『スプリット』
Split
M・ナイト・シャマラン監督が手掛けたのは、思いもよらぬ作品の続編。
公開:2017 年 時間:117分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督・脚本: M・ナイト・シャマラン キャスト ケビン・ウェンデル・クラム: ジェームズ・マカヴォイ ケイシー・クック: アニャ・テイラー=ジョイ (少女期) イジー・コッフィ カレン・フレッチャー医師: ベティ・バックリー クレア・ブノワ: ヘイリー・ルー・リチャードソン マルシア: ジェシカ・スーラ ジョン叔父:ブラッド・ウィリアム・ヘンケ ケイシーの父: セバスチャン・アーセラス
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
ポイント
- ネタバレじゃないものとさせていただくが、これは多重人格の男の話。舞台設定はそれなりに怖いのに、なぜかホラーに持っていかないのは奥ゆかしさか物足りなさか。そもそも、多重人格の題材に目新しさはなく、さすがにジェームズ・マカヴォイの怪演だけで持たせるのには限界あり。
あらすじ
クラスで誰とも打ち解けず浮いた存在の女子高生ケイシー(アニャ・テイラー=ジョイ)は、同級生の誕生パーティに招待される。
だが、帰り道で何者かに襲われ、同じ車に乗っていたクレア(ヘイリー・ルー・リチャードソン)とマルシア(ジェシカ・スーラ)と共に誘拐されてしまう。
彼女たちを誘拐した犯人は、上品な女性、潔癖症の青年、9歳の少年など23もの人格を持つケヴィン(ジェームズ・マカヴォイ)だった。
見知らぬ部屋に監禁されたケイシーたちは何とか脱出を図るが、やがてケヴィンの中に恐るべき24番目の人格<ビースト>が目覚めていく。
今更レビュー(ネタバレあり)
つかみはオッケーだったのに
M・ナイト・シャマラン監督が出世作『シックス・センス』以来の全米3週連続1位の大ヒットを記録。だから絶対に面白いのだ、と力説する某映画サイトの提灯記事を読んだら噴飯ものだった。
よくこの作品をあそこまでほめちぎれるものだ。鑑賞前でなければ書けないぞ、きっと。
◇
「誘拐された女子高生3人 VS 誘拐した男23人格 恐怖は分裂(スプリット)する」
ご丁寧にポスターに書いてくれているのだから、これはネタバレにはならないのだろう。本作は、解離性同一性障害(多重人格)の男が女子高生を拉致監禁する話である。
主人公は、学校では人と距離を置く陰キャの女子高生ケイシー・クック(アニャ・テイラー=ジョイ)。
冒頭、義理で彼女を誕生パーティに招待した同級生のクレア(ヘイリー・ルー・リチャードソン)が、散会したレストランから父のクルマでケイシーを家まで送る流れになる。
施設の駐車場でみんなを乗せたあとにトランクに荷物を詰め込む、クレアの父。そこに一人称カメラで何者かがトランクに近寄る。
次のカットでは見知らぬ男(ジェームズ・マカヴォイ)が運転席に乗り込んで、彼女たちに催眠スプレーをかける。ここまでの展開はいい。何が起きたのか知らせずチラ見せのカットをつなぐ手法もクール。
おっ、今回は傑作かも、とシャマラン監督に期待したが、振り返れば、この冒頭のシーンが盛り上がり的にはピークだった。あとはバブル後の日本経済のように、最後まで右肩下がりで言葉も出ない。
多重人格に新鮮味はない
ここから先はネタバレになるので、これから観る予定の方はご留意いただきたい。今回は観終わってフラストレーションが収まらない方向けに書かせてもらっている。
ジェームズ・マカヴォイが演じている謎の男デニスは、3人の女子高生を窓のない監禁施設に閉じこめる。彼女たちは必死に脱出を試みるが、うまくいかない。
デニスには、子供人格のヘドウィグ、ファッションデザイナーで主導権を握るバリー、女性人格のパトリシアなど、いくつかの人格があり、頻繁に切り替わる。
