『蛇イチゴ』
うちがお終いになっちゃう前に、お兄ちゃんに出てってもらおうよ。
公開:2003年 時間:108分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 西川美和 製作総指揮: 是枝裕和 キャスト 明智周治: 宮迫博之 明智倫子: つみきみほ 明智章子: 大谷直子 明智芳郎: 平泉成 明智京蔵: 笑福亭松之助 鎌田賢作: 手塚とおる 喜美子: 絵沢萠子
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
幼いころから成績もよく真面目な倫子(つみきみほ)は同僚である小学校教師の恋人・鎌田(手塚とおる)との結婚も控え、順風な生活を送っていた。
だが痴呆のすすんだ祖父・京蔵(笑福亭松之助)の葬式に10年間行方知れずだった兄の周治(宮迫博之)が現れたことで、家族の暮らしは一変する。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
西川美和監督のデビュー作
西川美和監督のデビュー作で、是枝裕和がプロデューサーを務める「是枝プロジェクト」の第二弾。ちなみに初発は伊勢谷友介監督の『カクト』。
本作は家族の崩壊と再生を描いたコメディ作品で、複数の国内映画賞で脚本賞や新人賞などを獲得している。自身のオリジナル脚本が認められて監督デビューを果たした新世代の女性映画監督として評価されたようだ。
◇
だが、その後の西川美和監督の活躍を知った後で本作をみると、どうにも物足りないと感じる。そういうと、デビュー作の評としては厳しすぎるだろうか。
ただ、師である是枝裕和監督の演出スタイルの影響と思われる、『ゆれる』以降の彼女の作品で見られるような、ハラハラするようなドキュメンタリー風の作風は、本作にはまだない。
◇
雨上がり決死隊の宮迫博之を映画初主演に起用したのは面白いと思うし、彼が役者としても才能があることは感じ取れるが、本作がコメディであるならば、笑いはあまりとれていない。
内容が重たいから笑えない訳ではないだろう。現に西川監督の『夢売るふたり』の阿部サダヲは、本作以上に過酷な状況でももっと笑わせてくれているし。
インチキな兄
映画は冒頭、カリフラワーズの中村俊による「マゴコロの手料理」なるラップ調の曲で始まり、顔の見えない男が礼服のような格好に着替えている様子が映し出される。
その正体は分からず、つぎに舞台は、どこにでもありそうな平凡な家族である明智家へ。
小学校の教師をしている長女の倫子(つみきみほ)、仕事第一の昭和型サラリーマンの父・芳郎(平泉成)、しっかりものの母・章子(大谷直子)と、痴呆症の祖父・京蔵(笑福亭松之介)が一つ屋根の下に暮らしている。
◇
ある日、倫子が婚約相手の同僚教師・鎌田(手塚とおる)を家に連れてくることになる。
「お前、その人にちゃんと伝えてあるのか?」
平泉成が独特の声で娘に尋ねる。それは、同居の痴呆老人のことではなく、かつて家から追い出した、インチキな兄の存在のこと。
◇
一方、その兄・周治(宮迫博之)は今どこかの町で、弁護士先生の葬儀会場にスタッフのような顔で潜り込み、香典泥棒をしでかしている最中だ。
序盤では、出て行った兄と家族では、別々のドラマが進行している。トラブルメーカーとして、物語をかき回していくのは、この不出来な兄なのだろうという想像が成り立つ。
何せ、倫子は教え子に、「小さな嘘でも一度つくと、ずっと嘘を重ねていくはめになるんだよ」と諭しているくらいだ。兄の姿を見て育ったのだろう。
崩れていく平凡な家庭
だが、兄と再会する前に、家族はトラブルに見舞われる。平和そうにみえた家庭にも、いくつか火種があったのだ。
まず、父・芳郎は会社をリストラ解雇されていた。家族に仕事で忙しいフリをしながら職を探し、またあちこちから生活資金を借りまくっていた。
一方、痴呆の義父の介護疲れの母・章子は、心臓発作で倒れる義父の声が聞こえないようにシャワーを出して風呂掃除に専念。かくて、義父は亡くなり、その葬儀の席に芳郎の借金取り(菅原大吉)が登場し大騒ぎに。
