『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『サウンドオブメタル 聞こえるということ』今更レビュー|嵐呼ぶ筆談ドラマー

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『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』 
 Sound of Metal

聴覚を失ったドラマーがもがき苦しんだ先に出会ったデフ・コミュニティの人々。アカデミー賞音響賞を獲得のサウンドエフェクトをぜひ、ヘッドフォンで体験してほしい。

公開:2020 年  時間:120分  
製作国:アメリカ
  

スタッフ 
監督:    ダリウス・マーダー

キャスト
ルーベン:  リズ・アーメッド
ルー:    オリヴィア・クック
ジョー:   ポール・レイシー
ダイアン:  ローレン・リドロフ
リチャード: マチュー・アマルリック

勝手に評点:3.5 
(一見の価値はあり)

(C)Courtesy of Amazon Studios

あらすじ

ドラマーのルーベン(リズ・アーメッド)は恋人ルー(オリヴィア・クック)とロックバンドを組み、トレーラーハウスでアメリカ各地を巡りながらライブに明け暮れる日々を送っていた。

しかしある日、ルーベンの耳がほとんど聞こえなくなってしまう。医師から回復の見込みはないと告げられた彼は自暴自棄に陥るが、ルーに勧められ、ろう者の支援コミュニティへの参加を決意する。

レビュー(まずはネタバレなし)

聞こえないということ

聴覚を失ったドラマーの物語。サブタイトル通り、聞こえるということを取り戻そうと、もがき苦しむ若者を描いたアマゾン・プライム独占配信の作品。

主演は『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』リズ・アーメッド『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』の脚本家ダリウス・マーダーが、本作では監督・脚本を務め、同作の監督だったデレク・シアンフランスが、本作では製作総指揮を務める。

アカデミー賞では主要6部門にノミネートされ、編集賞と音響賞を獲得している。

冒頭は、ロックの演奏で大いに沸くステージでドラムを叩く主人公ルーベンと、恋人であるボーカルのルー。二人はトレーラーハウスで全米各地を移動しながら、音楽活動を続けている。

だが、まともな演奏シーンはここだけだ。突然、ルーベンは耳がおかしくなり、まともに会話が聞こえなくなる。聴力は通常の2割程度。筆談ホステスならともかく、筆談ドラマーでは仕事にならない。

ツアーはキャンセル、医者の話では、聴力は戻らない。インプラントで人工内耳を埋め込む手術で回復の望みはあるが、保険は適用外で4~8万ドルが必要らしい。

(C)Courtesy of Amazon Studios

この音響効果はぜひヘッドフォンで

まさに突然の悲劇。ミュージシャンから聴覚を奪うとは残酷である。ここから、映画の中でも、ルーベンと同じように、くぐもった会話や歪んだ音が流れ、我々も彼と同じ苦しみやもどかしさを味わうことになる。

この臨場感は、アカデミー賞音響賞の栄誉に恥じない仕上がりだ。本作は独占配信なので、劇場で観ることはあまり想定しにくいが、自宅なら、ぜひヘッドフォンで鑑賞してほしい。

私はノイキャンを効かせて鑑賞したが、聞き取れない会話や完全な静寂に包まれることで、映画の没入度合いが大きく違うと思う。

つい先日『ファーザー』を観て、アンソニー・ホプキンス主観で認知症を患ったような感覚になったばかりだが、今度は聴覚を失ったような疑似体験になった。

さて、このような苦難にぶつかっても、『セッション』のように鬼教官に鍛えられてドラムの腕を上げるか、気合と努力で克服して<嵐を呼ぶ男>に返り咲く話を勝手に想像していたが、それは違った。

ルーベンは、泣く泣くルーと別れて、支援を求めてデフ・コミュニティに足を踏み入れるのだ。

デフ・コミュニティに居場所をみつける

ステージ上を半裸でドラムを叩いていたタトゥーだらけの若者ルーベン(なぜか男物ブリーフの絵柄のTATTOOあり)。冒頭のワイルドなイメージから、静かにコミュニティで暮らすことに順応せざるを得なくなる。

