『アナログ』
ビートたけし初の恋愛小説を、二宮和也と波瑠の主演で映画化。アナログな恋物語というのは、単に古めかしいメロドラマという意味なのか。
公開:2023 年 時間:119分
製作国:日本
スタッフ
監督: タカハタ秀太
脚本: 港岳彦
原作: ビートたけし
『アナログ』
キャスト
水島悟: 二宮和也
美春みゆき: 波瑠
高木淳一: 桐谷健太
山下良雄: 浜野謙太
山下香織: 佐津川愛美
岩本修三: 鈴木浩介
島田紘也: 藤原丈一郎
高橋俊和: 宮川大輔
香津美(みゆきの姉): 板谷由夏
水島玲子: 高橋惠子
田宮: リリー・フランキー
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
手作りや手書きにこだわるデザイナーの水島悟(二宮和也)は、自身が内装を手がけた喫茶店「ピアノ」で、小さな商社に勤める謎めいた女性・美春みゆき(波瑠)と出会う。
自分と似た価値観のみゆきにひかれた悟は意を決して連絡先を聞くが、彼女は携帯電話を持っていないという。二人は連絡先を交換する代わりに、毎週木曜日に「ピアノ」で会う約束を交わす。
会える時間を大切にして丁寧に関係を紡いでいく悟とみゆき。しかし悟がプロポーズを決意した矢先、みゆきは突然姿を消してしまう。
レビュー(まずはネタバレなし)
携帯持ってないだけで映画になるか
ビートたけしが初めて書きあげたという恋愛小説「アナログ」を二宮和也と波瑠の共演で映画化。監督はタカハタ秀太。
う~ん。原作は読んでいたけど、わざわざ映画にする話かというのが率直な感想。北野武監督はきっと自らメガホンを取る気にならなかったのだろうな。
タカハタ秀太監督は前作『鳩の撃退法』での佐藤正午原作の大胆アレンジは良かったが、さすがに『天才たけしの元気が出るテレビ!!』で育った経歴から、恩師の原作には大胆に切り込めなかった模様。
もともとはヒロインに竹内結子を想定していた企画だったというが、最終的にキャスティングされた二宮和也と波瑠のカップリング自体は悪くない。ニノのファンには、久方ぶりの恋愛映画というのも、期待するところだろう。
だが、冷静に見てしまうと、本作は、アナログであることに意味があったかと疑問に思う。
◇
劇場予告で何度も見た、謎めいた女性・みゆき(波瑠)の台詞。
「私、ケータイ持ってないんです。会いたい気持ちさえあれば、きっと会えますよ」
一方、空間デザイナーの水島(二宮和也)は、デザインをCGアプリでチャチャっと仕上げるのではなく、手描きのデッサンや建築模型にこだわるタイプ。
デジタルの世界に馴染めない、古めかしいタイプの二人の恋愛ものということで、「アナログ」なのだろう。時代錯誤と言いたいのなら、厳密には「アナクロ」にすべきではないかと思うが、まあそこはよい。
この時代に乗り遅れた二人は、「ピアノ」という広尾のカフェで運命的に出会い、ケータイで連絡も取らずに毎週木曜にその店で逢瀬を重ねる。それだけで「アナログ」という映画にするのはちょっと無理がある。
ただ毎週カフェで落ち合って、デートを重ねて親しくなっていくだけの二人に、結構長い間付き合わされることになる。
二宮和也と波瑠の美しい組み合わせだから、まだこちらも素直に観ていられるが、パッとしない役者だったら、間が持たないところだ。
惹かれ合うのは微笑ましいが
二宮和也が演じる水島は、カタカナビジネス用語だらけの薄っぺらい上司(鈴木浩介)にこき使われながらも、建築デザイナーとして充実した日々を過ごしている。
仕事を離れれば、幼馴染の高木(桐谷健太)や山下(浜野謙太)とバカ話に花を咲かせ、独身だが目下入院中の愛する母(高橋惠子)もいる。そこそこ幸福に暮らしているのだ。
◇
そんな水島が、自分のデザインしたカフェ「ピアノ」で、誰も気づかないような意匠のこだわりに気づき、褒めてくれた女性客のみゆき(波瑠)に出会い、惹かれていく。
一方彼女も、母の形見の古いハンドバッグを褒めてくれた水島に、好意を抱いていく。
一見お嬢様風のみゆきが、寄席が好きだと言って、焼鳥屋で落語のさわりを披露するシーンがある。高木たちに「お前もやってみろよ」と言われる水島は何もできない。
