『西部戦線異状なし』
Im Westen nichts Neues
映画史上に残る、あの反戦映画の名作をドイツでリメイク。今の時代に戦争の愚かさを伝える意欲作。
公開:2022 年 時間:147分
製作国:ドイツ
スタッフ 監督・脚本: エドワード・ベルガー 脚本: イアン・ストーケル レスリー・パターソン 原作: エーリヒ・マリア・レマルク 『西部戦線異状なし』 キャスト パウル・ボイメル:フェリックス・カマラー スタニスラウス・カット: アルブレヒト・シュッフ アルベルト・クロップ:アーロン・ヒルマー フランツ・ミュラー: モーリツ・クラウス ルートヴィヒ・ベーム: アドリアン・グリューネヴァルト チャーデン・スタックフリート: エディン・ハサノヴィッチ マティアス・エルツベルガー: ダニエル・ブリュール フェルディナン・フォッシュ将軍: チボー・ドゥ・モンタランベール フリードリヒ将軍: デーヴィト・シュトリーゾフ ホッペ中尉: アンドレアス・ドゥーラー フォン・ブリクスドルフ少佐: ゼバスティアン・フールク
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- そうだよNETFLIX、こういう作品こそ、独占配信してほしい。徹底した反戦目線で描かれた、西部戦線の長大な塹壕での独仏の戦い。毎日、次々と仲間たちが犬死していく。
- 終戦まであとわずか。そこに勝利者はいるのか。今の時代に訴えかける、戦争の愚かさ。観るべし。
あらすじ
第1次世界大戦下のヨーロッパ。17歳のドイツ兵パウル(フェリックス・カマラー)は、祖国のために戦おうと意気揚々と西部戦線へ赴く。
しかし、その高揚感と使命感は凄惨な現実を前に打ち砕かれる。ともに志願した仲間たちと最前線で命をかけて戦ううち、パウルは次第に絶望と恐怖に飲み込まれていく。
レビュー(ネタバレあり)
名作を本家ドイツでリメイク
2022年製作のNETFLIX版のレビューになる。原作はドイツ出身のエーリヒ・マリア・レマルクによる反戦小説。
同じタイトルの作品としては第3回アカデミー賞最優秀作品賞に輝いた戦争映画の名作(1930、ルイス・マイルストン監督)があまりにも有名だ。学生時代の友人が、通学の電車が遅れるとよく「西武沿線異状ありだよ」と騒いでいたのを思い出す。
1930年の作品は英語で撮られた米国映画だったが、本作はしっかりとドイツ語で撮られたドイツ製。
我が国もそうだが、やはり当事国以外で戦争映画を撮られるのは、扱われ方を別にしても、座りが悪いもの。その点では今回は素直にドイツ軍の兵士たちの苦しく悲惨な戦いと向き合うことができる。
2023年のアカデミー賞には作品賞・国際長編映画賞ほか9部門にノミネート。
『ROMA/ローマ』(2018、アルフォンソ・キュアロン監督)の監督賞受賞以来、アカデミー賞で存在感をアピールしてきたNETFLIXも近年では会員数の伸び悩みのせいか息切れ気味で、本年の配信作品のノミネートは本作一本のみ。
ただ、作品内容的にはそんな弱気を寄せ付けない重厚な正統派の反戦映画に仕上がっている。
(追記: アカデミー賞国際長編映画賞ほか4部門受賞しましたね~、おめでとう!)
