『レイジング・ファイア』
怒火 Raging Fire
香港アクション映画の面白さと興奮を、本作が遺作となったベニー・チャン監督が、再度思い出させてくれる。
公開:2021 年 時間:126分
製作国:香港
スタッフ 監督: ベニー・チャン キャスト チョン警部「張」: ドニー・イェン ンゴウ「敖」: ニコラス・ツェー チョンの妻: チン・ラン ロック警視監「駱」: サイモン・ヤム ポウ警部「宝」: パトリック・タム イウ警部「姚」: レイ・ロイ シートウ副総監: ベン・ユエン ハー警部「夏」: カルロス・チャン フォック銀行会長「霍」: サミュエル・クオック・フン マンクアイ「猛鬼」: ベン・ラム ウィン「栄」: ケン・ロー
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
正義感あふれる警察官チョン(ドニー・イェン)は、麻薬組織の壊滅作戦中に謎の仮面をかぶった集団に襲撃され、仲間を殺されてしまう。
やがてチョンは、事件の黒幕が3年前に警察組織にはめられ投獄された元同僚ンゴウ(ニコラス・ツェー)であることを知る。チョンは自身にとって弟子のような存在だったンゴウと、激しい攻防を繰り広げるが……。
レビュー(まずはネタバレなし)
ドニー・イェンとニコラス・ツェー
『香港国際警察/NEW POLICE STORY』をはじめ警察ものを中心に、香港アクション映画の発展に大きく貢献してきたベニー・チャン監督の遺作となった作品。
ドニー・イェンとニコラス・ツェーの共演は『かちこみ!ドラゴン・タイガー・ゲート』(2006)以来。あれ、『孫文の義士団』(2009)もそうか?
◇
冒頭から無駄のないストーリー運びが香港映画っぽい。東九龍警察本部のチョン警部(ドニー・イェン)が妊娠中の妻(チン・ラン)と仲良く朝のひと時を過ごし、出勤。警察の部隊は今夜、大物の凶悪犯ウォンの麻薬取引現場に踏み込もうとしていた。
ドニー・イェンは確か、10何年も前の『イップマン』シリーズの最初の頃に父親になる役をやっていたと思うが、ここにきて、またも第一子誕生を待つ役をやるとは、相変わらず年齢不詳だ(妻だけが若いのかもしれないが)。
チョン警部は仕事熱心の堅物で、組織の根回しや出世に興味のないことは、同僚のイウ警部(レイ・ロイ)との会話からも窺える。
更に、上司からの有力者の息子の悪事を見逃すよう調書を書き換えろという依頼を小気味よく断るエピソードではっきりと示される。
高級店の料理を前に手を付けず、鉄観音茶すすって200香港ドルを身銭切って去っていく姿が痺れる。
ダークヒーローのンゴウ
だが、この行為が上司の逆鱗に触れ、彼の班はその晩の捜査に加われなくなった。
そして、その取引に現れたマスクの男たちが、ウォンをはじめ取引関係者、そして現場に踏み込んだ警察を襲撃。瀕死のイウ警部を殺す直前に、彼らはマスクを外す。
「久しぶりだな」
リーダーはンゴウ(ニコラス・ツェー)、そしてマスク集団はいずれも元警察官だった。
チョンの班が取引現場に踏み込めずお預けを喰っていた間に、関係者や警察の仲間はみな襲撃を受け、親友のイウは殉職する。
なぜ警察を裏切って犯罪集団になったのかは不明だが、このンゴウとチョンの対決が物語のメインなのだろう。
そうなれば、猪突猛進タイプのチョン警部。奪われた麻薬のルートを洗い香港の繁華街をくまなく捜査し、ンゴウに金を積み麻薬の横取りを企んだ危険人物・マンクワイ(ベン・ラム)の存在が浮かび上がる。
単身アジトに乗り込み暴れまくるチョン、だがマンクワイは彼の目前で、ンゴウの部下に口封じのためにひき殺される。
ンゴウの統率する集団は、ただカネ目当てで犯罪を繰り返しているようには見えない。肉体は日々鍛錬し、銃火器の扱いにも慣れ、ストイックな生活を送る。
規律を守れない愚かな部下が一名いたが、ンゴウの制裁を受け、殺されている。ンゴウの集団は、烏合の衆とは似て非なる手強い連中なのだ。
ンゴウたちの正義
