『ジョーカー・ゲーム』
柳広司のスパイ・ミステリー原作を入江悠監督が映画化。和製スパイアクションとしては面白いのだが…。
公開:2015年 時間:106分
製作国:日本
スタッフ
監督: 入江悠
脚本: 渡辺雄介
原作: 柳広司
『ジョーカー・ゲーム』
キャスト
嘉藤次郎: 亀梨和也
リン: 深田恭子
結城中佐: 伊勢谷友介
神永: 小澤征悦
三好: 小出恵介
小田切: 山本浩司
実井: 渋川清彦
ハワード・マークス:
リチャード・シェルトン
キャンベル: ジャスパー・バグ
アーネスト・グラハム:リチャード・モス
武野大佐: 嶋田久作
笹原大佐: 光石研
矢島中佐: 田口浩正
飯塚中佐: 千葉哲也
勝手に評点:
(悪くはないけど)

コンテンツ
あらすじ
第2次世界大戦直前。仲間をかばって上官を殺してしまった陸軍士官の青年(亀梨和也)が、銃殺刑の直前、陸軍の結城中佐(伊勢谷友介)に身柄を引き取られる。
青年は結城中佐も創設に関与したスパイ組織“D機関”に所属して過酷な訓練を受け、一流スパイに育っていく。
嘉藤次郎という名を与えられた青年は、アジアのある国際都市に駐在する米大使グラハム(リチャード・モス)が隠し持つという世界を揺るがす機密文書“ブラックノート”を奪い取れという任務を任される。
今更レビュー(ネタバレあり)
和製スパイアクションとしては健闘
亀梨和也を主演に迎え、海外ロケを敢行した、日本映画としてはスケールの大きなスパイアクション。原作は日本推理作家協会賞を受賞した柳広司のスパイ・ミステリー、監督が入江悠とくれば、期待が高まるのも無理はない。
だが、これはちょっと、私が望んでいた路線と違うのではないかという気がしてならない。
◇
「エンタテインメントとして成立する日本製スパイ映画を作る」という製作方針から声がかかっただけあって、入江悠監督はシンガポールやインドネシアのロケでなかなか本格的なスパイアクションを撮ってしまった。
それは成功なのかもしれないが、柳広司のこだわった原作世界とは似て非なるものなのではないかというのが、拭えない違和感なのである。
序盤の展開はとても良い。
軍事訓練で仲間に理不尽な体罰を加える上官に抵抗し、誤って殺してしまった罪で処刑される陸軍士官の青年(亀梨和也)。銃殺の寸前でその身柄を引き取ったD機関の結城中佐(伊勢谷友介)は、彼に嘉藤次郎の名を与えて、スパイとして育成する。
D機関には、民間出身の選り抜きのスパイたちが何人かいるが、優れた資質の嘉藤はその中で頭角を現していく。

秘密裡に組成されたD機関は施設も民間企業を装い、スパイたちも軍人とはまるで正反対の思想や風貌の者ばかり。何年も孤独に耐えて敵組織に潜入する運命のスパイ組織のトップガンたち。
ガキ大将のような三好(小出恵介)を始め、実井(渋川清彦)や小田切(山本浩司)といった曲者揃い。結城中佐の右腕として機関を仕切る不敵な神永(小澤征悦)。ここまでのお膳立てはテンポも雰囲気も良く、期待が高まる。
だが、そこから先、嘉藤が国際都市・虹楊に行き、米国大使から原爆の設計図(ブラックノート)を奪取するよう命じられてから、物語は原作から乖離し始める。
原作の志向とは大きく乖離
「潜入先で敵に捕まったらどうする?」
講義でこう質問されて嘉藤は答える。
「敵を殺すか、さもなくば自害します」
「これだから、軍人はよぉ」と皆に笑われる。スパイにとって、目立つことは最悪の選択。「死ぬな、殺すな」がスパイの信条なのだ。
ところが、そう教官から叩きこまれていた筈なのに、いざミッションが始まると、嘉藤たちがやることなすこと派手なことばかり。

そりゃスパイアクションだからある意味当然なのだが、そもそもこの原作はアクション映画とは相容れないのでは?
ジェームズボンドよりも、ル・カレの『裏切りのサーカス』路線なんじゃないか? それじゃ地味すぎるのなら、せめて『ミッション・インポッシブル』。それもトム・クルーズじゃなくて、テレビシリーズの渋くて地味な方ね。
アクションの途中で流れる劇伴曲だけは、なんか『ミッション・インポッシブル』もどきの曲だったけど、真似するべきはそこじゃないんだよなあ。
原作は短編の連作形式だったが、それでは映画に不向きだから、全てを繋げたストーリーに仕立て直している。
それは好判断だと思うが、原作に存在していた、エピソード毎に結城中佐(伊勢谷友介)の先読み・深読みの鋭さに主人公が驚嘆するという面白味が、映画ではかなり希薄になってしまった。
ドラマ『教場』のキムタク演じる有能スパルタ教官みたいな要素が、映画にもあればよかったのに。
キャスティングについて
伊勢谷友介にはもう少し活躍の場が欲しかったが、その分、主演の亀梨和也はひとり気を吐いて頑張っている。
アクションは勿論、英語や中国語、手品・モールス信号・拳銃分解と、スマートにこなしており、深キョンのハニートラップに引っかかりながらも、美女を助けずにはいられない紳士的な行動もサマになる。
原作のことなど忘れて、亀梨和也と深田恭子のコスプレアクションに見惚れるのが、この映画の楽しみ方なのかもしれない。

序盤で憎まれ役のD機関の先輩として登場した小出恵介が、あっさり退所させられて終わるわけがないとは思ったが、後半の起用法にはもう少しひねりがあっても良かったか。
米国大使の屋敷でメイド服の深キョンは、お目当てのブラックノートを横取りするわ、亀梨和也を色仕掛けで篭絡するわで、『ルパンの娘』どころかすっかり峰不二子になってしまったよう。
敵のアジトから逃げるのに、仕掛けた火薬で大爆発させたり時計台から地上に待たせた仲間のトラックにダイブしたりと、目立ちたがりとしか思えない身の振り方で、これはD機関の諜報部員としてはいただけないのでは。

エンディングは気持ちよくミッションコンプリートで次の仕事に向かうのだが、この爽やかな終わり方は、やはり極上のミステリー小説が、ただのスパイアクションになり果ててしまったようで悔やまれる。