『瞳をとじて』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『瞳をとじて』考察とネタバレ|30年をかけて醸成させるもの

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『瞳をとじて』
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ビクトル・エリセ監督が30年間の時を経て編んだ新作。映画は奇跡を起こすか。

公開:2024 年  時間:169分  
製作国:スペイン

スタッフ 
監督:        ビクトル・エリセ

キャスト
ミゲル・ガライ:     マノロ・ソロ
フリオ・アレナス:   ホセ・コロナド
アナ・アレナス:    アナ・トレント
マックス・ロカ:    マリオ・パルド
マルタ・ソリアーノ:  エレナ・ミケル
ティコ・マジョラル: 
        アントニオ・デチェント
ロラ・サン・ロマン:ソレダ・ビジャミル
ベレン・グラナドス:  マリア・レオン
シスター:    ペトラ・マルティネス
ドクター:    フアン・マルガージョ
ミスターレヴィ:  ホセ・マリア・ポウ
リン・ユー:     カオ・チェンミン
チャオ・シュー: ベネシア・フランスコ

勝手に評点:4.0
(オススメ!)

(C)2023 La Mirada del Adios A.I.E, Tandem Films S.L., Nautilus Films S.L., Pecado Films S.L., Pampa Films S.A.

あらすじ

映画監督ミゲル(マノロ・ソロ)がメガホンをとる映画「別れのまなざし」の撮影中に、主演俳優フリオ・アレナス(ホセ・コロナド)が突然の失踪を遂げた。

それから22年が過ぎたある日、ミゲルのもとに、かつての人気俳優失踪事件の謎を追うテレビ番組から出演依頼が舞い込む。

取材への協力を決めたミゲルは、親友でもあったフリオと過ごした青春時代や自らの半生を追想していく。そして番組終了後、フリオに似た男が海辺の施設にいるとの情報が寄せられる。

レビュー(まずはネタバレなし)

寡作の巨匠といえば、まずこの人の名前が浮かぶだろう。ビクトル・エリセ監督。

長編第一作の『ミツバチのささやき』(1973)から『エルスール』(1982)、そしてドキュメンタリーの『マルメロの陽光』(1992)以来、長編映画から遠ざかっていた。

もはや新作はないかと半ば諦めていたところに、本作の登場。エリセの新作を劇場で観られる日がくるとは。思いもよらない興奮で、すでに観る前から高評価を付けている自分が抑えられない。

本作は彼の映画人生の集大成的な要素を多く含んでいる。監督が敬愛してきた世界の映画監督たちへのオマージュと、勿論自分の作品への回顧。

監督作品の本数は少なくとも、その質の高さを考えれば、自作の集大成があったって何ら違和感はない。

冒頭は、スペインの大きな屋敷のシーンから始まる。広大な庭園には前後に二面の顔を持つ彫像。これは大映ドラマで学んだ、ヤヌスの神ではないか。過去と未来を見据えた時間の神。

そして屋敷の中では、ミスター・レヴィ(ホセ・マリア・ポウ)が探偵(ホセ・コロナド)に、上海にいる娘チャオ・シュー(ベネシア・フランスコ)探しを依頼する。

この邸宅には「悲しみの王」という名がついている。小説から取った名だとレヴィは言うが、エリセ監督によれば、ホルヘ・ルイス・ボルヘスによる『死とコンパス』という作品を指しているようで、ヤヌスもそれに因んでいる。

エリセはかつて『死とコンパス』の脚本を書き映画化を試みたが、『レポマン』アレックス・コックス監督による『デス&コンパス』(1996)という異色作に先を越される。

「悲しみの王」の会話劇は実にゆったりとしたペースで動きも少なく進み、独裁者フランコ政権下というスペイン固有の環境も感じさせる重厚だが息苦しい雰囲気を伝えてくる。

これまでの作品同様、本作もこの圧政の時代の物語なのかと思っていると、どうやらそうではない。途中で場面が変わり、主人公ミゲル(マノロ・ソロ)「未解決事件」の事務所を訪ねる場面になる。

いつものように、ろくに予備知識を持たず臨んだ私は、これが探偵事務所か何かだと一瞬思ったが、「オーディションですか」と聞かれるところから、テレビ番組の製作だと分かる。

(C)2023 La Mirada del Adios A.I.E, Tandem Films S.L., Nautilus Films S.L., Pecado Films S.L., Pampa Films S.A.

どうやら、ミゲルは元映画監督で、冒頭の「悲しみの王」邸でのやりとりは『別れのまなざし』なる映画のワンシーンだった。

そして探偵役の人気主演俳優フリオ・アレナス(ホセ・コロナド)は、その撮影現場から突如失踪し、22年が経過したまま。

番組プロデューサーのマルタ・ソリアーノ(エレナ・ミケル)の積極的な質問攻勢で、ミゲルは封印していた過去と対峙する。そういう流れだ。ミステリーといえるかもしれない。

携帯電話でやりとりし映像もデジタル化された現代のスペインを舞台に、少女ではなく高齢の男たち中心の物語というのがビクトル・エリセの作風に似合わない気もするが、そう決めつけるにはあまりに過去作が少なすぎる。

失踪事件以来、監督や作家の仕事から離れ、今は海沿いの田舎で魚とりと菜園と読書という質素な生活に勤しむミゲル。はたしてフリオはまだ生きているのか、とっくに死んでいるのか

古くからの仕事仲間で映画編集に携わったマックス・ロカ(マリオ・パルド)は、「人気絶頂でモテ男だったフリオは、老いを受け容れられなかったんだよ」という。

夜明けの砂浜に停めたメルセデスと寂れたゴールポストの前でひとりでキーパーをやるフリオ、海辺のトレーラーハウスに飼い犬と暮らすミゲルの日常、大量のフィルム缶を収めた倉庫で再会を祝すミゲルとマックス。

ところどころで、息をのむような美しいショットがみられる。

(C)2023 La Mirada del Adios A.I.E, Tandem Films S.L., Nautilus Films S.L., Pecado Films S.L., Pampa Films S.A.

