『ションベン・ライダー』
既成概念をこえた相米慎二監督の異色青春グラフィティ。考えるな、受け止めよ。
公開:1983 年 時間:118分
製作国:日本
スタッフ 監督: 相米慎二 脚本: 西岡琢也 チエコ・シュレイダー 原案: レナード・シュレイダー 製作:伊地智啓(キティ・フィルム) キャスト ブルース(河合美智子): 河合美智子 ジョジョ(かわさきじょう):永瀬正敏 辞書(なかむらしょうじ): 坂上忍 厳兵(ごんべい): 藤竜也 デブナガ(出口信長): 鈴木吉和 アラレ先生: 原日出子 山(やま): 桑名正博 政(まさ): 木之元亮 田中巡査: 伊武雅刀 しまだ組組長: 財津一郎 金太: 村上弘明 郁子: 倍賞美津子
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
いつもガキ大将のデブナガ(鈴木吉和)にいじめられているブルース(河合美智子)、ジョジョ(永瀬正敏)、辞書(坂上忍)の三人の中学生。
仕返しをしようとした矢先、目の前でそのデブナガが暴力団風の男たちに誘拐されてしまう。
三人はデブナガを奪還しようと決める。そして、誘拐事件を起こした組員の山(桑名正博)と政(木之元亮)を連れ戻すように組から命じられていた中年のヤクザの厳兵(藤竜也)と出会う。
途中からアラレ先生(原日出子)を巻き込んで、暴力団の抗争に巻き込まれながら、三人のデブナガ奪還作戦は成功するのだろうか。
今更レビュー(ネタバレあり)
ストーリーの破綻、それが何だ!
相米慎二監督の青春冒険映画といって嘘ではないが、中途半端な覚悟でみると痛い目に遭う型破りな作品だ。相米純度は他のどの作品より高いといえるかもしれない<純相米吟醸>。
青春がほとばしる『台風クラブ』(1985)よりも、さらに自由奔放。ただ、あらかじめ言っておくと、一般的な尺度はこの映画には通用しない。
ガキ大将にいじめられていた三人組の中学生が怖そうな連中に誘拐されたガキ大将を奪還しようとする、骨格となる話は存在するものの、中盤から完全に破綻するからだ。
ストーリーについて文句を言いたくなる気持ちはわかるが、もとは四時間近くあった作品を泣く泣く相米監督がニ時間に切り刻んだのだ。話が分からないのも無理はない(と納得するのは乱暴だが)。
ぶっ飛んでいるのは、話の筋書きだけでない。まずは相米慎二監督の代名詞ともいえるワンシーン・ワンカットの長回し乱れ撃ち。これはもう冒頭から圧巻だ。
中学校のプールで三人がいじめられているシーンから、カメラはクレーンを乗り継いで隣接する校庭に移動し、今度はバイク集団が女教師のまわりを走り回るショットが続く。長回しへの強いこだわりを感じるが、そこまでする苦労は必要か。 誰得?と監督に尋ねてみたくなる。
◇
また、長回しとセットで使われる遠景ショットの多用も、ちょっと辟易する。何せ、主演の三人組でさえ、その顔がはっきりとわかるショットが現れるまで、相当時間がかかる。シーンによっては、誰が演じていてもわからないほどの遠景が延々と続き、変化に乏しい感は否めない。
圧倒的な作品への意気込み
このように、脚本や撮影手法といった形式面の難点は気になるものの、面白いことに本作は、一部のファンからは熱狂的な支持を集めている。
それはおそらく、つまらない形式不備など弾き飛ばしてしまうほどの、相米慎二監督の圧倒的な映画愛や冒険心、そしてこの映画にかける意気込みが、本作の端々から伝わってくるからではないか。
◇
主演の三人組のうち、<辞書>役の坂上忍には当時既にテレビドラマでは子役として豊富な経験があったものの、映画は初出演。
