『あしたの少女』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『あしたの少女』考察とネタバレ|ペ・ドゥナとくれば猪突猛進の刑事役が定着

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『あしたの少女』
 다음 소희 Next Sohee

あなたの見えない眼差しを私は見ている。あの日の少女に思いを馳せて、刑事は拳をあげる。

公開:2023 年  時間:138分  
製作国:韓国

スタッフ 
監督:         チョン・ジュリ


キャスト
オ・ユジン:        ペ・ドゥナ
キム・ソヒ:       キム・シウン
パク・テジュン:    カン・ヒョンオ
コ・ジュニ:     チョン・フェリン
カン・ドンホ:      パク・ウヨン
ウナ:          イ・イニョン
教師:          ホ・ジョンド
ソヒの母:        パク・ヒウン
ソヒの父:      キム・ヨンジュン
旧チーム長:       シム・ヒソプ
新チーム長:       チェ・ヒジン
ソン・ジョンイン    :チョン・スハ

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)2023 TWINPLUS PARTNERS INC. & CRANKUP FILM ALL RIGHTS RESERVED.

あらすじ

高校生のソヒ(キム・シウン)は、担任教師(ホ・ジョンド)から大手通信会社の下請けであるコールセンターを紹介され、実習生として働き始める。

しかし会社は従業員同士の競争を煽り、契約書で保証されているはずの成果給も支払おうとしない。

そんなある日、ソヒは指導役の若い男性チーム長(シム・ヒソプ)が自死したことにショックを受け、神経をすり減らしていく。やがて、ソヒは真冬の貯水池で遺体となって発見される。

捜査を開始した刑事ユジン(ペ・ドゥナ)はソヒを死に追いやった会社の労働環境を調べ、根深い問題をはらんだ真実に迫っていく。

レビュー(後半若干ネタバレあり)

初監督作品『私の少女』(2014)がカンヌ国際映画祭に出品され関心を集めたチョン・ジュリ監督の、長編二作目となるのが本作。前作に続き、ペ・ドゥナが出演している。

大物女優の主演なのに、その顔をぼかして正体不明にしているポスタービジュアルは大胆だが秀逸だ。なぜなら、その隅っこにいるコールセンターのオペレーターこそ、本作の主人公だから。

『あしたの少女』とは、前作と紛らわしくも意味深いタイトルだが、これはあくまで邦題。原題は主人公の少女の名に因んで”Next Sohee”となっている。

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冒頭、スタジオでひとりダンスレッスンをしているのが、高校生の主人公ソヒ(キム・シウン)だ。

熱心にレッスンに励んだ後に、ホルモン焼肉屋で親友ジュニ(チョン・フェリン)と談笑する姿を見ていると、明るいダンス好きな少女の青春グラフィティかと思う。

だが、ソヒが屈託のない笑顔を見せてくれるのは、その数日後、高校で担任教師(ホ・ジョンド)が、ヒューマン&ネット社という大手通信会社の下請け企業を紹介してくれるまでだ。

その会社で通信サービスのコールセンターの実習生として働き始めるソヒは、厳しい現実社会の不条理さに、打ちのめされていく。

韓国に限らないだろうが、コールセンターのオペレーター業務というのは、神経をすり減らす仕事だ。ネットやSNSでの誹謗中傷と同様に、顔の見えない顧客からの辛辣なクレーム対応も多い。

だが、持ち前のガッツや正義感のある彼女は、簡単には凹まない。顧客の要望に応えることは、意義のある仕事だと信じられたからだと思う。

ただ、この会社はとんだブラック企業だった。

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従業員同士、センター間同士でノルマを課して競争を煽り、解約を申し出る顧客には、契約継続のキャンペーンやら、解約違約金の高さやらを次々と並べ立て、巧みな時間稼ぎとセールストークで必死に解約を阻止させる。

はじめは業務に慣れなかったソヒも、次第に成績優秀になっていく。だが、約束の成果給が支給されるのは、二か月後。実習生はすぐに辞めてしまうので、規約で定めたらしいが、彼女の不満は募る。

そんな折、ソヒが信頼していた若い男性チーム長(シム・ヒソプ)が会社前で自殺を図り、上層部は社員に緘口令を敷く。しかも、後任の吉田羊に似た新チーム長(チェ・ヒジン)は仕事一筋の社畜女。

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さて、主演であるはずのペ・ドゥナは、この少女ソヒが仕事の壁にぶちあたって、かつて通ったダンススクールに顔を出した際に、初めて登場する。

