『エディントンへようこそ』
Eddington
アリ・アスター監督が撮る、コロナ禍の田舎町を舞台にした社会問題テンコ盛りの悲喜劇。
公開:2025年 時間:148分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: アリ・アスター
キャスト
ジョー・クロス:ホアキン・フェニックス
テッド・ガルシア: ペドロ・パスカル
ルイーズ・クロス: エマ・ストーン
ヴァーノン・ジェファーソン
オースティン・バトラー
ガイ・トゥーリー: ルーク・グライムス
マイケル・クーク: マイケル・ウォード
ドーン: ディードル・オコンネル
サラ: アメリ・ホーファーレ
ロッジ: クリフトン・コリンズ・Jr.
バタフライ: ウィリアム・ベルー
勝手に評点:
(悪くはないけど)

コンテンツ
あらすじ
2020年、アメリカ・ニューメキシコ州の小さな町エディントン。コロナ禍のロックダウンにより息苦しい隔離生活を強いられ、住民たちの不満と不安は爆発寸前に陥っていた。
そんな中、町の保安官ジョー(ホアキン・フェニックス)は、IT企業誘致で町を救おうとする野心家の市長テッド(ペドロ・パスカル)とマスクの着用をめぐる小競り合いから対立し、突如として市長選に立候補する。
ジョーとテッドの諍いの火は周囲へと燃え広がり、SNSはフェイクニュースと憎悪で大炎上する事態となる。
一方、ジョーの妻ルイーズ(エマ・ストーン)はカルト集団の教祖ヴァーノン(オースティン・バトラー)の扇動動画に心を奪われ、陰謀論にのめりこむ。
疑いと論争と憤怒が渦巻き、暴力が暴力を呼び、批判と陰謀が真実を覆い尽くすなか、エディントンの町は破滅の淵へと突き進んでいく。

レビュー(若干ネタバレあり)
米国版『茜色に焼かれる』かも
いまや、モダンホラー映画といえばこの人ありとなったアリ・アスター監督の新作は、ホラーというよりも、不穏な現代社会のネタをこれでもかとふんだんに投入した社会派作品というところか。
分かり易いのは、コロナ禍でマスク着用が義務付けられた田舎町で、主人公の保安官をはじめ、マスクを着けない連中が無法者扱いされて市民の対立がみられるところ。
これなどは、つい先日まで我が国でも盛んに論争が巻き起こったこともあり、記憶に新しい。だが、舞台は米国ニューメキシコ州。

コロナ禍に加え、BLM(Black Lives Matter 黒人男性が警官に殺されたことから起きた人種差別抗議運動)や過激カルト指導者が唱える陰謀論など、あの頃に勃発していた様々な社会問題がそこに混ざり合う。
◇
現実社会の問題をモチーフにしているところが、アリ・アスター監督の前作『ボーはおそれている』よりとっつき易くはあるが、じゃあ、この映画は楽しめたかと問われると、ちょっと微妙。というか、A24とこの監督の組み合わせなら当然だろうが、鑑賞後の後味はけしてよろしくない。
コロナを題材にしている共通点もあるが、石井裕也監督の『茜色に焼かれる』を思い出した。あの映画は映画評論家やシネフィルからの評価はすこぶる高かったが、私は生理的に好きになれなかった。本作にもそれに近い印象を持った。
ホアキンの保安官が乗り出す市長選
20年ほど前の韓国映画に『トンマッコルへようこそ』というのがあって、朝鮮戦争のさなかでも平和な山奥の村が舞台だった。
一方、『エディントンへようこそ』の舞台、ニューメキシコ州の小さな町エディントンでは、マスクが苦手な穏健派の保安官ジョー(ホアキン・フェニックス)が、マスクを義務付けIT企業を誘致する等やり手の市長テッド(ペドロ・パスカル)と対立する。
ジョーが家に帰れば妻ルイーズ(エマ・ストーン)は、カルト集団の教祖ヴァーノン(オースティン・バトラー)の動画に煽動され、陰謀論にのめりこんでいる。

ストレス過多な日々の中で、テッド市長のやることなすことが気に入らないジョーは、次期市長選の対立候補として名乗りを上げる。
部下の保安官たちに手伝わせて選挙運動を繰り広げるジョーだが、次々と厄介なことが起きていく。この、ツキに見放されたような中年男を演じるホアキン・フェニックスが、難解だった『ボーはおそれている』を思い出させる。
更に、妻役のエマ・ストーンは『哀れなるものたち』をはじめヨルゴス・ランティモス監督の奇妙奇天烈な作品の常連ときている。この二人が夫婦役となれば、一筋縄でいく作品のわけがない。
ついでにテッド市長役のペドロ・パスカルといえば、『ファンタスティック4』の全身ゴム男ミスター・ファンタスティックではないか。こりゃ、市長選もジョーが勝てる気がしない。

殺人事件から盛り上がる
さて、この前半部分まではそれなりに面白くはあるのだが、ただの市長選をめぐる騒動なのかなと少し退屈しかけた頃に、いよいよアリ・アスター監督らしい展開になってくる。
市長選にからんで、殺人事件が起きるのだ。それを捜査するのが、保安官であるジョーとその部下たちなのだが、事件の現場はエディントンでも、発砲した場所が隣接する原住民プエブロ族の領地。
◇
そして、プエブロ族の警官バタフライ・ヒメネス(ウィリアム・ベロー)が、頼まれてもいない捜査に首を突っ込んでくる。こいつが凄い切れ者なのがいい。
彼の登場で、映画は俄然面白くなった。はじめは頑固そうだが根は善人にみえたジョーが、窮地に追い込まれてどんどんと悪人になっていく。
殺人事件がやがて更にエスカレートした銃撃戦になってしまうと、もうマシンガンが火を噴くわ、グチャグチャと人は死ぬわで、節操がない展開になってしまう。これじゃ結局、いつもの作風と変わらないではないか。

カルト集団の教祖ヴァーノン役のオースティン・バトラーは雰囲気出ていたのだが、キャラ的に今回良かったのはバタフライだなあ。
彼が事件の真相をつかみそうになるまでは、期待が高まったのだけれど、その後は方向性が大きく反れてしまった。
まあ、アリ・アスター監督にこの路線以外、何を期待しているのかと言われてしまいそうだが。
