『エミリア・ペレス』
Emilia Pérez
フランスの名匠ジャック・オーディアール監督が贈るトランスジェンダーのミュージカル。
公開:2025年 時間:132分
製作国:フランス
スタッフ
監督: ジャック・オーディアール
キャスト
リタ・モラ・カストロ: ゾーイ・サルダナ
エミリア・ペレス/ マニタス・デルモンテ:
カルラ・ソフィア・ガスコン
ジェシカ・デルモンテ: セレーナ・ゴメス
エピファニア・フローレンス:
アドリアーナ・パス
グスタボ・ブラン: エドガー・ラミレス
ワッサーマン医師: マーク・イヴァニール
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

COPYRIGHT PHOTO : (C)Shanna Besson
コンテンツ
あらすじ
メキシコシティの弁護士リタ(ゾーイ・サルダナ)は、麻薬カルテルのボスであるマニタス(カルラ・ソフィア・ガスコン)から「女性としての新たな人生を用意してほしい」という極秘の依頼を受ける。
リタは完璧な計画を立て、マニタスが性別適合手術を受けるにあたって生じるさまざまな問題をクリアし、マニタスは無事に過去を捨てて姿を消すことに成功する。
それから数年後、イギリスで新たな人生を歩んでいたリタの前に、エミリア・ペレスという女性として生きるマニタスが現れる。それをきっかけに、彼女たちの人生が再び動き出す。
レビュー(まずはネタバレなし)
女性としての新たな人生
フランスの名匠ジャック・オーディアールによる異色ミュージカル。
アカデミー賞最有力(最多12部門ノミネート)という公開前の触れ込みはけして虚飾ではなかったはずなのに、主演俳優のとある舌禍で、ゴール寸前で失速してしまった本作。
その印象だけはあるが、どんな映画なのかはすっかり予備知識が抜けた状態でようやく観賞。そのおかげで、サプライズが多く、個人的には楽しめた。
◇
そう言いながら映画の内容を語るのは矛盾しているが、既にあちこちで書かれた内容なのでざっくり書かせていただくと、本作は性別適合手術を受けるトランスジェンダーの物語だ。

COPYRIGHT PHOTO : (C)Shanna Besson
メキシコ全土を恐怖に陥れていた麻薬カルテルのリーダー、マニタス(カルラ・ソフィア・ガスコン)が、優秀ながらも冴えない下働きをしている弁護士リタ(ゾーイ・サルダナ)の頭に袋をかぶせて拉致し、報酬200万ドルの仕事を依頼する。
「女性としての新たな人生を用意してほしい」
命欲しさに引き受けたリタは、世界各国に飛び、手術を引き受けてくれる優秀な医師を探し、また、術後に家族と離れて第二の人生を過ごせるよう、綿密な手配をする。
こうして、見るからに怖そうな大男マニタスは、タイトルロールである、エ三リア・ペレスとして生まれ変わる。

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受賞レース直前の騒動
この題材をミュージカル仕立てで撮るという取り組みはとても斬新だ。
妻を殺したが自殺だったと主張する被告を嫌々弁護するリタと、彼女を取り囲む町の人々。或いは、性別適合手術の先進国バンコクで手術について医師や看護師に説明を受けるリタ。
およそミュージカルにはそぐわないようなシチュエーションで、歌い、踊るダンサーたち。

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キレッキレの派手なダンスで観客を驚かせるのとも、朗々と歌い上げる美声を聞かせるのともちょっと違う。まるで台詞の延長のようにボソボソと歌うのがユニークだし、しかもスペイン語とは珍しい。
◇
エミリア・ペレスがマニタスだった時の妻ジェシカ役にセレーナ・ゴメス、そしてエミリアとなった後のパートナー女性エピファニア役にアドリアーナ・パス。さらに主演の二人を含めた四名がカンヌ国際映画祭で女優賞を受賞。
ジャック・オーディアール監督には審査員賞の快挙。ガスコンはカンヌ初のトランスジェンダー俳優の受賞者となった。
勢いに乗る本作は、その後に控えるアカデミー賞においても最有力候補といってよかった。
だが、主演のカルラ・ソフィア・ガスコンの過去の人種差別発言やイスラム嫌悪、共演者セレーナ・ゴメスをけなした過去のツイートなどが掘り返され、更にその後のCNNインタビューが火消しどころか更なる炎上を呼ぶ。
結果、受賞レースでは最終コーナーで落馬し、ゾーイ・サルダナへの助演女優賞と歌曲賞受賞のみという寂しい結果となった。
まあ、作品のレビュー内容はキャンセルカルチャーと無縁であり、オスカーの数とも直接関係はない。
作品賞は『ANORA アノーラ』が獲ったが、ガスコン騒動がなければ本作だったかもしれないし、実際のコンクラーベが数か月早く行われていたら、私のイチオシの『教皇選挙』という線もあった。
世界歴代興行収入の上位3位が『アバター』、『アベンジャーズ/エンドゲーム』、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』、その全てにゾーイ・サルダナが出演しているって、どれだけ強運なのよって思う。
でも、いずれも、顔の色が青だったり緑だったりで、まともに彼女だと認識されにくい作品ばかり。なので、本作で実質主演のゾーイ・サルダナがオスカーを獲ったのは喜ばしい。

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レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
子どもたちと暮らしたい
家族に内緒で性別適合手術を受けるマニタスに代わり、リタは残された彼の妻ジェシカと子供二人をスイスに移住させる。
麻薬王で金持ちだから、スイスの豪邸に住むのも快適そうに思えたが、メキシコ育ちにはスイスは極寒の最果ての地に思えるらしい。
手術に成功したあとは、マニタスは殺されたという偽装報道でエミリアは消息を絶つ。
◇
だが4年後、リタはロンドンで彼女と再会する。正体を知らず初対面の女性エミリアと話していたリタが、相手をマニタスと知る場面は衝撃的だ。

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事情を知る自分は殺されると脅えるが、リタには再び依頼が舞い込み、なんとエミリアは、マニタスの姉と偽ってジェシカや子どもたちをメキシコに呼び戻そうとする
性別適合で本来の性別の身体を手に入れ、大事な子どもたちともまた一緒に暮らせるようになるエミリアは大満足だ。
今度は過去の自分の悪行を反省し、マフィアの殺し屋たちの餌食になって誰にも知られずに殺されて土の下に眠っている遺体たちを探し出し、遺族のもとにかえすという慈善事業団体を立ち上げる。

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最後はこうなるか
だが、本来自由奔放に暮らしてきた元妻のジェシカは、得体の知れない金満な義姉のエメリアとの生活には息が詰まる。
昔の男グスタボ(エドガー・ラミレス)とよりを戻し、再婚話が持ち上がる。だが、そうなれば子どもたちもエメリアの家から出て行くことになる。

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子どもたちを騙して、まるで母のように一緒に暮らすのはさすがに傲慢な計画だとは思ったが、この再婚話がきっかけで、エミリアの手下たちがグスタボを懲らしめ、一方やられたグスタボがジェシカとともにエミリアに報復に出る。
◇
ここから先の展開はどこまでエスカレートするのか不安になるが、弁護士のリタまで使い慣れない拳銃を片手にグスタボと取引交渉するようになり、結局最後は取返しのつかないところまで行きつく。
終盤でジェシカがエミリア本人からその正体を知らされ、動揺しながらも夫を救おうとするところは感動を呼んだが、結局悲劇的な幕切れになってしまうのは、ちょっと物足りない。
