『#マンホール』
熊切和嘉監督が撮った、結婚式前夜にマンホールに落ちた男の悲劇。いや喜劇なのかも。
公開:2023 年 時間:99分
製作国:日本
スタッフ 監督: 熊切和嘉 脚本: 岡田道尚 キャスト 川村俊介: 中島裕翔 工藤舞: 奈緒 加瀬悦郎: 永山絢斗
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
ポイント
- ワンシチュエーションものにいろいろ詰め込もうとした意欲は買うが、閉塞環境での心細さとスマホでSNSにアカウント作成する行動とは相性がよろしくないし、伏線なしのサプライズも始末に悪い。
あらすじ
勤務先の不動産会社で営業成績ナンバーワンの川村俊介(中島裕翔)は、社長令嬢との結婚も決まって将来を約束されていた。
しかし結婚式の前夜、渋谷で開かれたパーティで酩酊し、帰り道にマンホールの穴に落ちてしまう。
深夜、川村は穴の底で目を覚ますが、思うように身動きが取れず、スマホのGPSは誤作動を起こし、警察に助けを求めてもまともに取り合ってもらえない。
なんとか連絡が取れた元カノ(奈緒)に助けを求めることができたが、自分のいる場所がどこかわからない川村は、「マンホール女」のアカウントをSNS上で立ち上げ、ネット民たちに場所の特定と救出を求める。
レビュー(まずはネタバレなし)
穴に落ちたシェイクスピア
極限状態に陥った主人公が、どうやって状況を打破するか、その一点に絞ったシチュエーションもの。ネタバレ厳禁らしいので、地雷を踏まないように気を付けたいが、踏んだところで大した怪我にはならない気もする。
タイトルにあるように、マンホールに落ちた男の話。SNSを絡めてくるから、ひと昔前なら『電車男』ならぬ『マンホール男』と名付けそうだが、『#マンホール』としているところが新しいのか。知らずに「ハッシュタッグ」ではなく「シャープ」と読んでしまっていたが…。
◇
冒頭、結婚式前夜のサプライズパーティを会社の同僚たちが仕掛けてくれる。その中心にいるのが、主人公の有望営業マン川村俊介(中島裕翔)。
婚約者は同社の社長令嬢らしいが、そこにはいない。挙式前夜に新郎を泥酔させて、ここの社員たちは社長に怒られないのか心配になるが、「さすがに一次会で帰るよ」という川村を残し、他の連中は渋谷の町に二次会に消えていく。
同僚の加瀬(永山絢斗)に祝福の言葉を貰い、別れた川村。そこから先はほぼ一人芝居の展開となる。
閉塞感をもっとくれ
本作は、その後、工事現場かどこかのマンホールの穴に落ちたと思われる主人公が、足に大きな怪我を負い、スマホを頼って知人や警察に助けを求め、「明日の結婚式までに自宅に戻らなければ」と、もがき続ける物語である。
基本的に、ここから先の舞台は穴の中という閉鎖空間に限られ、また、登場人物も主演の中島裕翔のみとなる。
◇
そう書くと、話に広がりがないようだが、スマホが生きているおかげで、元カノの工藤舞(奈緒)や警察とも通話はでき、また<マンホール女>なるアカウントを作成しSNSでネット民に支援を求めるため、さほど息苦しさは感じさせない。
だが、この閉塞感のなさが、個人的には物足りない。ここまで振り切ったシチュエーションで勝負するのなら、暗所や閉所の恐怖症が見たら気分が悪くなるくらいの、攻めた撮り方をしてほしかった。
◇
本作はいつも清潔感に溢れ、いい香りがしそうな中島裕翔が傷だらけ泥だらけで汚れ役なのは新鮮だったものの、穴の中に閉じこめられた緊迫感が薄い。
ライターの火でスマホを探すところで、「ああ、暗いのか」とようやく分かるほど、穴の中は明るすぎる。もっと薄暗く、もっと悪臭がしそうにできなかったか。
動物の死骸と排水から発生する波の花と呼ばれる泡も、舞台設定としては面白かったが、絵的にはコミカルに見えてしまう。
発生当初はそれらしい泡だったのに、水面がせりあがってくると嘘くさい泡(しかも白く美しい)になり、おそらく撮影現場の苦労ほどの効果が映像では得られていない。
主人公の孤独感、心細さも伝わらないが、これはスマホが繋がるという一点による。普通、この状況だったら、スマホはあるが電波が圏外か、充電が切れるところだろう。だが本作はSNS頼りなので、スマホを使わざるを得ない。
極限状態での孤独とスマホは共存できない
自分から穴に落下したのか、或いは落とされたのか。この状況下でSNSを駆使し犯人探しを始める川村。