マックスの倉庫から引っ張り出した『別れのまなざし』のフィルム。ミゲルは悩んだ挙句、マルタの意に反し、番組には冒頭のシーンのフィルムのみを提供する。

その後、久しく連絡を取っていなかったフリオの娘アナ(アナ・トレント)プラド美術館で会い、また古本屋で偶然みつけた自分の著書に、かつて恋人に書いた献辞をみつけ、それを機にロラ(ソレダ・ビジャミル)と再会することになる。

一つずつ手がかりを見つけては、先に進んでいくミゲル。その行く末にはフリオが待っているのだろうか。やがて、放送を見たという視聴者からの通報で、ミゲルは「海辺の高齢者収容施設にフリオらしき人物がいる」という情報を得る。

(C)2023 La Mirada del Adios A.I.E, Tandem Films S.L., Nautilus Films S.L., Pecado Films S.L., Pampa Films S.A.

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。

早速施設に訪れたミゲルを、通報者のベレン(マリア・レオン)が案内する。タンゴの歌が上手なことからガルデルと呼ばれている修理工のその男は、記憶喪失で転がり込み、ここで住み込みを許されているという。

さりげなく近づくミゲルを間近で見ても、ガルデルは無反応。だが本人に間違いがないとミゲルは確信し、フリオの娘アナを呼ぶ。

本作にアナ・トレントが出演していることはさすがに私も知っていた。

『ミツバチのささやき』で5歳だった時以来のエリセ監督との仕事。役名も勿論アナだ、面影が残っているのですぐ分かる(ちなみに、『エルスール』の少女エストレーリャの名前も、ミゲルの隣人の妊婦が子どもに付ける名前の候補で登場)。

アナ・トレントが出演すること自体は大きな話題であり、楽しみにしていたが、そのシーンは私の想像を超えてきた。

(C)2023 La Mirada del Adios A.I.E, Tandem Films S.L., Nautilus Films S.L., Pecado Films S.L., Pampa Films S.A.

ネタバレになるが、記憶喪失の父と再会したときに、彼女は自分の名を言って、瞳をとじるのだ。

これは『ミツバチのささやき』で精霊に会うための儀式と同じではないか。「私はアナ(Soy Ana)」という内容的には平凡な台詞ながら、何十年を超えた伏線回収に、私は打ちのめされる。

ミゲルはフリオの失踪のおかげで、映画も公開できないし、その後は運が尽きたかのように、愛する息子も事故で亡くし、妻とは離婚。かつての恋人ロラだって、フリオとは三角関係だった。

ミゲルがフリオを恨んでもけして不思議ではないのに、彼は昔からの親友を熱心に追いかけ、あの手この手で記憶を戻させようとする。

二人で施設の壁の漆喰を塗る作業や、楽しく思い出のタンゴを合唱する様子が、何とも微笑ましい。

(C)2023 La Mirada del Adios A.I.E, Tandem Films S.L., Nautilus Films S.L., Pecado Films S.L., Pampa Films S.A.

だが、残念なことに、娘アナに会ってもフリオの記憶は戻らない。そこでミゲルは考えつく、あの時のフィルムを上映すれば、思い出すきっかけになるのではと。

22年ぶりに自作を引っ張り出すミゲル監督が、約30年ぶりの長編映画というエリセ監督自身と重複する。

アナ・トレントだって、監督は育ての親みたいなものだし、フリオの大事な宝箱には、リュミエール兄弟の映画と同じ機関車のパラパラ漫画があったり、エリセ監督がかつて宿泊したと思しき三段峡ホテルの箱マッチがあったり。

デジタルではなく、フィルムでの上映。近所の閉鎖した映画館と交渉し、運よく古い映写機で上映が可能になる。相棒のマックスがフィルム缶をライトバンで搬入。

(C)2023 La Mirada del Adios A.I.E, Tandem Films S.L., Nautilus Films S.L., Pecado Films S.L., Pampa Films S.A.

まるで『ミツバチのささやき』にでてきた地方巡業の映画隊だ。寂れた町のオールドシネマパラダイス。観客は施設のシスターたちと、通報者ベレン、番組プロデューサーのマルタ、そしてアナとフリオ。

上映フィルムには、マルタに渡さなかったエンディングが入っている。フリオが演じる探偵が上海から連れ戻した娘チャオ・シューと、死期迫る父・レヴィ―との再会。

上海の扇で顔を隠し、熱いまなざしを父に向ける娘。だが、レヴィは力尽き、娘は父の死を目の当たりにする。娘には父の死を見せたくない。それこそが、ミゲルがアナを慮ってこのシーンの放映を阻んだ理由だろうか。

だが、フリオはこうして生きている。後生大事に抱えていた写真の娘が映画の中のチャオ・シューだと分かり、彼の脳内はどういう答えを見出すだろうか。そして、横に座る実の娘のことを思い出すことができるだろうか

ドライヤー亡きあとも、映画は奇跡を起こすだろうか。そこにベタな芝居のエンディングは存在しない。ヤヌスはただ、過去と未来を見通し続ける。