はじめは『X-MEN』のプロフェッサーXか山本耕史に見えて仕方なかったジェームズ・マカヴォイだが、次々に衣装や髪型、メガネを変えて多種多様なキャラを演じ分けているのは、なかなか見応えがある。
ただ、多重人格という設定自体は、ヒッチコックの『サイコ』からこっち、相当手垢が付いているものだ。このアイデアだけで観客の興味を引き続けるのは難しいだろう。
人格は全部で23人分もあるという設定がすでに、『アルジャーノンに花束を』のダニエル・キイスの著作で有名になった、ビリー・ミリガンの実話のパクリではないか。歯ブラシが23本あったのは面白かったけど。
余談だが、多重人格もので私のイチオシは、『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』のジェームズ・マンゴールド監督の作品。ネタバレになるのでタイトルは伏せますが…。
ホラーにすればよかったのに
窓のない施設に監禁され、天井のダクトから逃げようとしたり、隙をついて背中から椅子をぶつけたりと、女子たちが逃げては捕まりの繰り返しは相応にスリリングではある。
ただ、このシチュエーションは『ソウ』のようなゴア系ホラー向きだと思う。
もっと、スクリーム・クイーンを血みどろにして叫ばせればいいのにと思うのだが、それは自分のスタイルではないというシャマラン監督の信念でもあるのか、あくまでお上品なサスペンス仕立てになっている。何とも勿体ない。
例えば、クレアが逃げ込んだロッカーの中。スリットから息を殺して追っ手が走り去るのを待つが、すぐに見つかってしまうシーンも、もっと盛り上げようがあるだろうにと思う。黒沢清の『地獄の警備員』は同様の設定でも、もっと怖かった。
幼少期のケイシー(イジー・コッフィ)が父親(セバスチャン・アーセラス)に狩猟の手ほどきを受け、父親亡き後、引き取られた叔父(ブラッド・ウィリアム・ヘンケ)には性的虐待を受ける。
ケイシーとショットガンの結びつきは分かったが、この回想シーンは、デニスたちと戦うにあたってさして意味があったとは思えなかった。
女子高生のケイシーを演じているアニャ・テイラー=ジョイは、シャマラン監督の次作『ミスター・ガラス』にも登場。その次の『オールド』に出演している女優はトーマシン・マッケンジー。
この二人がその後、エドガー・ライト監督の『ラストナイト・イン・ソーホー』の主要キャストで共演しているのは面白い繋がりだ。
どんでん返しではない
シャマラン監督といえば、ついラストのサプライズに期待してしまうが、本作にはこれといってどんでん返しはない。
多重人格と判明した時点で、あとは<ビースト>がいるのかいないのかに焦点をあてるくらいで、物語は想像通りに進んでいく。
最後に<ビースト>が大暴れして次々と女性たちを殺害し、逮捕されて<群れ>というあだ名で呼ばれるようになる。
「犯罪者にニックネームがついている事件が前にもあったわね」とダイナーでテレビ報道をみてつぶやく女性に、「ミスター・ガラス」と答える客がブルース・ウィリス。
つまり、『アンブレイカブル』と本作は同じ時間軸の中にいるわけだ。
ひそかに17年ぶりに続編らしきものが撮られ、そして次作『ミスター・ガラス』とともに三部作になるという、企画自体をサプライズにしてしまうのは斬新な試みといえるのかもしれない。
ただ、内容的にはイマイチだった『アンブレイカブル』の続編を待ち望んでいるファンがどれくらいいるのだろうか。大昔に行ったことがあるフィラデルフィア動物園が映画に登場したのが、個人的にはサプライズだった。
全米でも最古に近い動物園だが、こんな場所でカメラを回すのは、フィリー大好きのシャマラン監督くらいだろう。さあ、不安は募るけれど、乗りかかった船で、次作も観てみたい。