一家の恥が世間に晒されたところに、葬儀場で次の獲物を探す兄と倫子が偶然鉢合わせ。こうして、偶然にも、兄は縁を切ると言われた父たちと再会することになる。
このあたりまでの展開は結構面白かった。真面目一本な性格の妹役のつみきみほと、いい加減な兄の宮迫博之という組み合わせも新鮮だし、いつか爆発しそうだった良妻賢母の大谷直子も予想通りの豹変ぶり。
葬儀場で借金取りに脅かされて父親が権威失墜する場面を、平泉成と菅原大吉が演じているものだから、つい『あまちゃん』の県会議員(橋本愛の父親役)とブティック店長に見えてしまって。
物足りなかった点
ただ、それ以外のキャストは結構肩すかし。例えば、父・芳郎の借金がらみでは、寺島進や佐藤浩市といった、この先もドラマに絡んでくれると嬉しい俳優が単にカメオ出演でがっかり。
かと思えば、倫子の婚約者役の手塚とおるは、始めはいい人キャラだが当然に嫌なヤツに変貌するに違いないと思っていたのに、中途半端で物足りず。
◇
また、兄・周治の香典泥棒の手際は鮮やかではあったが、これといって目新しい手口ではなく、犯行シーンとしては凡庸だ。そもそも、香典泥棒くらいで(といっては何だが)、テレビのニュース番組に何度も取り上げられるのか、やや疑問に思った。
ハンパ者で家を追い出された周治が、たまたま持っていた弁護士の名刺と、以前に自分が責められたから覚えている貸金業法違反の項目を武器に、父の前でこの借金取りを追い払う。
このシーンまでは盛り上がったのだが、そこから終盤に向けて、どうも失速感がぬぐい切れない。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
もうおしまいなんだよ
父の借金をすべて棚卸させたあとで、周治は父たちにけしかける。
「これはもう債務整理しようがない。破産宣告しかないよ、でも、その前に家や資産を名義変更しておけば大丈夫」
生真面目な妹は、兄が急に戻ってきたのは、この資産目当てだと気づき、両親に忠告する。そして、報道されている香典泥棒も、兄が犯人ではないかと疑う。
「お父さん、うちがおしまいになる前に、お兄ちゃんに出て行ってもらおうよ!」
「もうおしまいなんだよ、倫子」
冷静な判断力をなくした両親は、すがる思いで兄の口車に乗ろうとする。
さて、タイトルの『蛇イチゴ』とは何のことか。これは、倫子の子供時代、蛇イチゴの大きな木があるという場所を教えられて、兄に騙された思い出からきている。
兄と直接対決する倫子は、この古い話まで持ち出すが、兄は嘘じゃないと言い張る。
「じゃあ、今から連れてってみなさいよ!」
妹の一言で、兄妹は夜中の山道を、蛇イチゴを求めて歩くことになる。
きれいにオチていないのでは
不出来な兄というのは、『男はつらいよ』を例に出さずともよくある人物像だが、寅さんと違って、周治は香典泥棒の常習犯で悪質だ。
それでも、この兄は、再会したあとに父親と家の前の庭でフラフープに興じたり、母親には「あなたがいないとこの家はつまんないのよ」と泣きつかれたり、或いは妹と風呂上りに談笑したりと、不思議な親密度と緊張感を共存させる。
そのせいか、本作のラストはきれいにオチていないように思えてならない。
兄を犯人だと確信する倫子は、山道に入って兄とはぐれたところで、警察に兄の居所を通報する。その後、一人で家に帰ると、そこには蛇イチゴが置いてある。兄はこれを置いて、すぐに逃げたのだ。
兄は香典泥棒ではあったが、父の資産を横取りするつもりはなかった。いつも嘘をつくとは限らない。ほら、蛇イチゴだって本当にあったでしょ。ということか。
◇
でも、そういうサプライズで締めるのなら、もっと、兄は悪いヤツにみせておいてくれないと、中途半端ではないか。
『ディア・ドクター』や『ゆれる』、『すばらしき世界』でもそうだったが、西川美和監督は、こういうキレイにオチないラストが好きなのかもしれない。その方が、観る者があれこれと考えてくれるからか。