『Dolls(ドールズ)』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『Dolls(ドールズ)』今更レビュー|乞食だって繋がってたいよ、ちか松くん

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『Dolls(ドールズ)』

北野武監督が、西島秀俊と菅野美穂を起用し、近松門左衛門の悲恋ものを現代解釈。

公開:2002 年  時間:113分  
製作国:日本
 

スタッフ 
監督・脚本:       北野武

キャスト
佐和子 :        菅野美穂
松本 :         西島秀俊
親分 :         三橋達也
(若い頃)       津田寛治
良子 :        松原智恵子
(若い頃)      大家由祐子
山口春奈 :       深田恭子
温井 :          武重勉
兄弟分の息子 :  ホーキング青山
松本の父 :       清水章吾
松本の母 :        金沢碧
松本の同僚 :      大森南朋
春奈の母 :       吉沢京子
春奈の叔母 :     岸本加世子
マネージャー :      大杉漣

勝手に評点:2.5
  (悪くはないけど)

ポイント

  • 近松門左衛門の文楽、美しい日本の四季と繋がり乞食として追われるように彷徨う男女。そのほか、幸福の絶頂から転落する者たちの哀れさを描く、バイオレンスのない北野作品。
  • 本作を高く評価する声は多いようだが、残念ながら私には、これ見よがしな美しさと文楽の演出があざとく見えた。

あらすじ

近松門左衛門「冥途の飛脚」の出番を終えた忠兵衛と梅川の人形が静かに身体をやすめている。なにかを囁いているような二人のその視線の先。

松本(西島秀俊)と佐和子(菅野美穂)は結婚の約束を交わしていたが、社長令嬢との縁談が決まった松本が佐和子を捨てた。佐和子は自殺未遂の末、記憶喪失に陥る。挙式当日、そのことを知った松本は式場を抜け出し病院へと向かう。

年老いたヤクザの親分(三橋達也)と、彼をひたすら待ち続けるひとりの女(松原智恵子)。事故で再起不能になった国民的アイドル(深田恭子)と彼女を慕い続ける孤独な青年(武重勉)

少しずつ交錯しながら三つの究極の愛が展開していく。

今更レビュー(ネタバレあり)

たけし Meets 近松

北野武監督による、『あの夏、いちばん静かな海。』以来11年ぶりのラブストーリー。近松門左衛門「冥途の飛脚」人形浄瑠璃文楽から始まり、その視線の先に三つの悲恋が描かれる。

本作は賛否両論が大きく分かれているのか知らない。世間的には高い評価を得ているのかもしれない。だが、正直私はあまり馴染めなかった。

結局、私が北野武監督に求めているのは、バイオレンスということなのかもしれない。恋愛もひとつの暴力であるというのが、本作の根底にあるとしても、やはり物足りない。ラブストーリーなら、『あの夏、いちばん静かな海。』の方が個人的には好きだ。

(C)Office Kitano

本作のメインである松本(西島秀俊)佐和子(菅野美穂)のエピソード。まず冒頭の近松門左衛門「冥途の飛脚」の文楽人形。近松の物語自体はよく知らなかったが、忠兵衛と梅川の男女の悲恋話というのは雰囲気で分かる。

そして松本と佐和子の物語。二人は愛し合い、結婚を誓っていた仲だったが、松本は両親の説得に負け、佐和子を捨てて勤務先の社長の娘と結婚することに。

深く傷ついた佐和子は自殺未遂で記憶も失い、廃人同然となる。ようやく自分の愚行に気づいた松本は、全てを捨て佐和子と逃避行を始める。

目を離すと徘徊する佐和子を松本は自らの体に赤い縄で結び付け、それを引き摺りながら二人で歩く、周囲に「繋がり乞食」と蔑まれながら。

(C)Office Kitano

この序盤の展開に違和感を覚えなければ、そのまま最後まで本作を堪能できると思う。繋がり乞食の二人が赤い縄を引き摺って歩く満開の桜の並木や、鮮やかに紅葉した樹々の下。実際、映像は美しく、また幻想的でもある。

だが、私には映像がこれ見よがしに美しすぎて見えた。「どうだ、綺麗だろう」と自慢げに言われているようだ。蝶の死骸も小さなボールを吹いて浮かすパイプの玩具も、狙いすぎている。

