『約束の宇宙』
Proxima
シングルマザーの宇宙飛行士と愛する幼い娘との絆。欧州舞台で、こういう切り口の宇宙開発ドラマは珍しいが、エヴァ・グリーンは適役。
公開:2021 年 時間:107分
製作国:フランス
スタッフ
監督: アリス・ウィンクール
音楽: 坂本龍一
キャスト
サラ: エヴァ・グリーン
ステラ: ゼリー・ブーラン・レメル
マイク: マット・ディロン
ウェンディ: ザンドラ・ヒュラー
アントン:アレクセイ・ファテーエフ
トーマス: ラース・アイディンガー
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
欧州宇宙機関(ESA)で日々訓練に励むフランス人宇宙飛行士サラ(エヴァ・グリーン)。
物理学者の夫トーマス(ラース・アイディンガー)と離婚し七歳の娘ステラ(ゼリー・ブーラン・レメル)と二人で暮らす彼女は、「Proxima」と名付けられたミッションのクルーに選ばれる。
長年の夢が実現し喜ぶサラだったが、宇宙へ旅立てば娘と約一年もの間、離れ離れになってしまう。過酷な訓練の合間に、サラはステラと「打ち上げ前に一緒にロケットを見る」という約束を交わすが……。
レビュー(まずはネタバレなし)
シングルマザーの宇宙飛行士
この手のジャンルは洋画ならNASA、邦画ならJAXAの全面協力というのが定番だが、フランス映画で欧州宇宙機関(ESA)が舞台というのは目新しい。
シングルマザーの宇宙飛行士と幼い娘を描いたドラマという切り口も、意外と見たことがないか。
やはり、宇宙飛行士もので映画を撮ることはそれなりに予算と手間が伴うもので、それならば、よりリアリティを追求したいとなることが想像できる。
宇宙開発の実績を考えると、どうしても自然と男性目線の映画に寄っていきがちで、本作のようなテーマは未開の地だったのだろう。
◇
だが、女性宇宙飛行士は過去に何人も活躍しているし、ESA出身者には、2002年の宇宙飛行士引退後に政界に進出した、フランス人初の女性宇宙飛行士であるクローディ・エニュレもいる。
本作にでてくるProximaというミッションは2016年頃に実在しているようだが、そこにモデルとなる女性クルーがいたのか、本作は完全にフィクションなのかは、あまり手がかりがなかった。
やっぱり、子役がもっていく
主人公のサラを演じるエヴァ・グリーンといえば、『007カジノ・ロワイヤル』でボンドが(に、ではない)熱愛した女性であり、15年後の最新作『007ノー・タイム・トゥ・ダイ』でも、最愛の女の墓として登場するほど、存在感のあったボンド・ガール。
『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』など、ティム・バートン監督作品でも活躍する彼女だが、本作の気丈に訓練に耐え抜き、娘に愛情を注ぐシングルマザー役は、まさにハマリ役。
◇
おなじミッションのリーダー格、米国人宇宙飛行士のマイクにマット・ディロンも抑え目でいいバランス。
でも、この二人のベテラン俳優をもってしても、やはり子役と動物には勝ち目がないのは、この世界のさだめ。本作は娘・ステラ役のゼリー・ブーラン・レメルの愛くるしい演技にすべて持っていかれた。
本作はまじめに撮られているし、随所に美しいカットもはさまり、坂本龍一の劇伴音楽も出しゃばらずいい感じにまとまっている。どことなくドキュメンタリー風な作りも悪くない。
母娘の絆を中心にドラマとして観る分には、十分楽しめると思う。母と離れて暮らすステラと、娘を想いながら訓練に明け暮れる母の心情を想像して観ているだけで、引き込まれるものがある。
だが、観ているうちに、ドラマとしての粗さ、弱さが気になる部分も多い。
離婚設定は中途半端だった
例えばここ数年で撮られた同じ宇宙飛行士ものとして、ライアン・ゴズリングの『ファースト・マン』。時代設定はだいぶ違うが、あちらは米ソの宇宙開発競争の中で、死と隣り合わせの職業である宇宙飛行士は、男社会の典型。
みんな家庭があって、子供たちの世話は妻任せ。女性たちも、心の片隅で夫の事故を覚悟しなければならない、平穏な日々とは縁遠い人生を過ごす<アストロノーツの妻>として描かれていた。
◇
本作で男社会から離れ、女性を主人公に立てたのはよい着眼点だが、シングルマザー設定にしたのは、母娘の絆を前面に打ち出したいからではないのか。
だが、実際には前夫のトーマス(ラース・アイディンガー)が登場し、ステラの面倒をみてくれる。そういう頼れる存在があるのなら、はじめから、夫と娘がサラの夢の実現をサポートする構図ではダメだったのか。
