『ANORA アノーラ』考察とネタバレ|アニーよ、自由をとれ

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『ANORA アノーラ』
Anora

ショーン・ベイカー監督が撮る、NYのストリップダンサーとロシアの富豪のバカ息子との恋物語

公開:2025年 時間:139分  
製作国:アメリカ

スタッフ 
監督・脚本:     ショーン・ベイカー


キャスト
アノーラ:     マイキー・マディソン
イヴァン:  マーク・エイデルシュテイン
イゴール:      ユーリー・ボリソフ
トロス:      カレン・カラグリアン
ガルニク:    ヴァチェ・トヴマシアン

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. (C)Universal Pictures

あらすじ

ニューヨークでストリップダンサーをしながら暮らすロシア系アメリカ人のアニーことアノーラ(マイキー・マディソン)

彼女は職場のクラブでロシア人の御曹司イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)と出会い、彼がロシアに帰るまでの7日間、1万5000ドルの報酬で「契約彼女」になる。

パーティにショッピングにと贅沢三昧の日々を過ごした二人は、休暇の締めくくりにラスベガスの教会で衝動的に結婚する。

幸せ絶頂二人だったが、ロシアにいるイヴァンの両親は、息子が娼婦と結婚したとの噂を聞いて猛反発し、結婚を阻止すべく、屈強な男たちを送り込む。

やがてイヴァンの両親がロシアから到着。厳しい現実を前に、アニーの物語の第二章が幕を開ける。

レビュー(まずはネタバレなし)

カンヌのパルムドール受賞作。NYの場末にあるストリップ・クラブのダンサー、アニーことアノーラ(マイキー・マディソン)

彼女は、店に客として現れた、ロシアから来た裕福そうな青年イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)と出会い、気に入られる。何せアニーはロシア系米国人だから英語でもロシア語でも、言葉が通じるのだ。

イヴァンはロシアの新興財閥のドラ息子らしく、恐ろしい豪邸に独りで暮らしている。その彼がアニーとのセックスにメロメロになり、破格の好条件で一週間専属になるよう持ち掛けるのだから、断る理由はない。

こうしてアニーのシンデレラ・ストーリーがスタートする。監督は『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』ショーン・ベイカー。前作がディズニーワールド隣接のスラムの物語で、今回はシンデレラということか。

ストリップダンサーといっても、華麗なポールダンスで終わるような軟なレベルではなく、ショーガールたちはすぐに顧客とVIPルームにしけこむような過激な店だ。流れるのはヒップホップ。

娼婦のような若い娘が男に育てられる『プリティウーマン』的な話かと思えたが、王子様は21歳と彼女より年下で、セックスのあとはベッドでゲーム三昧とどうにもガキっぽい。

(C)2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. (C)Universal Pictures

そして二人は、イヴァンの友人たちとともにラスベガスに豪遊旅行にでかけるのだが、ロシアに帰国の時期が目前に迫るイヴァンが、米国人と結婚すればここに残れるのにとポロッと呟く。

「ならば今すぐ結婚しよう。だって、ここは24時間挙式ができるベガスだよ」

こうして二人は晴れて夫婦に。

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タイトルロールのアノーラ役のマイキー・マディソンは本作が映画初主演。ロシア語がうまかったのかは分からないが、それこそ体を張った役を好演。

監督らの意向によりインティマシー・コーディネーターをつけずに撮影して物議を醸したというのが、奈緒の『先生の白い嘘』を思い出させる。

相手役のイヴァンを演じたマーク・エイデルシュテイン<ロシアのティモシー・シャラメ>で知られるそうだが、本家シャラメが主演の『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN』とオスカーの賞レースでぶつかるのが楽しい。

そういえば、両作品とも、男が煙草を二本咥えて火を付けて、一本を女に渡す仕草がある。これ流行なのか。本家とロシアとどっちのシャラメがカッコいいか、ぜひ見比べてほしい。

映画はこのベガスの挙式までは、スーパーリッチな財閥のドラ息子ボンビー・ストリップ・ガールの奔放なハッピーウェディングストーリーなのだが、そのまま「幸せに暮らしましたとさ」にはなるはずがない。

一人息子が娼婦と結婚したという噂がロシアの両親の耳に入り、ヤバそうな連中が彼らの邸宅にやってくる。

普段は神父の顔を持つトロス(カレン・カラグリアン)と、その手下のガルニク(ヴァチェ・トヴマシアン)、屈強な用心棒のイゴール(ユーリー・ボリソフ)

その後に両親もプライベートジェットでやってくるのだが、この後半戦はまったく前半のはじけた恋愛ドラマのトーンと異なるのが凄い。

アニーが暴れる、叫ぶ、噛みつく、キレるの大忙し。屈強な連中が出てくるからアクション要素も勿論あるのだけれど、それ以上に笑えるポイントが盛り沢山。これは意外だった。

劇場でここまで笑ったのは、いつ以来だろう。少なくとも福田雄一『アンダーニンジャ』よりは遥かに笑えた。

舞台になっているのは、マンハッタン近郊にあるブライトン・ビーチ。ここはロシア人街なのだ。

NYのはずなのに、トロスの勤めるロシア人の教会があったり、町のあちこちにロシア語が溢れているのが不思議だったが謎が解けた。海辺のボードウォークと遊園地が美しい、近隣のコニーアイランドも登場する。

この町でアニーは、両親を恐れて失踪してしまったイヴァンを、屈強な三人とともに探し回ることになる。はたして、彼女の結婚は無事に成立するのだろうか。

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レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。

この映画で一番恐ろしいラスボスは、ロシアからやって来たイヴァンの母親だ。

彼女は、バカ息子が娼婦と結婚するなど断じて認めず、結婚証書の無効手続きを強引に進める。だが、証書がある以上、ネバダ州に行かなければ手続きができない。

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はじめのうちはカネ目当てだったかもしれないアニーだが、結婚する頃にはきちんとイヴァンを愛するようになっていた。だから、そんな彼女を置き去りにして、両親にも会わず敵前逃亡してしまったイヴァンが許せなかった。

こうして後半の彼女は、結婚生活を取り戻すことをいつしか諦め、新郎に失望し傷ついていく。

どう見ても、彼女に力づくで結婚を阻止させるべく用意された、アクションシーン向けの用心棒だと思っていたイゴールが、ただの筋肉採用ではなかったのには驚いた。この伏兵が、実は心優しきナイスガイなのである。

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無神経なトロスやガルニクと異なり、彼だけはアニーのことを気遣う。だが、それに気づく余裕などないアニーは、彼にも牙をむく。

『フロリダ・プロジェクト』で貧しい環境に育った、可愛くて生意気な少女が成長すると、アノーラみたいな娘になるのかな。そういえば、アニーのハネムーンの憧れの地もディズニーワールドだった。

映画の最後には、全てを取り上げられて振り出しに戻ったアニーに、イゴールが粋なプレゼントをし、そのお返しにアニーもクルマの中で彼の股間の上に馬乗りになる。

周囲は雪が降っており、覗き込む人通りもない。ここで初めてアニーは号泣し、イゴールは優しく背中を抱く。

イゴールの古いクルマのエンジン音と、ワイパーの音だけが聞こえる中で、エンドロールが流れ始める。音楽なし、効果音だけのエンディングがなかなかよい。

このまま最後までいけばいいのに、途中から完全無音になってしまった。これは先日酷評した『ブルータリスト』と同じ手法だわ。クレジットを間抜けに眺めてるだけだと、間が持たないんだよね。