冒頭の文楽も、人形の醸すオリエンタルな雰囲気は魅力的ではあるが、海外の受けを気にするあざとさを感じ取ったというと、あまりに底意地が悪いだろうか。

繋がり乞食の二人

祭りの縁日のようなセットで、壁一面に飾られた風車やお面の前を松本と佐和子が歩くシーン。これは幻想的で見惚れるほどだ。

久石譲の音楽には押しつけがましくない謙虚な美しさを感じたが、それが北野監督には合わなかったのか、久石譲は本作を最後に、北野監督の作品に楽曲を提供していない。

今や活躍の目覚ましい西島秀俊菅野美穂。この二人を主演に抜擢するあたりはさすが北野監督の先見性だ。西島秀俊も、まだ初々しい。

『ドライブ・マイ・カー』(2021、濱口竜介監督)では、西島の愛車のサーブが黄色でなければ村上春樹の原作イメージと違うと嘆いたものだが、本作で彼が乗る日産プリメーラは鮮やかなイエローだ。

菅野美穂は薄幸のヒロインだが、やはり彼女には、『パーマネント野ばら』(2010、吉田大八監督)のように、寂しい役でも最後には明るい笑顔を見せてほしいと思ってしまう。

公園のベンチで待ち続ける女

ヤクザの親分(三橋達也)は病気を患い、屋敷で療養している。彼は兄弟分の息子(ホーキング青山)に目をかけているが、若い頃、彼自身が兄弟分を殺害したのだった。

死体が引っかかってエレベータの扉が何度も開閉するのは香港ノワールの傑作『インファナルアフェア』の真似かと思ったら、公開時期ほぼ同じなのね。こっちが本家かも。

親分がこの世界に入る前に交際していた良子。一方的に別れを切り出した彼に、良子は「お弁当作って土曜日には必ずこの公園のベンチで待ってるから」と叫ぶ。

それから数十年後、思い立って公園に行きベンチを探すと、そこに弁当箱を二つ持って座る良子(松原智恵子)の姿がある。まるで忠犬ハチ公だ。いや、これは美談というより怪談だ。

ここまで人生を棒にして待たれたら、男は嬉しいより、申し訳ない気持ちなのではないか。良子は、老けた親分が当のカレだとは気づかずはじめは邪見にするが、毎週やってくる男に、心を開き始める。

アイドルを追いかける男

トップアイドル山口春奈(深田恭子)の熱狂的なファンである温井(武重勉)。ある夜春奈は交通事故に遭い、芸能界引退を余儀なくされる。

温井は自室で彼女の写真を目に焼き付け、カッターで自ら目を潰す。そして叔母(岸本加世子)の元で療養している春奈を訪ねる。

盲目になって現れた彼に、「温井さんですよね」と声をかける春奈。まるで『春琴抄』だ。近松から谷崎に変わったか。だがヒロインは山口百恵ではなく山口春奈。今の大人の魅力の深キョンとは大分違う雰囲気に驚く。

更に本編中に振り付きで春奈が歌う曲<キミノヒトミニコイシテル>

「マメミムメモ マメミムメモ マメミム マジカルビーム」

あまりに長尺で歌詞が繰り返され、何日も耳に残るのはご勘弁なのだが、何とこれ、ホントに深キョンのシングル曲なのだ。いや、あの歌と振付は、どうみても映画用の急拵えだと思ったのに、失礼しました。

幸福の絶頂と死

温井は浜辺で繋がり乞食の二人にすれ違い、また彼のアパートの隣りに良子が住んでいる。彼を軸に三つのエピソードが繋がっているとも言える。

三つのエピソードに出てくる女性もまた、近松の文楽同様にドールということか。中でも、言葉をなくした廃人のような佐和子は、最もドールに近いといえる。

何十年ぶりに再会した良子が自分に関心を持ってくれた、感慨に浸る親分は、その直後公園で刺客(モロ師岡)に襲われる。

(C)Office Kitano

視力を失ったおかげで憧れの春奈に会え、しかも自分の名前まで覚えてくれていたと知る温井もまた、彼女と親密になり、有頂天の幸福を味わった後に、死体として発見される。

束の間の幸福。そして、松本と佐和子。二人は雪道をさまよううちに、かつて二人の婚約を発表し仲間が祝福してくれたパーティをしたホテルにたどり着く。

思えば、その頃が幸福の絶頂期だった。そこでプレゼントした天使のペンダントを佐和子は今もしている。それを彼女は思い出し、泣く。『菊次郎の夏』も、天使のペンダントが小道具になっていたっけ。

(C)Office Kitano

本作のラストは、文楽の衣装を着た松本と佐和子が雪道をさまよい、足を滑らせて木の枝に宙ぶらりんになって息絶える。その様子を人形が心配そうに見ている。

主人公の死で幕を閉じるのは、北野作品では珍しくないが、あまりに寂しい幕切れだ。近松をやるということは、そういうことなのだろうか。