『でっちあげ〜殺人教師と呼ばれた男』
驚くべき実際の事件をベースに三池崇史監督が描く、殺人教師とされた男の悲劇
公開:2025年 時間:129分
製作国:日本
スタッフ
監督: 三池崇史
脚本: 森ハヤシ
原作: 福田ますみ
『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』
キャスト
薮下誠一: 綾野剛
氷室律子: 柴咲コウ
氷室拓翔: 三浦綺羅
氷室拓馬: 迫田孝也
段田校長: 光石研
都築教頭: 大倉孝二
薮下希美: 木村文乃
鳴海三千彦: 亀梨和也
前村医師: 小澤征悦
箱崎医師: 美村里江
山添夏美: 安藤玉恵
橋本裁判長: 飯田基祐
大和弁護士: 北村一輝
湯上谷弁護士: 小林薫
勝手に評点:
(悪くはないけど)

コンテンツ
あらすじ
小学校教諭・薮下誠一(綾野剛)は、保護者・氷室律子(柴咲コウ)に児童・氷室拓翔への体罰で告発された。体罰とはものの言いようで、その内容は聞くに耐えない虐めだった。
これを嗅ぎつけた週刊春報の記者・鳴海三千彦(亀梨和也)が”実名報道”に踏み切る。過激な言葉で飾られた記事は、瞬く間に世の中を震撼させ、薮下はマスコミの標的となった。
誹謗中傷、裏切り、停職、壊れていく日常。次から次へと底なしの絶望が薮下をすり潰していく。
レビュー(ネタバレあり)
こんな実在の事件があったとは
ジャーナリストの福田ますみによるルポルタージュ『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』を三池崇史監督が映画化した作品。2003年に実際に福岡市の小学校で起きた事件がベースとなっている。
<でっちあげ>とか<殺人教師>という言葉がタイトルにも登場するので、どのような事件だったかはネタバレせずとも想像に難くないだろう。
小学校教諭の薮下誠一(綾野剛)が、教え子の氷室拓翔(三浦綺羅)にいじめのような体罰を繰り返していると、母親の氷室律子(柴咲コウ)から告発される。
薮下には身に覚えのない話だったが、校長(光石研)や教頭(大倉孝二)から、「場を収めるためにここは謝罪をしておけ」と諭されて、行為を認め謝罪する。

それはまず地方紙で匿名扱いで記事になり、続いて週刊春報の記者・鳴海(亀梨和也)が実名報道に踏み切る。
「死に方を教えてやろうか」
母親の言い分を鵜呑みにした市の教育委員会は、本事案を日本で初めて「教師による生徒へのいじめ」と認定し、週刊誌の過激な言葉で飾られた記事が世間を震撼させた。
序盤の嘘くささが惜しい
およそ信じがたい話なのだが、福田ますみのルポを読み、裁判の内容などをウィキペディアでみても、映画で語られる内容が概ね事実に近いことに驚きを隠せない。
これがドキュメンタリーで撮られていたり、ノンフィクションの作品だったら、私はもっとこの映画にのめり込んだだろう。

だが、三池崇史監督が撮っているのだから、これはやはりエンタメ作品に属するのだと思う。そうなると、いろいろと演出が気になって、シラケてしまう部分が多い。
そこが気にならない人には、高評価な作品になるのかもしれない。だが、私にはひっかかりを覚えた。
◇
まずは序盤の、薮下教諭が壮絶な体罰を拓翔に繰り返すパート。これは、いわゆる<でっちあげ>の部分であるのだが、多少は真実っぽい演出にしてくれないと、観る方は盛りあがらない。
だが、教師が児童に「お前には米国人の穢れた血が入っている」と言ったり、ピノキオ(鼻血出させる)やウサギ(耳をちぎる)等の体罰を選ばせたりという言動が、あまりに嘘くさい。

原作だと教師がどんな人物か予備知識がないので、つい騙されてしまったが、映画では主演の綾野剛がこれを言うので、真実でなさそうなことがミエミエだ。
いじめ教師の真偽で観客を騙した是枝裕和監督の『怪物』のように演出できない点は、実話寄りの話にした弊害といえる。
現実のパートにデフォルメ要る?
次に真実パート。ここでは、薮下が体罰教師だと一方的に真っ赤な嘘を並べ立てる氷室律子のおかげで、窮地に陥って気が付けば6カ月の停職処分をくらう話が展開される。
ここは実際に起きた出来事を描いているのだと思うが、あまりに演出がデフォルメされている(いや、実際にこうだったのかもしれないが)。

まず、児童の母親役の柴咲コウが怖すぎる。
ひたすら相手をガン見して感情を殺した嘘を語るキャラが、どうみてもホラー。懐かしの彼女の主演ドラマ『〇〇妻』があんな感じじゃなかったか。父親役の迫田孝也ともども、不気味なのはよいとしても、度が過ぎている。
そして教師陣。校長(光石研)や教頭(大倉孝二)があまりに間抜けすぎて、これはコントに近い。この映画に笑いはいらないはず。
この二人をはじめ、児童に虚偽のPTSD診断をした医師(小澤征悦)や、550人の弁護団を組んで薮下被告の裁判に臨むも精彩を欠く弁護士(北村一輝)。
顔を見ただけで間抜けキャラかどうか一目瞭然のキャスティングは分かりやす過ぎて、どうなのよという気がした。
◇
唯一意外性のあった配役は、週刊誌記者を演じた亀梨和也だろうか。
映画では週刊春報となっているが、実際には文春の記者だ。この男のいい加減な実名入りの文春砲のおかげで、世間の殺人教師バッシングに火が付く。
亀梨が演じているのだから、終盤でいいヤツに様変わりするのかと思ったが、戦犯ともいえるこの記者は当然にクズのままだった。亀梨和也が出演を躊躇ったのも無理はない。

小林薫の登場で法廷劇に
映画の途中で興味を失いかけていたところに、ようやく登場するのが、小林薫演じる人権擁護派の湯上谷弁護士だ。
世間から非難を浴びる殺人教師のために550人の弁護団を相手にする、誰も引き受け手のいなかった薮下の代理人を買って出る。まるで、『白い巨塔』の医療裁判を地で行くような話だ。
でも、難攻不落だった財前教授相手の複雑な医療過誤裁判と違い、こちらは体罰もPTSD被害も原告側の嘘八百だから、わりとあっさりと決着がつく。

綾野剛と小林薫の二人三脚で勝ち取る裁判。一見冴えない老弁護士が気を吐く姿がいい。この二人の組み合わせは、『夏の終り』・『武曲 MUKOKU』(ともに熊切和嘉監督)に続く三作目か。
◇
家族のために離婚を考える薮下を信じ、戦うよう背中を押す妻(木村文乃)や息子もいい。
だが、結局、敗訴した氷室律子は何のためにでっちあげを行い、裁判までしたのか、その全貌は最後まで不透明。
これも実話に基づくところであり、仕方がないのは承知のうえだが、やはり切れ味に欠ける。三池崇史監督の作品なら、「白黒つけるぜ」であってほしいのだ。
