『笑いのカイブツ』考察とネタバレ|これは、エンタの苦役列車か

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『笑いのカイブツ』

伝説のハガキ職人と呼ばれた男ツチヤタカユキの自伝的小説を、岡山天音の主演で映画化。

公開:2024 年  時間:116分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:        滝本憲吾
原作:     ツチヤタカユキ
        『笑いのカイブツ』
キャスト
ツチヤタカユキ:   岡山天音
おかん:       片岡礼子
ミカコ:       松本穂香
氏家:         前原滉
西寺(ベーコンズ): 仲野太賀
水木(べーコンズ): 板橋駿谷
ピンク:       菅田将暉

勝手に評点:3.0
(一見の価値はあり)

(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会

あらすじ

不器用で人間関係も不得意なツチヤタカユキ(岡山天音)は、テレビの大喜利番組にネタを投稿することを生きがいにしていた。

毎日気が狂うほどにネタを考え続けて6年が経った頃、ついに実力を認められてお笑い劇場の作家見習いになるが、笑いを追求するあまり非常識な行動をとるツチヤは周囲に理解されず淘汰されてしまう。

失望する彼を救ったのは、お笑いコンビ・ベーコンズのラジオ番組だった。

番組にネタを投稿する「ハガキ職人」として注目を集めるようになったツチヤは、憧れのベーコンズ西寺(仲野太賀)から声を掛けられ上京することになるが。

レビュー(ネタバレあり)

お笑いのハナシだとは薄々わかっていたが、又吉直樹『火花』あたりからよく見かけるようになった、漫才コンビの物語なのだろうと思っていた。

実際には、抜群の採用率で頭角を現したハガキ職人が、放送作家になっていく話だった。この違いは小さいようで大きい。

お笑いの世界で売れっ子になって、人気芸人の頂点を目指すのなら分かり易いが、この主人公は表舞台で脚光を浴びることに興味はなく、ただ自分のネタで客席を笑かすことにのみ、渾身の力をぶつけるのだ。

笑いというものへのアプローチとしては、むしろ芸人志望よりも純粋かもしれない。

(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会

原作は、主人公と同名であるツチヤタカユキの自伝的私小説である。世代が違うせいで全く存じ上げなかったが、視聴者が携帯電話から大喜利のお題に答えるNHKの番組「着信御礼!ケータイ大喜利」「レジェンド」の称号を獲得。

その後、「オードリーのオールナイトニッポン」「伊集院光 深夜の馬鹿力」などへの投稿採用率の高さから、<伝説のハガキ職人>と呼ばれるようになった人物。

そのツチヤタカユキ岡山天音が演じている。華麗な経歴からは想像できないほどの陰キャでコミ障っぽい。朝から晩までネタ帳を書いている。1日千回ボケることを自分に課し、自室の壁に頭を打ち続ける。なんとハードなネタ作り。

常に頭はネタを考えているせいで、コンビニ、カラオケ、皿洗い、どんなバイトもすぐクビになるが、そんなことは苦にせず、千本ノックに耐え続ける。いや、笑いを生み出すのって、こんなにも苦行だったのか。

貯まったネタを引っ提げて劇場に行き、先生に認められて作家見習いにはなったものの、そのまま才能が開花するほど楽な世界ではない。

お笑いへの真剣度合いが足らない周囲の連中に溶けこめず、嫌われていたツチヤはある騒動をきっかけにその劇場を飛び出し、ハガキ職人に活路を見出す。

メチャクチャ不器用な生き方だが、その全身全霊を傾けている対象が純文学やら美術や芸術の類ではなく、お笑いというギャップが面白い。

しかも、ネタをひねり出しているツチヤ本人は、ハガキや投稿以外に面白いことなど一言も発せず、終始不機嫌そうな顔で生意気な口をきいているのである。岡山天音の怪演が光る。

150円のポテトSだけでツチヤが粘って店内でネタを書くドムドムバーガーの店員ミカコ(松本穂香)や、酔いつぶれた繁華街で知り合ったヤバそうな男ピンク(菅田将暉)など、ツチヤの理解者もいない訳ではない。