また、今や日本映画界を代表する俳優のひとり、<ジョジョ>役の永瀬正敏は本作がデビューで、何も分からず演技をし、監督も何も教えてくれなかったと(強い敬愛を込めて)語っている。
同じく、<ブルース>役の河合美智子も本作がデビュー。映画の役名だった河合美智子をそのまま芸名にしてしまったというエピソード付きだ。
これは今の時代には撮れない
この三人を監督お得意の厳しいリハーサルで鍛えぬいて、作品として昇華させたのだろうが、今回改めて観て、役者が命がけで演じているカットの多さに驚いた。
- 厳兵(藤竜也)の軽トラを自転車で追いかけ、カーブをショートカットして軽トラの荷台に飛び乗るジョジョ(永瀬正敏)
- 山(桑名正博)を追いかける途中で吊り橋から突如川に飛び込むブルース(河合美智子)と、それを後追いして飛び込むアラレ先生(原日出子)
- 貯木場でのチェイスと撃ち合いで、足場が悪く、倒れては次々に水中に沈んでいく敵味方(下手に沈むと、材木の下となって浮かび上がれない)
- 燃え上がる船から、大岡川(横浜)の汚れた川の中に落ちていく三人(当時はまだ相当汚い川だったはず)
特に、はじめの二つは、遠景で誰が演じているかもよく分からず、絶対スタントだと思っていたのだが、永瀬正敏も河合美智子も、あれは自分たちでやったと語っていて、たまげた。原日出子などは撮影直前にいきなり飛び込む設定だと言われて怒ったそうだ。
これらのシーンだけでも、役者が身体を張っている映画だというのが伝わるし、それが本作のファンを生む要因のひとつとも思える。だが、このやり方は一歩間違えば事故につながる。
相米監督は既に天に召されてしまったので、当時の出演者は「あの時の撮影は死ぬかと思ったよ」と武勇伝で語るしかないが、撮影の環境改善やコンプライアンスが大きな課題となっている昨今、この手の監督の強権発動は見直されてほしいとは思う。
良くも悪くも印象に残るシーン
さて、ここまで映画の中身について断片的にしか触れていないことに気づいたが、話が破綻しているので、分かりやすく語りようがない。
公開当時はドキドキしながら観たブルースの男湯入浴シーンや、夜空に広がる花火をバックに暗い室内に佇む厳兵(藤竜也)、或いは金太(村上弘明)が射殺されたあとカメラが天井を向きコマ落としで見せる夜明けなど、ところどころ名場面がある。
一方で、財津一郎率いる名古屋の暴力団組織がドラゴンズカラーの制服だったり、三人組が『台風クラブ』のBarbee Boysを思わせる弾けっぷりで近藤真彦<ふられてBANZAI>を万歳三唱したり、部屋中に覚醒剤を撒き散らして小麦粉まみれにしかみえなかったり、謎のシーンも数多い。
中学生たちは実に生き生きと描かれている一方で、大人たちの演出にはやや精彩を欠く。藤竜也、桑名正博、木之元亮、伊武雅刀といった渋めの男衆はあまり目立たず、また原日出子や倍賞美津子といった女優陣もうまく活用できているようには見えない。
ちなみに、河合美智子の歌う主題歌は、オーロラ輝子なみの歌唱力であることは言うまでもない。
公開当時、本作はアニメ『うる星やつら オンリー・ユー』と併映だった。ラムちゃん目当てで劇場に行った者のひとりとしては、伏兵のような本作に圧倒され、しかも作品は難解を極めた。それ以来、これは大人にならないと分からない映画なのだろうと、長きに渡って封印してしまっていた。
今回改めて観ると、自分は男だと自認しながらも初潮を迎えギャップに戸惑うブルースのトランスジェンダー的な設定の先見性など、当時は気づかなかった部分に発見もある。
ただ、大人になって<分かる部分>は多少増えた一方、未成年でなければ<感じ取れないもの>は、一層遠ざかってしまった気がするようで、寂しい。
怖いもの見たさで挑戦してほしい本作。大勢で騒ぎながら観ると盛り上がれるか。