本作ではトーマスの存在が中途半端なのだ。離婚した後に再婚もせず、同じ職場の別の部署で働く彼がいれば、必然的に娘の預け先はこの元夫となる。
序盤はどこかステラが寂しそうでかわいそうに見える演出だが、やさしい実の父親がいい部屋に住まわせ、ちゃんと面倒をみてくれるのだから、いうほど不遇ではない。
◇
離婚設定でいくのなら、半ば善人にみえるトーマスの存在は邪魔ではないか。三人で過ごしていると、普通に幸福そうな家庭に見えてしまう。善悪どっちかにもう一歩踏み込んだキャラであった方が面白かった。
もうひとつ、大きな不満はあるが、それはネタバレ欄で後述したい。
ステラの成長ぶりに驚く
本作でみるべきはステラの成長だ。当初、学校も転校になり、飼っていたイモリは川に戻し、愛猫ライカは猫アレルギーの父の家で無事に飼ってもらえるか不安に思っている。
苦手な算数は更に難しくなり、話しかけてくれる友だちもなく、不安が募るステラは、泣き声でサラに電話をかけてくる。自分の夢の為に娘に苦痛を強いているサラには、胸が張り裂けそうな思いだ。
◇
ESAのなかでサラに代わってステラを世話してくれる女性ウェンディ(ザンドラ・ヒュラー)はどこかで見た顔の女優だと思ったら、佳作『ありがとう、トニ・エルドマン』の面白い父親の娘だった。近作は『関心領域』、『落下の解剖学』。
彼女はサラに、きちんと娘に本当のことを伝えなさいという。つまりは、いざ事故が起きた際の覚悟をさせろということか? 『ファースト・マン』でゴズリングも、子供と向き合わずに旅立とうとして妻に怒られていたな。親なら、小さな子供にそんな覚悟はさせたくはない。
久しぶりに再会する約束が果たせなかったサラは、ステラとの気持ちがすれ違う。「ママなんて、はやく宇宙に行っちゃえ!」子供心に口に出てしまったこの一言が、胸をえぐる。
意外なことに、いや、当然ながらなのかもしれないが、数か月の間にステラは成長する。いつまでも泣きべそかいて電話をしてくる彼女ではない。
◇
新しい生活にも学校にも慣れ、自転車の乗り方やドイツ語も堪能になり、苦手だった算数も「優」をもらうまでになり、近所には気になるボーイフレンドまでできてしまった。
そんな話を聞いてあげるのはウェンディの役目。寂しく思う母親を置いて、娘は立派に成長している。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
土壇場のグダグダ感がハンパない
親と数週間離れただけでも、子供はしっかり自立してくる。それなのに、いや、だからこそ、あそこまで自分に厳しく、また男社会の中、不屈の精神で敗けずに生き抜いてきたサラが、土壇場でグダグダになってしまうのは、どうかと思う。
◇
端的にいえば、娘のために規則違反を繰り返すのは、どうなのかということだ。
子連れで参加すべきではない、着水時の注意事項に関する重要なミーティングにステラを連れてきては、目を離した隙に行方不明になってしまい同僚に迷惑をかける。
その上になんということか、発射前夜には、伝染等のないよう厳重に隔離されガラス越しでしか会えないステラとの約束を守るために、娘のいるホテルへと、宿舎を無断で脱出してしまうのだ。
◇
うーん。確かに、母娘が再会して抱きあって浮かぶプールの中で、「打ち上げ前に二人でロケットを見にいこう」という約束を二人はしていた。
でも、そのために脱走してはいかんのではないか。娘も、いうほどその約束に執着しているようには見えなかったし。これらの勝手行動はやはりいただけない。だって、命がけのミッションだから。
ひとつの規則違反が、二人のクルーの生命を危機にさらすことだってあるかもしれない。子連れの打ち合わせ参加は、発熱で保育園に連れていけない娘を職場に連れていくのとはちょっと次元が違う。隔離期間中の無断外出だって、ヨードで全身清めてすむ話なのか。
ママさんアストロノーツ応援歌のはずが
本作は、過酷な訓練を乗り越え夢を実現させるママさんアストロノーツを応援する話なのかと思ったが、事情はともあれ、こんな勝手が横行するのでは、テレシコワから始まる勇敢で優秀な女性宇宙飛行士を愚弄することにならないか。
せっかく、エンドロールで本物の女性宇宙飛行士たちと子供との写真が登場するのに、違和感を覚える(本作アンバサダーでもある山崎直子さん登場は日本人として誇らしいけど)。
◇
ラストにようやくサラを乗せたロケットは地上を離れ大気圏外に無事向かうが、ここから一年は地上生活に戻れない。
むしろその期間、そして無事に着水するまでのミッションの方が、難易度高くドラマ的には重要ではないのかと、過去のアポロ作品を観てきたものとしては思ってしまう。
家に帰るまでが遠足、着水するまでがミッションなのだ。そこまで観たかった。