『ラブ&ポップ』
庵野英明の実写初監督作は、村上龍が女子高生の日常を大胆に描いたあの原作
公開:1998年 時間:110分
製作国:日本
スタッフ
監督: 庵野秀明
原作: 村上龍
『ラブ&ポップ』
キャスト
吉井裕美: 三輪明日美
野田知佐: 希良梨
横井奈緒: 工藤浩乃
高森千恵子: 仲間由紀恵
裕美の母親: 岡田奈々
裕美の父親: 森本レオ
裕美の姉: 三輪ひとみ
カケガワ: 平田満
ヨシムラ: 吹越満
ヤザキ: モロ師岡
ウエハラ: 手塚とおる
コバヤシ: 渡辺いっけい
キャプテンEO: 浅野忠信
勝手に評点:
(悪くはないけど)

コンテンツ
あらすじ
女子高校生の裕美(三輪明日美)は夏休みが近づいたある日、水着を買おうと親友の知佐、奈緒、千恵子と連れ立って、東京・渋谷の街へ。
あるデパートで見つけたトパーズの指輪が猛烈に欲しくなった裕美だったが、自分の所持金では買えない。
そこで友人たちと初めての援助交際に挑んでみるが、客である男たちは会ってみると、いずれもアブノーマルな性癖を持っていた。デパートの閉店時間までに裕美はトパーズの指輪を買えるのか。
今更レビュー(ネタバレあり)
新人監督・庵野秀明
『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明による初の実写映画監督作品になる。わざわざ、自身のクレジットに(新人)と付記しているくらいだ。
原作は村上龍の同名小説。『トパーズ』、『KYOKO』そして本作と続く映画化で、村上龍原作は女性視点の性風俗ものというカラーが強まってしまったが、その後の三池崇史の傑作『オーディション』が、その流れを断ち切ってくれる。
庵野秀明監督の作品は『エヴァ』から『シン・仮面ライダー』まで追いかけてはいるが、盲信しているわけではない。どちらかといえば、村上龍の愛読者目線で本作を観た。やはり、この原作の映画化には無理があったのではないか。
主人公は女子高生の吉井裕美(三輪明日美)と、いつも一緒に行動している仲良しの野田知佐(希良梨)、横井奈緒(工藤浩乃)、そして高森千恵子(仲間由紀恵)。
時代は1996年、ルーズソックスは履くが、山姥のようなコギャルは登場する前だ。渋谷を根城に遊んでいる彼女たちは、裕美がどうしても欲しいトパーズの指輪(128千円)をその日のうちに手に入れるため、みんなで援助交際に乗り出す。
奇をてらったカメラアングル
村上龍の原作は、その文体に特徴がある。
女子高生たちのワチャワチャした会話や思考経路が、ブランド名や店名はじめ固有名詞をふんだんに盛り込んだ詳細描写で綴られる。これによって脳内が当時の女子高生ブームの風俗や若者文化に洗脳されていく。
描写が細かいのだから、そのまま映像化すればよいだろうと庵野秀明監督は考えたのだろうか。たしかに、かなり頑張って情報量を盛り込んでいるとは思う。だが、それは映画として正しいアプローチなのか疑問だ。

それに加えて監督は、独創的なカメラアングルにこだわった。
- 洗面所で顔を洗うのを一人称カメラで本人目線にしたり
- 自転車を漕ぐのを超ローアングルにしたり
- ビールジョッキを飲み干すのをグラスの底から撮ったり
- テレビ画面をブラウン管の裏から写したり
実験的映像で個性を出したいのは新人監督ゆえの功名心かもしれないが、観ている方は落ち着かない。アングルが突飛すぎて、ドラマへの没入を妨げるのだ。
こういう、ふざけた感じのカットを繋いでドラマを作っていくのは、堤幸彦か森田芳光のスタイルに近いように思えた。でも模倣ではない。堤幸彦の『池袋ウエストゲートパーク』が放映されるのは、庵野秀明が本作で渋谷を撮った2年後。
裕美の父親(森本レオ)が家の居間いっぱいに鉄道模型を走らせるのも、森田芳光の『僕達急行 A列車で行こう』に10年以上先行している。彼らが庵野に追随したのかもしれない。
キャスティングについて
女子高生の仲良し4人組はほぼ全員が映画初出演で、キャラ立ちも弱いのが勿体ない。主演の三輪明日美も、後半に単独行動が増えてきて、ようやく主人公と認識できたほどだ。

その点、一番経験豊富そうな一人を演じた仲間由紀恵が、圧倒的なオーラで目立っている。
試着室からビキニ姿で登場するお宝ショットは、眩しすぎて露出オーバーになるんじゃないかと思うほどだ。この数秒のカットの為だけでも、この映画は存在価値がある。

彼女たちに近寄ってくる、男たちのキャスティングはなかなかユニークで面白い。大半が路上で声をかけてくる援交目当ての中年だ。
- しゃぶしゃぶをご馳走し大声で説教するモロ師岡
- 自宅で自慢気に料理を語りイタ飯を振舞うロン毛のナルシストに吹越満(若い!)
- 女子高生4人にカラオケ付き合わせて、噛んで吐き出したマスカットを回収する中年に平田満(善人で変態系)
みんな、おさわりもしないのに、金払いはいい。
◇
ここまでで順調に指輪購入資金はたまっていくが、もう一息。ここで伝言ダイヤルで知り合った相手と個別に待ち合わせする裕美。
まずは、プップ、プップと唾吐きが止まらない神経症の汗臭い男に、庵野監督の実写映画常連の手塚とおる。女子高生が短時間でカネを稼ぐ厳しさが伝わってきた。
さあ、トパーズをみつけたお店の閉店まであと3時間。不足金額まで文字で示される画面は、いかにもエヴァっぽい。
ピー音とモザイク
次に伝言ダイヤルで出会う若者が浅野忠信。こんなイケメンにおカネまでもらっていいの?裕美がそう思ったかは知らないが、二人でラブホに入ったところで、彼女の恐怖体験が始まる。
このあたりは原作の展開にほぼ忠実なのだけれど、困ったことに、浅野忠信の役名であるキャプテンEOと、彼の愛するぬいぐるみのファズボールの名前にピー音が入るのだ。ファズに至っては、その姿にモザイクまでかかる。
ディズニーの許可がおりなかったのか、交渉もしなかったのかは知る由もないが、これじゃB級コメディだよ。でも、ここにピー音とモザイク入れても、もはや浦安にEOのアトラクションがないんじゃ、若い世代は分からんだろうな。

締めは、彼女たちに携帯電話を貸してくれていた(若い男のメッセージが欲しいだけ)、ゲイの渡辺いっけい。
「名前も知らないような男の前で裸になったりしちゃダメだ。お前を大切に思っている誰かが、どこかで死ぬほど悲しい思いをしているんだよ」
裸の裕美にスタンガンを向け、キャプテンEOは説教してラブホから去っていった。「それって、お前は価値がある。安売りするなってことでしょ」と渡辺いっけい。
そこは台詞としては分かり易かったのだが、最後にファズの名前が「ラブ&ポップ」だと明かされる場面は、そのメモにもファズの名前にボカシが入っているせいで、まったく冴えなかった。
その伏線になるはずの『シベールの日曜日』はどこ行っちゃった? 手塚トオルと行ったレンタルビデオ店で一瞬映ったけど、名前を教えてあげることの重みは語られたっけ?
◇
エンディングは水量が少ない渋谷川を4人が並んで延々と歩き、そこに三輪明日美の歌う「あの素晴しい愛をもう一度」。『エヴァ』の戦闘シーンに懐メロが流れる演出と通じているのだろうか。