ただ、ミカコと恋仲になるでもなく、ピンクと友情が芽生えるでもない。ツチヤの才能を褒め称えてくれるミカコにも、「打ち込むものがハッキリしているツチヤが羨ましい」というピンクにも、彼は心を開けずにいる。もどかしい。

大喜利5年、ハガキ3年、放送作家1年。裏方のお笑い一筋のツチヤに転機が訪れる。彼がハガキ職人として常連になっているラジオ番組のパーソナリティは、お笑いコンビ・ベーコンズ西寺(仲野太賀)水木(板橋駿谷)

その一人、西寺が放送でツチヤに番組参加を呼びかけ、それがきっかけで彼らの放送作家見習いとして一緒に東京に行くことになるのだ。

この西寺がツチヤの才能を高く評価し、同時に彼に社会人としてのイロハも教えてくれる。めっちゃ良い人の西寺仲野太賀、めっちゃ社会適応力のないツチヤ岡山天音。これ、いつものイメージとは逆の配役ではないか。

『キングダム』『ホテルローヤル』『さかなの子』、頭に浮かぶ岡山天音は基本いい人。一方、太賀クドカンドラマ『ゆとりですがなにか』ゆとりモンスター・山岸あたりから情緒不安定な役も増えてきたような。

でも、そんな先入観をはねつけるほどの、岡山天音の張り詰めた演技にはグイグイ引き込まれる。まあ、あまり友だちにはなりたくないタイプだけど。

ピンク役の菅田将暉は絶対ワルいヤツだと思ってた。ドラマ『MIU404』で彼が演じた、高校生を悪の道に誘う知能犯っぽかったので。だが、意外にもいいヤツだった。彼の演技の幅の広さには毎度感服する。

(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会

本作は、苦労の末にベーコンズに拾われて東京で放送作家になるチャンスを掴んだツチヤが、才能を開花させる話だと期待したが、そう簡単に彼に社会適応力が身につくわけではなかった。

ベーコンズの専属で仕事をし始めても、朝から晩までバイトの合間にネタを書き続けるツチヤの生活は変わらない。だが、彼はそれ自体は苦に感じていないのだ。

「仕事はどんなにきつくてもいいんです」

彼が我慢できないのは、ろくに仕事もせずに打ち合わせの席で調子のいいこと分かった風なことしか言わない、先輩格の放送作家連中(これは、まさに私の持っている放送作家のイメージ)。

お笑いに対して全身全霊を傾けていない者に対しては、誰であろうが辛辣な言葉を投げる。それが<人間関係不得意>なツチヤの生き様なのだ。

「チームみんなでいいもの作ろうって? 俺しか、書かないやん!」

ツチヤは夢半ばにして大阪に帰っていく。その意味では<笑いのカイブツ>とまで自任自称しているツチヤタカユキのサクセスストーリーではない。

原作は未読であるが、実際にツチヤタカユキも一旦上京はしたものの、作家になる自信を失って大阪に戻ったという。映画や原作はどの程度事実に即しているのだろう。

伝説のハガキ職人が書いている設定のお笑いネタだから、さぞ面白いのかと思うと、ベーコンズの漫才を聞いていても、思わず笑ってしまうレベルではない。

でも、その後の西寺とツチヤの会話に、「大して受けなかったな」とあるので、これはわざとその水準のコントにしているのだろう。

(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会

映画全体にも、ツチヤのネタにも会話にも、抱腹絶倒するようなものはない。本作はコメディではなく、ひとりの放送作家志望の若者の生きづらさを描いたドラマなのだ。そうであるならば、ちょっと盛り上がりには欠けるかな。

大阪に戻ったツチヤは、おかん(片岡礼子)と再び暮らし始める。部屋の壁には頭の中のカイブツがこしらえた穴が開いている。はたして、原作はもう少しきちんと「カイブツ」について書かれているのだろうか。

「俺は正しい世界で勝負したいねん!」

気持ちは分かるが、ちょっと気負い過ぎではないか、伝説のハガキ職人。それでは、聞いている方も気楽に笑えない。