長い塹壕での過酷な戦い
第一次世界大戦中のヨーロッパ。東部戦線といえばドイツとロシアのせめぎ合い、そして西部戦線といえば本作の舞台となったドイツとフランスの攻防戦。
スイス西部からフランス北部を抜けて英仏海峡まで延々と続く塹壕陣地。ドイツ軍とフランス軍双方が塹壕を掘っては対峙し、戦況は膠着状態に入る。
祖国の名誉と栄光のために志願兵となった主人公パウル・ボイメル(フェリックス・カマラー)をはじめとする若い兵士たちも、はじめは意欲満々で前線に配置されるものの、次第に焦らされ、飢餓に耐え、神経戦で疲弊し、そして激しい戦火の中に突入していく。
◇
塹壕のセットをみてすぐに思い出すのが、ドイツ軍と戦うイギリス軍を描いた『1917 命をかけた伝令』(2019、サム・メンデス監督)だ。
いずれもほぼ同時代。映像の迫力という点ではいい勝負だが、全編ワンカットで撮ることにこだわった『1917』は観る方も精神的に疲れてしまい、個人的には本作の方が映画としては堪能できた。
キャスティングについて
俳優陣にしても、戦争映画というとついオールスターフルキャストを組みたくなるもので、『1917』は英国フィルムスター勢ぞろいの様相だった。
だが、本作のキャストは、ドイツ映画界ではいざ知らず、日本で知られる俳優はほとんどいない。主演のフェリックス・カマラーがそもそも映画デビューらしいし。知った顔が少ない分、本当の戦地のように映画の世界に浸れるという恩恵に授かったように思う。
◇
唯一顔が分かった俳優は、ドイツの全権としてフランスとの休戦協定(全面降伏に近い)を結び調印したマティアス・エルツベルガーを演じたダニエル・ブリュール。
『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』でアベンジャーズを苦しめていた特殊部隊の男だ。あと『ラッシュ/プライドと友情』(2013、ロン・ハワード監督)で天才F1ドライバー・ニキ・ラウダを演じていたのも印象に新しい。
日々、仲間たちが死んでいく
映画は徹頭徹尾、悲惨な戦いの記録になっている。任務はきついし、仲間は次々に戦死していく。
第一次世界大戦開戦から3年目の1917年。17歳のパウルは友人たちと勢いでドイツ帝国陸軍に入隊。戦死した兵士から剥ぎ取られ補修された軍服を受け取り、北フランスのラ・マルメゾンに配属。そこで先輩兵士のスタニスラウス・カット(アルブレヒト・シュッフ)と親しくなる。
◇
ともに入隊した友人たちはすぐに死んでしまうが、パウルは辛くも生き残る。
パウルとカットは農場からガチョウを盗み、アルベルト(アーロン・ヒルマー)、フランツ(モーリツ・クラウス)、先輩兵士のチャーデン(エディン・ハサノヴィッチ)にも分け与え、しばし御馳走を堪能する。
通りがかったフランス人女性に襲い掛かるのではなく、ちゃんとナンパするところが意外だったが、こうしてパウルにも部隊に親しい戦友ができていく。
時代考証に基づく戦地の迫力
1930年版の作品では、戦争中に負傷し療養中のパウルが、休暇をもらって帰省するというエピソードが入っている。
本作にはそんな心和む瞬間はほとんどなく、その代わりに、前線での戦いと並行して、休戦を要請するドイツに、厳しい条件をつけるフランスとの手に汗握るやりとりが描かれている。緊張感のある構成だ。
◇
パウルが戦線に参加した際には、ガスマスクも満足に付けられず上官にこっぴどく叱られていたが、途中で新兵たちの60人の部隊が、ガスマスクをはずすのが早すぎたために、建物の中で全滅している凄惨なシーンがあった。
かと思えば、塹壕を舞台にした銃撃戦が激化する中で、命乞いする仲間に火炎放射器が浴びせられたり、大地を揺るがす震動とともに巨大な戦車が現れたりと、時代を感じさせる戦いの迫力に圧倒される。
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そして不気味に響く重低音のテーマ音楽はフォルカー・ベルテルマン。『ダンケルク』(2017、クリストファー・ノーラン監督)のハンス・ジマーを彷彿とさせる。
終戦まで残り時間あと15分
主人公であるパウルと親しくなるということ自体、死亡フラッグなのだろう。多くの仲間たちは、みな戦地で命を落としていく。再びガチョウを盗みに行ったときなどは、不吉な予感だらけだが、やはり的中してしまう。
戦争が一時間長引くだけで、多くの兵士が死んでいく。ようやく調印が終わって停戦まで、あと6時間。11時には終戦だと知らされる。喜ぶ兵士たち。だが、狂信的な上官が吠える。
「お前たち、臆病者と呼ばれたいのか。11時までに敵を壊滅に追い込み、勝利するのだ!」
もはや、終戦まであと15分。なのにパウルはまさに最前線で敵の塹壕に攻め込もうとしている。いや、どこの国にもこういうブラックな上司がいるのだな。
まるでバスケットかサッカーの試合のようだ。残り時間あと数秒。そんな中で、パウルは塹壕の中でフランス兵と戦う。そしてタイムアウト。彼は生き延びることができたか。塹壕の空を見上げれば、終戦を知らせる無数のビラが舞っている。
◇
1914年から1918年までの間、西部戦線はほとんど動くことない膠着状態にあり、多くの戦死者をだした。日露戦争でいうところの、203高地のようなものかもしれない。
きな臭い社会情勢が続く今の時代に、本作が訴えかける意味は大きい。