『ミックマック』
Micmacs à tire-larigot
ジャン=ピエール・ジュネ監督がダニー・ブーンの主演で贈る、中年男性版の『アメリ』。
公開:2009 年 時間:105分
製作国:フランス
スタッフ 監督・脚本: ジャン=ピエール・ジュネ 脚本: ギョーム・ローラン キャスト バジル: ダニー・ブーン フラカス(人間大砲): ドミニク・ピノン ママ・チャウ(料理番):ヨランド・モロー プラカール(刑務所): ジャン=ピエール・マリエル ラ・モーム・カウチュ(軟体女): ジュリー・フェリエ タイニィ・ピート(発明家): ミッシェル・クレマド カルキュレット(計算機): マリー=ジュリー・ボー レミントン(民族史学者):オマール・シー ド・フヌイエ社長: アンドレ・デュソリエ (オーベルヴィリエ軍事会社) マルコーニ社長: ニコラ・マリエ (ヴィジランテ兵器会社)
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
発砲事件に巻き込まれたバジル(ダニー・ブーン)は、頭の中に銃弾が残ったまま、家も仕事も失ってしまう。
ある日、バジルは彼の頭の中の銃弾を作った会社を偶然にも見つける。するとその向かいには、父親の命を奪った地雷を作った会社があった。
宿命を感じたバジルは、それらの兵器製造会社に制裁を下すことにする。
今更レビュー(ネタバレあり)
ジャン=ピエール・ジュネ監督といえば『アメリ』が代表作であることに全く異論はないのだが、あそこまで恋愛メインではなく、もう少しブラックユーモアを効かせた作品が、彼の本来の得意分野なのではないかと勝手に思っている。
その意味では、いわば『アメリ』の中年男性版であり、かつ『デリカテッセン』のような風刺を効かせた本作は、いかにもジャン=ピエール・ジュネ監督らしい作品といえ、愛すべき一本だ。
◇
冒頭、砂漠地帯での地雷の撤去作業から映画は始まる。地雷が爆発し作業員が亡くなり、少年と母のもとに父の訃報と遺品が届く。
コメディらしからぬオープニングだが、遺品の中にあった状況写真にある、ヴィジランテ兵器会社の社名とエンブレムを、少年はしっかりと目に焼き付ける。
少年が主人公では『天才スピヴェット』と同じになってしまうので、ここから一気に30年が経過し、少年だったバジル(ダニー・ブーン)はレンタルビデオの店員になっている。
『三つ数えろ』のボギーの台詞を諳んじているような彼が、店の前で繰り広げられる探偵ノワールさながらのカーアクションに出くわす。
運悪く狙撃犯の落とした拳銃が暴発し、バジルの額に銃弾が直撃。どうにか一命を取り留めるが、危険すぎて手術はできず、彼はいつ死んでもおかしくない銃弾入りの頭のまま、生活する羽目になる。
ビデオ屋はクビになり、店の前に落ちていたという空薬莢には、オーベルヴィリエ軍事会社の刻印がある。
バジルとゆかいな仲間たち
不運続きの物語で、定職のないバジルはホームレスとなり大道芸で日銭を稼ぎどうにか飢えをしのぐ生活。
映画はチャップリンのような無声映画仕立てで笑いを取るが、そのうちに刑務所で何度か死刑を逃れてきたという男に声をかけられ、彼らの仲間に加わることになる。
プラカールと名乗る男に連れられたバジルは、ただの廃品回収工場と思われた施設に入り、ガラクタの山の奥に広がるアジトでメンバーを紹介される。
- ガラクタ修理屋プラカール(ジャン=ピエール・マリエル)
- みんなの母親的存在の料理番(ヨランド・モロー)
- 冷蔵庫にだって入れる軟体女(ジュリー・フュリエ)
- 何でも計測できる計算機(マリー=ジュリー・ボー)
- ギネス記録保持者の人間大砲フラカス(ドミニク・ピノン)
- ことわざ大好きな民俗歴史学者レミントン(オマール・シー)
- ガラクタアーティストの発明家ピート(ミッシェル・クレマド)
どのメンバーも個性的で面白いところは、『デリカテッセン』のアパートの住民のようだし、彼らの廃品回収工場の猥雑な秘密基地めいた職場の雰囲気も素晴らしい。
ジャン=ピエール・ジュネのこういうディテールのこだわりが、ティム・バートンやテリー・ギリアムあたりとよく並べて論じられるのは肯ける。
武器製造会社への復讐
