『僕らの家路』今更レビュー|大人の階段のぼるキミ

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『僕らの家路』
 Jack

エドワード・ベルガー監督のデビュー作は、ベルリンを舞台に母を探し回る幼い兄弟もの

公開:2015年 時間:103分  
製作国:ドイツ

スタッフ 
監督:      エドワード・ベルガー

キャスト
ジャック:      イボ・ピッツカー
マニュエル:    ゲオルグ・アームズ
ザンナ:      ルイーズ・ヘイヤー
ベッキー: ネル・ミュラー=ストフェン
ヨナス:     ビンセント・レデツキ
フィリップ:   ヤコブ・マッチェンツ
カティ:      オーディン・ヨーネ

閉じる勝手に評点:3.0
(一見の価値はあり)

(C)PORT-AU-PRINCE Film & Kultur Produktion GmbH

あらすじ

10歳のジャック、6歳になる弟のマヌエルはシングルマザーの母ザンナと3人ベルリンで暮らしていた。

ザンナ自身まだ若くて遊び盛りで、育児をおろそかにしているせいで、兄のジャックが弟の面倒も、何から何まで見なければならない始末。

ある日、ジャックが目を離しているすきに、マヌエルが入浴中にやけどを負う事故が起き、ジャックは施設に預けられることに。

施設で寂しい日々を送るジャックに、心待ちにしていた夏休みが訪れるが、迎えに来るはずの母から突如電話が入る。

今更レビュー(ネタバレあり)

2024年のアカデミー賞において作品賞含む8部門にノミネートされた『教皇選挙』エドワード・ベルガー監督のデビュー作。

『教皇選挙』は作品賞こそ逃したが、個人的には候補作の中では一番出来が良かったように思う。その前の『西部戦線異状なし』も秀作だったので、この作品まで遡って観たくなった次第。

スケールの大きい前述の二作品に比べると、本作は随分とコンパクトに絞り込んだ題材だ。

所在の分からなくなった母親を捜し求めて、10歳と6歳の幼い兄弟がベルリンの町を必死に駆けずり回る映画。ベルリン国際映画祭のコンペティション部門に出品されている。

主人公は10歳のお兄ちゃん、ジャック(イボ・ピッツカー)。6歳の弟マニュエル(ゲオルグ・アームズ)の面倒を慌ただしくみてあげた後、学校に向かう。

原題“Jack”はこのお兄ちゃんの名前だが、さすがに簡潔すぎるので、邦題の方がセンスがよい。

シングルマザーの母ザンナ(ルイーズ・ヘイヤー)はまだ若く、次々に男を引っ張り込む。育児はジャック任せだが、嫌な顔も見せずに面倒をみるのが偉い。

ザンナはまるで育児放棄の毒親のようだが、男を連れ込んで、裸でことに及んでいる最中にジャックが入ってきても、慌てる男を差し置いて、優しくパンやジュースを与えてくれる。

男狂いの母親なら子供にブチギレする場面だが、ザンナはちゃんと息子たちを愛しているようだ。

(C)PORT-AU-PRINCE Film & Kultur Produktion GmbH

ある日、マニュエルが池に浮かべて遊んでいた舟が流されてしまい、それを取り戻すために兄弟揃ってずぶ濡れになる。家に帰って風呂を溜めるまでのジャックの手際は良かったが、水温を確かめないのが気になった。

案の定、裸で飛び込んだマニュエルは熱湯でやけどを負い、それがきっかけでザンナは行政の指導で、ジャックを養護施設に入れざるを得なくなる

健気に弟の面倒をみていたジャックが、年上だから施設に送り込まれる展開は何とも胸が痛む。

施設では馴染めずに、いじめっ子から殴る蹴るの洗礼を受けるジャック。家に戻ることも許されず、外出許可が出る夏休みを心待ちにする。だが当日、ザンナからは「迎えに行くのが2日後になる」という電話が入り、ジャックは荒れる。