だが、ほんの一瞬だし、彼女との会話もない。この後、二人がどう絡んでいくのか注目していたが、何と、共演はこのニアミスのみだ。映画は前・後半で主役が代わる構成になっており、ペ・ドゥナは後半の主人公となっている。

公式サイトでも触れているので書いてしまうが、ソヒは結局、人生に絶望したまま入水自殺を選んでしまう。

実習生を安い賃金で働く労働力としか扱わず、顧客の要望などお構いなしに解約阻止に明け暮れる会社の実態に失望してしまったのだろう。

ソヒの両親は善人ではあるが、「娘が大企業に就職できた」と喜ぶだけで、生活に追われて彼女の悩みに向き合ってはくれない。

また、担任教師も学校も、生徒をどこかの企業に就職させることの実績作りに翻弄され、それがどんな下請け企業で、劣悪な会社なのか等には、あえて詮索しようともしない。

ソヒは社会に出た途端に、そんな夢も希望もない現実にぶちあたり、悩みを相談できる大人もいないまま、自死を選んでしまったのだ。

引き上げられたソヒの遺体を前に、自死なのか事件性があるのかを捜査する刑事ユジン(ペ・ドゥナ)が、後半の主人公だ。

是枝裕和監督の『ベイビー・ブローカー』に続き、単独行動で猪突猛進する刑事役という印象だが、彼女の強い意志を感じさせる眼差しが、そうさせるのだろうか。

そういえば、本作のチョン・ジュリ監督同様、是枝監督『空気人形』に続きペ・ドゥナの再起用である。

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自死である以上、そこに事件性はないとするのか。そこに引っかかりを覚えるユジンは、ソヒの勤めていた会社の実態、更には学校の職務怠慢、それを管轄する教育庁の対応不備など、次々と噛みついていく。

ユジン刑事もまた、組織の中でうまくやっていく要領の良い人間ではない。過去のトラブルで一時的に刑事課に配属になったことも、なぜダンススクールに通っているかも、これといった説明はない。

だが、あの時ニアミスをしたソヒの悩みをもし自分が聞いてあげれば、こんな悲劇は生まれなかった。その後悔がユジンを突き動かしているようにみえる。

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ブラック企業の存在や、営業成績や就職率などの数字作りに追われて本質的な部分が疎かになっている社会構造など、韓国固有とはいえないものも多い。

本作は、2017年に実際に韓国で起きてしまった悲劇をモチーフに撮られているそうだが、日本にも過去に発生した同様の事案が思い起こされる。

韓国で実際に起きた悲劇的な事件の映画化といえば、思い出されるのが『トガニ 幼き瞳の告発』(2011)だ。

韓国の聾唖児童学校でおきた、教職者による男女児童の連続性犯罪事件。赴任してきた美術教師と、人権問題の運動家の女性が、子供達を救いながら、彼らを告発していき後半は法廷劇になる。

この映画によって、障害者や児童への性暴力を厳罰化し、時効の撤廃を定めた、いわゆる「トガニ法」まで制定された。

身の毛もよだつ同作に比べれば、『あしたの少女』でソヒが直面したような社会の歪みは、もっと現実に多くみられるものだろう。

だからこそ、苦しんでいる人々も多いはずだ。この映画が何らかの改善のきっかけになることを切に願う

チョン・ジュリは影響を与えた監督の一人にイ・チャンドンを挙げている。これはとても腑に落ちる。

ソヒが自殺直前に、昼間から瓶ビール二本を頼んだ酒場。冬なのにサンダル履きの彼女の足元に、窓からの陽光が細く伸びてくる。その様子が、まるでイ・チャンドン監督の『シークレット・サンシャイン』のワンシーンだから。

ソヒは、足先に届くその陽射しの温かさに引かれるように、現実逃避してしまったのだろうか。そして、同じ店で同じ陽射しを、ソヒの足取りを追うユジン刑事もまた、感じることになる。

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前半のソヒの苦難をユジン刑事が暴く後半の捜査展開に、ミステリーのようなサプライズはない。

ただ、終盤で発見された彼女のスマホに唯一削除されずに残っていた動画ファイルには、冒頭でうまく踊れなかったダンスをソヒが成功させる場面が残っている。

そこには、あしたの存在をまだ信じていた少女の晴れやかな笑顔がある。これだけが、彼女の生きた証となってしまった。