ではなぜ、彼らは警察を追われ、刑務所に服役することになったのか。
4年前、大手銀行のフォック会長(サミュエル・クオック・フン)が誘拐され、機密の重要事件としてシートウ副総監(ベン・ユエン)の指揮のもと、チョンとンゴウが捜査を担当した。
ンゴウたちは犯人の身柄を確保し、副総監から「どうせ機密事案だ。どんな手を使ってもいい」と命じられ、部下と共に激しい暴行を加え、人質の居場所を聞き出す。
こうして人質は救出できたが、反撃してきた犯人を勢いで殺してしまう。それを目撃したのが駆け付けたチョンだった。
◇
後日、ンゴウたちの裁判が開かれ、副総監も犯行当時の自分の発言にしらを切り、救出してもらったフォック会長も恩を仇で返す。
最後に引導を渡したのは、チョンの目撃証言だった。彼は仲間をかばおうと発言に苦慮するが、見たかどうかの問いには、率直に答えざるを得ず、その瞬間、有罪は確定した。
ンゴウたちは、仲の良いチームだった仲間を売ったチョンも、他の証言者も許せなかった。そのための復讐劇というわけだ。
復讐するは我にあり
「復讐したければ、この俺にすればいいだろう!」
チョンはンゴウにそう噛みつくが、勿論そのつもりだった。冒頭の襲撃の日に、チョンはたまたま参加できず難を逃れたが、いずれお礼参りする算段だったのだ。
誘拐犯が凶悪なやつだとはいえ、警官がなぶり殺ししちゃいかんし、チョンの目撃証言に対しても逆恨みであることは重々承知だ。
でも、ンゴウの怒りはよく分かる。というか、この時点で私はンゴウに感情移入している。
◇
だって、いくら証言台で宣誓したとはいえ、チョンがあまりに堅物すぎる。彼が偽証しても、分かる者はいないだろう。麻薬横流しや裏金作りに暗躍する腐敗警官をかばうのとは、わけが違うのだ。
そして、チョンたちの捜査をあざ笑うかのように、ンゴウが挑発をかけてくる。警察署に乗り込んでは、取調べを進んで受けるが、48時間ルールを熟知しており、証拠不十分で帰っていく。
堅物チョンと汚れた英雄ンゴウの対決。これは見ものだ。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
爆弾を止めるには、上司を撃て
刑事の妻が妊娠していたら、ドラマの中では当然のように犯人に目を付けられる。本作においても例外ではない。
チョンの妻が通うダンス教室に、首輪型の爆弾をはめられたシートウ副総監が突如現れ、彼女と手錠で繋がれる。この特殊な爆弾は副総監を殺せば停止する仕掛けになっている。
◇
現場に駆け付けたチョンは、はたして妻とお腹の子を救うために、副総監を撃てるか。目的のために、手を汚すことができるか。その試練をンゴウはチョンに与える。
副総監に銀行の会長、そしてチョン。次々とターゲットに攻撃を仕掛けてくるンゴウたち。前半に輪をかけて、後半は派手な犯罪が続き、中弛みすることを知らない。
繁華街の中心で大アクション
どこまで実際に現場で撮影したのか知らないが、尖沙咀をはじめ、香港の繁華街の目抜き通りでド派手なアクションも数多くみられる。
ンゴウのバイクスタントに銃撃戦をからめたアクションシーンも、相当危険に見えるカットが盛りだくさんで、香港映画の凄さを再認識。
さらには、中心地での銃撃戦、そして地下道での大捕り物や自爆行為。そして当然のように、クライマックスはチョンとンゴウの体を張った直接対決。
両手にナイフのンゴウに、警棒で立ち向かうチョン。CGもワイヤーも使わない(で合ってる?)ガチンコ勝負の美しさ。この迫力は、やはり中国・香港ならではのものだ。アクション監督を務めた谷垣健治の仕事ぶりが冴える。
狙撃のスコープの赤い光が、ンゴウの身体に無数に光る。
「負けは認める。だが運命には屈しない」
そしてンゴウは自ら死を選ぶ。
◇
忘れかけていた香港アクション映画の面白さと興奮を、久々にベニー・チャン監督が思い出させてくれた。本作が遺作とは、何とも惜しまれることであるが、旅立つ前に大きなプレゼントを我々に残してくれたのだ。
ありがとう、ベニー・チャン監督。