みんなが帰省する中で、寂しく学校に残るのでは、ポール・ジアマッティが先生役の『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』みたいだ。

施設職員のベッキー(ネル・ミュラー=ストフェン)と仲良くなるのかと思っていると、いじめっ子の少年ダニーロが、「お前も居残り組か」と二人で池で泳ぐことに。

ここで友情が芽生えるのかと思った私が甘かった。ダニーロは突如ジャックを水中に沈め溺れさせ、更に、友だちのマークが特別にジャックに貸してくれた大切な双眼鏡を、池に投げ込んでしまうのだ。

怒り心頭のジャックは丸太で殴り掛かり、ダニーロは昏倒。随分、過激な話になってきたぞ。こうしてジャックは、そのまま施設を飛びだし、家路をめざす

(C)PORT-AU-PRINCE Film & Kultur Produktion GmbH

母を訪ねて三千里も離れてはいないのだが、アパートに戻っても鍵はいつもの靴の中になく、母も弟も部屋にはいない。近くの地下駐車場の廃車を寝床にして、翌朝またアパートに行くと、施設職員のベッキーが彼を探しに来ている。

慌てて逃げ隠れ、弟マニュエルを預かっているカティの職場へ。こうして兄弟は無事に再会、以降は二人して母を探し回ることになる。

以下、ネタバレになりますので、未見の方はご留意願います。

ベルリンの町をあちこち、母の仕事場や昔の男友だちを訪ねてみる二人だが、一向に手がかりはない。お金はなく、ひもじいし、寝る場所もないし、疲れたし、心細いし、この二人の足取りをみている方も切なくなる。

店から頂戴したスティックシュガーとコーヒーフレッシュで飢えを凌ぐ。友だちに返そうと、双眼鏡を万引きするエピソードも、胸が痛む。ジャックは何も悪くないのに、次々と不運が覆いかぶさってくる。

駄々をこねる幼い弟を元気づけながら、歩んでいくお兄ちゃんの姿は、『はじめてのおつかい』のようではないか。泣けてくる。

(C)PORT-AU-PRINCE Film & Kultur Produktion GmbH

レンタカーの営業所に勤める、母の元カレのヨナス(ビンセント・レデツキ)に再会できた時にはゴールに着実に近づいたように思えた。

だが、二人に食事を与えたあと、ヨナスはジャックを施設に戻そうとする。

「はっきり言うけど、君たちは捨てられたんだよ」

辛辣な一言だ。だが、本当にそうなのか。

(C)PORT-AU-PRINCE Film & Kultur Produktion GmbH

母親と再会できなければ、映画として成立しないことはみんな分かっている。終盤、疲れ果ててアパートに戻ると、部屋に電気が灯っている。「ママが帰ってる!」 喜び勇んで、兄弟は階段を駆け上がる。

おそらく、そこには涙と感動の再会場面があるはずだった。確かに母ザンナはいた。二人を喜んで迎えてくれ、抱きしめて夕食も食べた。だが、何かがおかしい

彼女は子供たちが何日もどう過ごしていたのかも、ジャックが施設を飛び出したことも、何も心配しないで、ただ会えたことを喜んでいるだけ。そして、新しい男を紹介したいと言ってくる。

彼女はまだガキなのだ。もしかしたら、精神年齢はジャックより年下かもしれない。子供たちを愛してはいるが、親としての自覚も責任ももたず、ただ可愛がることしかしない。強烈な違和感と落胆。

ジャックは、あれだけ会いたかったママのもとに帰りながら、そのことに気づいてしまう。

靴の中に入れておいた手紙にも気づいていない母を見限り、彼は弟を連れて、黙って施設に戻っていく。母に捨てられたとは思っていなかったが、自分たちから母を捨てることになろうとは。

「その日、彼らは大人になることを決めた」のか。なるほど、キャッチコピーは正鵠を射ている。