキー)の元から独立し、小さな自分の店を持つ。失恋と試練が、彼を男として成長させたのが見て取れる。

一年という長い撮影期間を通じ、緊張感のある茉莉の役どころを演じきった小松菜奈

妹想いの姉(黒木華)、優しい母(原日出子)と寡黙な父(松重豊)家族を悲しませないように、茉莉は終始毅然とした態度で、弱気になることなく余命を生きてきた。だが、和人と別れたあと、初めて母の前で泣き崩れる。

「もっと生きたいよ! 結婚だってしたいよ!」

この場面のために、本作はあると思った。

病気を知ったとき、自分たちが最初に泣いたせいで娘から泣くタイミングを奪ってしまったと母は詫びる。

「もっと泣いて、取り乱していいのよ、茉莉」
原日出子の包容力がいい。

そして、居間の隅でそれを聞き、無言で落涙するだけの松重豊もまた沁みる。父親はこんな時でさえ娘を支えられないほど、あまりに無力な存在なのだ。

撮り続けた和人とのビデオ映像を、過去に遡って茉莉が一つずつ消去していく終活は、あまりに寂しい。

映画のラストは原作とはまるで違う。原作では、古い小学校にひっそりと彫られた茉莉と和人の相合傘の話になっている。

『東京ラブストーリー』リカカンチを思わせるからか、映画ではそのエピソードはなく、花束を持って桜の下を歩く和人の姿で幕を閉じる。

何も語られないが、原作の茉莉も著者の小坂流加も亡くなっていることから、彼の向かう先は茉莉の墓前なのだろう。だとすれば、携帯で待ち合わせている相手はタケルと沙苗か。

桜吹雪のなかで和人は、去りし日の時分と茉莉の幻影を見る。軽やかな終わり方が本作にはふさわしい。そして流れるRADWIMPS「うるうびと」が、心に余韻を残してくれる。