タカハタ秀太監督はニノの主演でフジの単発ドラマ『赤めだか』という立川談志の弟子の話を撮っており、その楽屋ネタなのか。ちなみに談志役はビートたけしだった。
◇
水島とみゆきが、砂浜で凧揚げや糸電話に興じるシーンがある。原作にあったか記憶していないが、浜辺でスポーツや子供の遊びをするのは北野映画の特徴であり、オマージュなのかもしれない。このあたりのアレンジは良かった。
水島が旧友二人と軽口を叩き合うシーンは、わざとカットをラフに繋いで目新しさを出そうとしている(はるか昔に森田芳光が多用しているので新鮮味はない)。これはシリアスな恋愛ドラマのトーンには合わず、違和感が強かった。
キャスティング
倉本聰やクリント・イーストウッドといったレジェンドの薫陶を受けた二宮和也の演技には定評がある。
だが、毎週木曜のデートに浮足立って、徹夜仕事をしてまで大阪出張から帰ってきて彼女に会おうと必死になる、そんな40歳男にニノが見えるかというと、さすがに苦しい。
◇
一方の波瑠も、ミステリアスな過去を抱えた女性というのは伝わるが、近年せっかく女優としてトリッキーな役柄もこなすようになってきたのに、かつての深窓の令嬢イメージ役に戻ってしまったのは惜しい。
言わせてもらえば、波瑠にこの役は、当たり前すぎて物足りない。
場を盛り上げる高木(桐谷健太)と山下(浜野謙太)のダブルケンタは、善きコミックリリーフになっていた。原作ではもっと品のない会話をしていたと記憶するが、映画ではマイルドになっている。桐谷健太は『ラーゲリより愛を込めて』に続きニノと共演。
安定感があったのは、カフェ「ピアノ」のマスター役のリリー・フランキー。何を言うでもない役なのだが、終始落ち着いたトーンで、客の会話に割り込まない姿勢が好感。
そいうえば、リリー・フランキー、浜野謙太とその妻役の佐津川愛美、この三人はタカハタ監督の『鳩の撃退法』に続く出演だ。
◇
さて、デートを重ねて親しくなって、いよいよ水島がプロポーズを決意して臨んだ木曜日の夜、その晩から急にみゆきはカフェに姿を見せなくなる。この展開についても不満は多い。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
◇
突如失踪してしまったみゆきがどういう過去を抱えていたかは、ここでは特に語らない。
私が納得できないのは、彼女の正体に気づき、どういう過去を持っているかを調べるのが旧友のダブルケンジであることだ。
なぜ彼女が突如姿を見せなくなったのかさえも、水島に何も言わずに二人の幼馴染が調べ上げてしまっている。
彼女が失踪した時点で、水島は早々に諦めモードに入り仕事に打ち込んでしまい、肝心なお膳立ては旧友二人がしてくれる。何て他力本願な恋愛ドラマなのだ。
想像もしないことが突如何者かの説明で明らかになり、自分の人生がそれに振り回される。『ハリーポッター』が魔法学校の生徒になるのも、『20世紀少年』のケンヂが地球を救うのも、そのパターンだ。
だが、そこから物語が始まるのならよいが、本作のように後半で主人公が労せずして、失踪した恋人の過去を知るのはどうなのか。みゆきの正体も、なぜ姿を消したのかも、水島が自力で汗をかいて見つけてほしかった。
彼女の不運を哀しみ、高木と山下は号泣する一方で、肝心の水島は「嘘だろ」と茫然としているシーンもどこか間抜けで感情移入が難しい。ここは当の本人ではなく、周囲を泣かすべき場面だったのだろうか。
母(高橋惠子)の病死から恋人の失踪、大けが、記憶喪失と、難病ものに近いベタな悲劇ネタが続き、本人が死んでもいないのに、終盤にはかつて水島と毎週会っていた頃にみゆきがつけていた日記が姉(板谷由夏)によって紹介される。
この手垢のついた手法により、みゆきの心情はすべて日記で読み上げられてしまう。それは映画としては<逃げ>なのではないか。
◇
最後に日記が読まれるって、まるで沢尻エリカ様で有名になった『クローズドノート』(2007、行定勲監督)じゃん。
あの映画で読まれるのは竹内結子演じる先生の日記、その話に絡んでくるのは板谷由夏。もしも、本作が当初企画通りに竹内結子出演だったら、もっと『クローズドノート』に近かったかも。