ネット上のやりとりだけで失踪した娘を探す『searchサーチ』、電話の通話だけで誘拐事件を解決する『THE GUILTY ギルティ』など、制限された状況を映画にして成功した例はある。
だが、幽閉された主人公の物語にデジタルツールは相性が悪かったのでは。
例えばダニー・ボイル監督の傑作『127時間』では、渓谷の岩場に足を挟まれた男の孤独と餓死の恐怖を描いている。静と動の対比が秀逸だった。そこにスマホがあったら映画にならない。
幽閉ホラーの傑作『ソウ』だって同じだ。あの映画には、「ネタバレ厳禁」と言われても納得できるだけのラストがあった。本作にはどうかなあ。
◇
終盤、一晩を穴の中で過ごした川村はようやく穴の外に出ることができる。もう夜が明けている。
そこに誰がいて何が起きるかはともかく、暗闇から引きずり出され陽光を浴びる眩さのようなものが、映画では表現されるべきではないか。幽閉ものなら、そこにこだわってほしかったが、あっさりスルーされている。
脚本の岡田道尚は、『マスカレードホテル』や『LIAR GAME』など、アイデア勝負の推理ものを得意とする脚本家なのだろう。本作でねらっている部分は分かるし、発想自体も悪くない。
ただ、『海炭市叙景』や『658km、陽子の旅』の熊切和嘉監督ならば、ワンシチュエーション映画のキモである幽閉空間の見せ方に、もう少し工夫があってほしかった。
黒沢清監督の『クリ―ピー』以来7年ぶりのベルリン国際映画祭、ベルリナーレ・スペシャル部門招待作品だって?正直、不安。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分があります。本作はネタがすべてのようなので、未見の方はくれぐれもご留意ください。
共感できない主人公に残念な取り組み
川村が穴に落ちてから、警察に相談するあたりまでの運びはなかなか面白かった。うごめく虫やら穴の上の月明かり、そして雨が降り、足には生々しい裂傷。
ただ、川村が警察相手に毒づき始め、元カノにも厳しい口調になったところから、すっかり共感できなくなってくる。中島裕翔だから善人なのかと思ったら、どうやら違うぞ。打算的で女遊びしまくっているいけ好かないヤツだ。
◇
それはそれでキャラ設定としてはいいのだが、川村がダークヒーローになるのであれば、ほかに共感できる人物を持ってきてくれないと、観客は置き去りになる。
元カノの工藤舞はそうなり得たのかもしれないが、演じる奈緒がスマホの登録顔写真だけでは共感しにくい。
同僚の加瀬(永山絢斗)はどうみても悪いヤツっぽいが、こいつが犯人では本命過ぎるし、実はいいヤツだったというのでは嘘くさい。
◇
GPSが示している渋谷区神泉付近というのは、実は出鱈目だったと分かる。ではこの場所はどこなのか。
スマホを宙になげて撮影した動画から、ぼんやりと一瞬見える景色から、SNSのネット民の手を借りて、少しずつ場所が割り出されていく。
そのプロセスは良かっただけに、画面に映る看板やマンホール蓋のデザイン、或いは電車の通過音などから解読されるテンポが速すぎて、勿体なかった。ここはもう少しじっくり見たいところ。
同様に、冒頭のサプライズパーティに映り込んでいる犯人の映像も、ただのフード姿ではつまらない。もう少し盛り上げてほしかった。
禁じ手の終盤展開に唖然
そして最後のサプライズ(ここ若干ネタバレです)。
なぜか穴の中に白骨死体があり、それを見て川村はすべてを悟る。ここは自分の通っていた埼玉県大塚村の小学校の廃校にあるマンホールの下だと(イマドキはそんな場所でも電波入るのか)。
そこで初めて、彼の回想シーンが挿入される。ゴミ収集工場のバイトから大手不動産会社に就職が決まった川村。彼のアパートにその晩、突如やってきた人物。その後に起きる事象に観る者はしばし混乱する。
◇
マンホールから川村を引き上げてくれた女、ここに黒木華がくるとはサプライズではあった。だが、終盤の仰天展開はあまりに荒唐無稽すぎた。
こんな飛び道具のようなネタを仕込むのであれば、少なくともそれまでに何らかの伏線を入れておいてくれないと、さすがに付いていけない。ラストで驚かせばいいってもんでもないだろう。
最後はフィアンセの社長令嬢からの投稿。結婚式前夜から新郎がこれだけトラブってるのに、新婦は一度も登場しない映画。その割り切りもある意味すごいが。