『燃えよ剣』
新選組・土方歳三を主人公にした司馬遼太郎の同名原作を、原田眞人監督と岡田准一の『関ケ原』コンビで再映画化。
公開:2021 年 時間:148分
製作国:日本
スタッフ 監督: 原田眞人 原作: 司馬遼太郎 『燃えよ剣』 キャスト 土方歳三: 岡田准一 お雪: 柴咲コウ 近藤勇: 鈴木亮平 沖田総司: 山田涼介 芹沢鴨: 伊藤英明 井上源三郎: たかお鷹 お梅: 月船さらら 松平容保: 尾上右近 徳川慶喜: 山田裕貴 孝明帝: 坂東巳之助 山南敬助: 安井順平 永倉新八: 谷田歩 藤堂平助: 金田哲 斎藤一: 松下洸平 山崎烝: 村本大輔 原田左之助: 吉田健悟 岡田以蔵: 村上虹郎 糸里: 阿部純子 七里研之助: 大場泰正 伊東甲子太郎: 吉原光夫 清河八郎: 髙嶋政宏
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
江戸時代末期。黒船の来航により、外国から日本を守るため幕府の権力を回復させようとする佐幕派と、天皇を中心にした新政権を目指す討幕派の対立が深まりつつあった。
武州多摩の農家に生まれた土方歳三(岡田准一)は「武士になりたい」という思いで、近藤勇(鈴木亮平)、沖田総司(山田涼介)ら同志とともに京都へ向かう。
芹沢鴨(伊藤英明)を局長に、徳川幕府の後ろ盾で新選組を結成し、土方は「鬼の副長」と恐れられながら、討幕派の制圧のため京都の町で活躍を見せるが…。
レビュー(ネタバレあり)
司馬遼太郎は二時間枠では語れない
幕末の武装集団・新選組の結成から散開までを描いた、司馬遼太郎の代表作のひとつである『燃えよ剣』の映画化。
超長編の多い司馬遼太郎原作の映像化は、大河ドラマをはじめ長期間で見せられるテレビドラマとは相性がよいが、映画化となると数が限定されてしまう。
そもそも、2時間前後で語れる物語が少ないのだ。その点では、司馬遼太郎は山崎豊子と似ているように思う。
『燃えよ剣』はそんな中にあって、1966年に一度松竹で映画化(市村泰一監督)されているものの、原作ファンの原田眞人監督が再度メガホンを取った。
主人公・土方歳三を演じるのは岡田准一。同じ司馬遼太郎原作の『関ケ原』(2017)で主人公・石田三成役の岡田准一と出会い、「次は土方歳三、やりたいですね」と意気投合したという。
そんな原田眞人監督が惚れこむ司馬の『燃えよ剣』を、なんとか前後編で撮りたいという気持ちはとてもよく分かる。きちんとしたドラマで見せようと思えば、一本では尺が足りない。
原題にもなっている不良青年と呼ばれた武州多摩の農民の倅たちが、田舎剣術で鍛え上げ、新選組を結成し、京都は池田屋事件で尊王攘夷派を片っ端から叩き斬って全国にその存在を知らしめる。
この、新選組のボルテージが最高潮に達する場面までで、優に1時間半は必要だ。1966年版は、この前半までの話や宿敵七里研之助との戦いなどを中心に撮られたが、さすがにわずか90分の作品では物語の魅力を伝えきれなかった。
ゆえに原田眞人監督は前半で池田屋事件まで、後半でその後の活躍と没落、そして時代の徒花となり逃げ延びた五稜郭で戦死するまでの土方歳三の人生を描こうとした。
だが、諸般の事情で前後編は実現せず、結果、一本で五稜郭までを描くこととなる。その結果が、本作を中途半端な作品にしてしまった感はぬぐえない。
駆け足で歴史紹介になる
148分は比較的長めだが、激動の幕末の歴史を語るには必然駆け足にならざるを得ない。
さすがに土方歳三(岡田准一)、近藤勇(鈴木亮平)、沖田総司(山田涼介)の人物描写には時間を割くが、それ以外の傑物たちの説明は浅く、原作や日本史に造詣がないと理解が覚束ないように思う。
前半の見せ場であった、田舎剣法の天然理心流道場の仲間たちが京都守護職を任せられ新選組となるまでの過程はあっさり目になり、原作を盛り上げた、土方歳三を付け狙う刺客・七里研之助(大場泰正)との因縁もほぼ割愛。俗物の清河八郎(髙嶋政宏)はナレ死扱い。
◇
そして後半は時代の流れに背き、尊王攘夷を弾圧し続けるも、やがて朝敵となる新選組の悲運。武士道を貫くために、新選組を捨て、自首して処刑される近藤、ひっそりと病死していく沖田、そしてただひとり、喧嘩屋の人生哲学に身を任せ、敵の軍勢に馬を走らせて銃弾に倒れる土方。
後半にも盛り上がる場面は多いはずだが、こちらも駆け足の印象が強い。そもそも、船に乗って箱館(函館)まで逃げていく終盤に、手を組んだはずの榎本武揚が登場しないので、話が見えにくい。
◇
急ぎ足で歴史を語るためなのか、映画は冒頭から土方がフランスの軍事顧問ジュール・ブリュネ(ジョナス・ブロケ)との面談で、自分の歩んだ道のりを回想するスタイルをとる。
なので、時おり髷を落とした洋装の土方が回想するカットがインサートされるが、この効果は意味不明だ。
我々は歴史の顛末を知っているが、それを忘れさせ興奮させるのが映画の仕事であり、遠い目で過去を語る土方の登場は、むしろ邪魔になる。
