『007 美しき獲物たち』
A View to a Kill
ロジャー・ムーアがボンドを演じるシリーズ14作目。ボンドガールはタニア・ロバーツ。
公開:1985年 時間:131分
製作国:イギリス
スタッフ
監督: ジョン・グレン
原作: イアン・フレミング
『バラと拳銃』
キャスト
ジェームズ・ボンド: ロジャー・ムーア
ステイシー・サットン:タニア・ロバーツ
マックス・ゾリン:
クリストファー・ウォーケン
メイデイ: グレース・ジョーンズ
ジェニー・フレックス:
アリソン・ドゥーディ
スカルピン: パトリック・ボーショー
モートナー博士: ウィロビー・グレイ
ティベット卿: パトリック・マクニー
チャック・リー: デヴィッド・イップ
W・G・ハウ: ダニエル・ベンザリ
ポーラ・イワノバ:フィオナ・フラートン
ゴゴール将軍: ウォルター・ゴテル
グレイ国防大臣: ジョフリー・キーン
M: ロバート・ブラウン
Q: デスモンド・リュウェリン
マネーペニー: ロイス・マクスウェル
勝手に評点:
(悪くはないけど)
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コンテンツ
あらすじ
イギリスが開発した最新型軍事防衛システム用のマイクロチップがKGBに流出。その裏にマイクロチップの市場独占を狙うゾリン(クリストファー・ウォーケン)の計画が隠されていることを知ったボンド。しかし既にシリコンバレーを水没させるという恐るべき企みが着々と進行していた。
一気通貫レビュー(ネタバレあり)
ロジャー・ムーアの集大成
ロジャー・ムーアの卒業制作。思えば、ショーン・コネリーが去った後、長きにわたりジェームズ・ボンド役を演じ、本作では歴代最高齢となる57歳での撮影を果たす。
スタント多用のおかげで、実年齢ほどの老いた感じは出ていないものの、やはりその後の若返りボンド俳優たちに比べれば、躍動感はない。
とはいえ、初代とは異なる、清潔感と軽妙なスパイというキャラを確固たるものとし、降板後も007のファンイベントなどに積極的に参加してくれるロジャー・ムーアは、唯一無二の存在だったのではないか。
シリーズへの貢献度は、製作陣と仲違いしたショーン・コネリーよりも高いかもしれない。
『007 ユア・アイズ・オンリー』を最後に降板表明していたムーアだが、結局『007オクトパシー』と本作の二本に追加で出演。
有終の美を飾る形で興行的にもヒットした本作は、内容的には盛り沢山な感じはあるものの、まだまだシリアス路線に軌道修正した感じは弱いか。
Qによるスパイアイテムの新商品の出番も少なければ、ボンドカーも登場せず、腕は立つが見境なく女を口説きにかかる種馬的なキャラが悪目立ちしてしまう。
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美しき獲物って誰?
原作はイアン・フレミングの短篇『バラと拳銃』。
フランスで英国諜報部の伝令兵が何者かに暗殺され、秘密情報が盗まれる。ボンドは自分ひとりで敵のアジトに入り込むが、死にかけた時に、同僚女性が連れてきた援軍のおかげで命拾いする話。
冒頭の、ロシア氷河から脱出して、流氷型潜水艇で待機している女性職員といい感じになって帰国するシーンがそれに相当するのだろう。
スノーモービルの破片をスノボ代わりに逃走するボンドには時代の先取り感があるとはいえ、ここでザ・ビーチ・ボーイズの『カリフォルニア・ガールズ』が流れるのはふざけすぎ。
◇
そしてタイトル。主題歌はデュラン・デュランの”A View to a Kill”。これはカッコいいし、盛り上がる。
この曲があるのだから、『美しき獲物たち』などという意味不明な邦題をつけずに、原題ママで良かったのではと思うが、まあヒットしたのだから、文句ないか。
◇
ボンドが命がけで氷河から回収してきたICチップは特殊なものだが、KGBに情報が洩れ複製されている恐れがある。製造会社の社長はマックス・ゾリン(クリストファー・ウォーケン)。こいつが今回の悪役だ。
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ゾリンとメイデイの魅力
本作で出色なのは、このゾリンの色気と狂気の魅力。
これまで007シリーズではあえて悪役に有名俳優を起用せず、演技力重視だったそうだが、今回は大物を起用。その判断は間違っていなかったということだろう。以降の作品にも、この軌道修正は受け継がれる。
クリストファー・ウォーケンの悪役としての魅力は、後年ティム・バートン監督の『バットマン・リターンズ』でも発揮されたが、本作では更に若き日の精悍さが加わる。
ゾリン社長の悪辣な行動あってこその映画なのだが、更にキャラが立っていたのが、彼の部下のジャマイカ系の褐色の肌の殺し屋メイデイ(グレース・ジョーンズ)。女だてらに滅法強い、180センチの長身に鍛え抜かれた強靭な肉体。
過去作にも女の刺客はいたが、妖艶さで油断させて攻撃するパターンが多く、メイデイのような格闘家は珍しい。こんな大女相手にも、分け隔てなくベッドに誘い込むボンドのプレイボーイぶりは、ある意味凄いなと感心した。
怪力の敵キャラには過去、ジョーズという人気者がいたが、この人物もそうであったように、メイデイも散々ボンドを苦しめておきながら、最後には我が身を犠牲にしてボンドを助ける。なかなか良いヤツだったのである。
◇
悪役のゾリンとメイデイの存在感に対して、ボンドガールの影は薄い。
父の会社を乗っ取ったゾリンを恨む地質学者のステイシー・サットン(タニア・ロバーツ)が、筆頭格のボンドガールだが、ただ悲鳴をあげてボンドに救いを求めるだけのヒロインは、既に時代遅れになっていたのかもしれない。
ゾリンの計画が、シリコンバレーを洪水で沈めてしまうために地下で爆発を起こすことだと見抜いたのは彼女の手柄だが、それ以外に存在感があまりない。
アクションはテンコ盛り
エッフェル塔の上でメイデイと対決したり、海中に沈められたクルマで、タイヤの空気を吸って生き延びたり、或いは炎上する市役所のエレベーターに閉じこめられたりと、ボンドのアクションシーンはテンコ盛り。
◇
ただ、中には「どうなのそれ?」とツッコミたくなるものも。
ゾリンとボンドが馬で競争する場面では、ゾリンの部下がボンドに不利になるよう障害物を上げたり、遠ざけたりと、『チキチキマシン猛レース』ばりの不正が横行。
ボンドがステイシーと盗んだ消防車で逃亡する場面では、振り回されてひどい目に遭わされるのがサンフランシスコ市警のパトカー。警官たちは悪くないのに、とんだ迷惑だ。
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とはいえ、クライマックスの飛行船とゴールデンゲートブリッジを舞台にしたボンドとゾリンの対決、これは見ものだった。高所恐怖症でなくても、足がすくみそうなカットの連続で迫力満点。
◇
振り返れば、上司のMもシリーズ途中で交代してから影が薄いし、Qもマネーペニーもボンド以上に高齢化が目立つ。そろそろまとめて世代交代の時期が来ていると改めて感じさせる。
こうして、ロジャー・ムーアの長期政権が幕を閉じる。いやはや、お疲れ様でした。