ジュネ作品皆勤賞のドミニク・ピノンに、『アメリ』のアパート管理人だったヨランド・モロー、『ダ・ヴィンチ・コード』のジャン=ピエール・マリエル、『最強のふたり』のオマール・シー、この辺までは分かった。
主演のダニー・ブーンは、パトリス・ルコント監督の『ぼくの大切なともだち』など、日本でも公開作品は少なくないが、正直あまり知名度は高くないのではないか。
ただ、ダニー・ブーンが監督・主演した『ようこそ、シュティの国へ』というコメディはフランスでは『タイタニック』に次ぐ歴代2位の興行収入だそうで、なにげに人気も才能もすごい映画人のようである。
◇
さて、バジルの生い立ちと、この仲間たちはどうからんでくるのか。
はじめは家族同然で楽しく働いているこの連中の仲間に加わることで満足のバジルだったが、ある日、偶然に街中で通りを挟んで向かい合って立つ、オーベルヴィリエ軍事会社とヴィジランテ兵器会社の本社ビルを発見。
コントのように易々と会社に潜入してさぐりを入れると、オーベルヴィリエ社のド・フヌイエ社長(アンドレ・デュソリエ)もヴィジランテ社のマルコーニ社長(ニコラ・マリエ)も、死の商人の名にふさわしい、強欲で傲慢な悪徳社長。
◇
バジルはなんとかしてこの両者に復讐をしようと考えるが、仲間たちはみな、それに協力を申し出る。
父を殺され、自分にも瀕死の重傷を負わせた武器製造会社への復讐となれば、当然殺傷沙汰になりそうなものだが、少なくとも、ミッションの内容はブラックユーモアたっぷりで、さすがジュネ作品らしい。
復讐者におかしみを
『アメリ』は他人の部屋に侵入してはちょっとした悪戯をしかける女性だった。
だがこちらのバジルは、社長のオフィスや家に侵入しては、大事にしているヴィンテージ・カーをスクラップにしたり、歴史上の著名人の歯や眼球といったコレクションを台無しにしたりと、エスカレート。
ちなみに、原題の” Micmacs à tire-larigot”とは、「次々に起こす悪戯」といった意味になるようだ。
◇
バジルたちの使う小道具はみな廃品から作成したものだから、手作り感に溢れている。
屋根から煙突に垂らしていく盗聴マイクだとか、アタッシュケースの上にかぶせてそのまま置き引きできる、下に穴の開いたトランク、時計仕掛けの蜂爆弾、そして勿論、フラカスを川の対岸に飛ばす人間大砲。みんなノスタルジックな雰囲気。
『オーシャンズ11』でもアクロバットをやる中国人が活躍したが、本作の軟体女も箱詰めで敵陣地に配達され、そこから飛び出し中から攻める攻撃で大活躍。
笑ったのは、天井裏から睡眠薬入りの角砂糖を紐で垂らして、警備員のコーヒーカップに入れて眠らせるシーン。間抜けな警備員を相手に、ずいぶん手の込んだ作戦を取るものだ。
バジルの想像のシーンだが、社長がサッカーのフィールドに地雷を埋め、踏んで自爆したら選手が減る新ルールで試合を盛り上げるというブラックなネタも好き。
秀逸なエンディング
さて、バジルたちはうまく業界のライバル同士である二社を互いに戦い合うように仕向け、まんまと両者が直接対決に出るようになる。
その後、両者がいがみ合うように裏で糸を引いたのがバジルだと気づかれてしまい、彼らに捕まるが、仲間のおかげで形勢は再び逆転し、社長たちは逮捕される。
ラストの展開がとてもユーモラスで気に入っている。麻袋を顔にかぶせられた社長ふたりは、飛行機に乗せられ戦地に向かい、そこで一人には自社製品である手榴弾を口に咥えさせ、一人には地雷を踏ませる。
自業自得で懲らしめるわけだが、実は戦地というのはでたらめで、仲間たちがみんなで効果音を作り振動を与え、目隠しされた社長たちにそう信じ込ませるのだ。その効果音の作り方も素朴なもので、何とも温かい映画に思える。
こうして社長たちは殺されることはなく、ただ騙されて罪を自白した動画は世界に瞬く間に広まっていくという幕切れである。
血の流れない復讐なのはコメディにふさわしい終わり方ではあるが、武器売買の件で振り回されたブルンガの密使たちは確か、バジルの作戦のせいで殺されてしまったはずであり、それで良かったのかは少々気になる。
とはいえ、ブラックコメディとしては一級品だ。バジルを助けるメンバー七人は『七人の侍』にちなんだというが、両陣営を手玉にとって共倒れをねらう作戦は『用心棒』に近い。