『ラスト・サムライ』のモデルになったというジュール・ブリュネの登場は、同作に出演している原田監督肝入りの案らしいが、だから榎本武揚よりブリュネになったのか。
分かっちゃいるが、深みが欲しい
制作会社のクランクアップ直後の倒産、コロナ禍の影響をまともに受けた公開大幅延期など、そもそも無事に公開に漕ぎつけるまでの苦労は想像に余りある。
だが、そういった事情を切り離して一作品として対峙すると、やはり物語の深みが足らない。
田舎の農民の子とはいえ幕府お抱えの天領の農家だという自尊心と、喧嘩上等の田舎剣法の荒々しさ。卑屈になってしまう彼らを駆り立てる、将軍直轄という新選組という看板の魅力。
鉄の掟で組織を縛り、すぐに切腹させ規律を維持しようとする土方の狂気。そして大政奉還、明治維新と変化を遂げていく歴史の流れをせき止めるべく、尊王の志士を斬りまくったテロ集団ともいえる新選組という組織の功罪。
この重厚なテーマを語るには、もっと深みが必要だ。
原田眞人監督は『関ケ原』では出来事のフォローと登場人物のチラ見せに注力するあまり、ドラマそのもののメリハリがなく淡泊になってしまった印象が強い。
本作にはそこからの改善努力は伝わったが、司馬遼太郎ものであれば、もう一つ踏み込みが欲しかった。
でも、その辺は原田眞人監督も当然認識しており、忸怩たる思いがあったのではないか。次作の『ヘルドッグス』は、同じ岡田准一主演で、本作の諸般の制約の憂さを晴らす気持ちの良いエンタメ作品に仕上がっている。
本作にも出演する吉原光夫(伊東甲子太郎役)や金田哲(藤堂平助役)なども、『ヘルドッグス』では更なる活躍の場が与えられ、存在感もマシマシになっている。
新選組メイン三人衆
最後に出演者について。主人公・土方歳三を演じた岡田准一は、荒っぽさと規律の厳しさが売りのキャラとは少々違う気はしたが、無敵の剣の腕前も含めれば、理想的なキャスティングなのだろう。
実際、本作の各剣士たちの決闘シーンは、すばらしく見応えがある。
スピードも躍動感もそうだし、太刀振る舞いがキャラに応じて描き分けられており、『るろうに剣心』をはじめ、作り物のバトルを見慣れた目には、とても本物感が濃厚に見える。岡田准一自身も、本作のアクション指導に携わっているのか、この斬り合いはいい。
沖田総司は、古来イケメン若手俳優。薄幸で色白の美少年、血を吐きながら敵を斬るイメージ先行キャラではあるが、本作では山田涼介。これは文句なし。
『るろうに剣心』では本作で人斬り以蔵を演じた村上虹郎が演じていた沖田だが、山田涼介の返り血を浴びない美しい太刀さばき。絵になる。
副長が主演で、隊長の近藤勇が脇役というのはユニークだが、鈴木亮平もいい味を出している。おおらかな人物像とリーダーシップは『西郷どん』のようであるが、剣の腕は立つし、悲しいことに権力への憧れが強く、周囲の知識人層にはバカにされている。
「ホトガラよ」といって、バカ殿のように顔を白塗りにして登場するシーンの扱いは気の毒になる(ホトガラとは写真撮影のことだ)。司馬遼太郎は、この時期、『燃えよ剣』と『竜馬がゆく』の連載を並行させている。
司馬が日本史から忘れ去られていた坂本龍馬の存在を国民に再認識させた『竜馬がゆく』では、新選組は志士を戦慄させる極悪人として描かれている。
同じ作者が、同時期に『燃えよ剣』で土方の生き様を描けるのは、まさに天才肌の仕事だ。だが、司馬は人物の好き嫌いは激しい。本作の近藤勇など、好人物だが見事なほどに無能に書かれている。
その他キャスティング
さて、新選組のリーダー争い、一方が東京MERの鈴木亮平なら、もう一方は海猿の伊藤英明。
伊藤英明が演じる芹沢鴨がまた、腕も弁も立つが京の町をで悪さし放題という悪人キャラ。ラスボスに相応しいキャラ立ちだが、本作の物語構成では、彼がラスボスでは話が成立しないところがもどかしい。最期が新選組の斬り合いで倒れるのではないところも残念。
本作で儲けものだったキャラは、ウーマンラッシュアワー村本大輔の演じた山崎烝ではないか。剣の腕ではなく、知恵とぼやきで敵を倒す。池田屋では薬売りになりすまし、宴席の長州・土佐藩士から言葉巧みに刀を手離させてしまう。この手の策士は怖い。
◇
最後は土方と恋仲になるお雪(柴咲コウ)だろうか。原作にも登場するキャラだが、映画にあたり人物設定や登場頻度などが大きく改変されている。
映画ともなれば、この手のロマンスも多少大仰にしないといけないのだろう。『関ケ原』で三成の愛妾を演じた有村架純ほどには、映画の流れを乱す色恋沙汰にはなっていないのが好感。
以上、全体を通じ、アクションと役者は見応えあったが、いかんせん、箱館戦争までをオールインワンでパッケージに詰め込んだのは悪手だった。
原田眞人監督だったら、3時間の大作で原作ファンも納得の出来にすることもきっと可能だっただろう。惜しい。