この動から静への大転換は、ダニー・ボイル監督の『127時間』で、谷底で身動きが取れなくなった元気なツアーガイドを彷彿とさせる。

演じるリズ・アーメッドは、スターウォーズの<ローグ・ワン>メンバーの一人というより、『ナイト・クローラー』のジェイク・ギレンホールのアシスタントの印象が強い(風貌はだいぶ変わったが)。

デフ・コミュニティの中心的役割を担い、ルーベンに指示を与えるジョー(ポール・レイシー)。ここで暮らすなら、恋人と離れ、クルマや携帯電話も遠ざけて、これまでの社会から一旦隔絶すること。そうルーベンを指導する、厳しさの中に優しさがある。

コミュニティで子供たちの教師であるダイアン(ローレン・リドロフ)もまた、はち切れそうな笑顔で生徒の輪の中にルーベンを受け容れていく様子が素晴らしい。

ポール・レイシーは両親に聴覚障害があったことから幼少の頃に手話を覚えた俳優で、手話も分からない私が言うのもなんだが、彼の演技には大きな説得力と温かみがある。

一方のローレン・リドロフ実際に聴覚障害を持つ女優であり、あの手話のスピード感や表情の豊かさは、やはり付け焼刃では太刀打ちできない本物のすごさなのだと思った。

彼女はマーベルの新作『エターナルズ』では聴覚障害をもつヒーローを演じる予定だそうで、これはまた楽しみな話になってきた。

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

ついに手術を受けることを決意する

デフ・コミュニティの中で暮らす人々は、みな楽しそうに日々を過ごしている。聴覚の障害は個性のようなものだ。誰も塞ぎ込んだり悩んだりしていない。

その中に飛び込んだルーベンも、はじめは戸惑うし自暴自棄になるが、次第にコミュニケーションの術を身に着けていく。

年ほど前に観たフランス映画の『エール!』を思い出す。あれは、メチャクチャ笑えて泣ける話だった。デフ・コミュニティというより聴覚障害者の家族の話だったけど。

本作でも、みんな和気あいあいと生活している。ルーベンはこの状態でステージには立てないが、音楽というのは振動であり、耳が聞こえなくても、ピアノに触れれば音が体に伝わる。

滑り台の下でルーベンが叩く打楽器の響きを、滑り台の上で少年が嬉しそうに感じ入るシーンが美しい。

だが、ルーベンは、まだドラマーの夢や、恋人ルーとのトレーラーハウスでの生活を諦めてはいない。彼は、クルマや車内の家財を売り払って手術代を捻出し、ついにインプラントの手術を受ける。ここはハラハラする。

眼の手術のあとで、包帯を取って視覚が戻っているかどうか、というシーンはよくドラマで見かけるが、聴覚となるとあまり記憶にない。結果まで数週間。はたして、高額な手術は成功したのか。

(C)Courtesy of Amazon Studios

難聴は治すべきものではない

みんなに内緒で手術を受けたルーベンは、集落に戻ってジョーに打ち明ける。彼に目をかけ、ここで仕事をして暮らさないかと誘ったジョーだったが、手術の話には落胆した様子だ。

優しいジョーは、ルーベンの幸福を祈るものの、コミュニティにはもう置けないという。ここの人たちは、難聴を治すべきものとは思っていないからだ。ルーベンの存在が、調和を乱すことを危惧したのだろう。

さて、手術の成否は、一言では言い表せないものだった。不思議な聞こえ方だが、会話は分かる。どの位、調整できるものなのか、慣れるものなのかは、よく分からない。

ルーベンは恋人ルー(オリヴィア・クック)をはるばる実家に尋ねるが、現れたのは、彼女の父リチャード(マチュー・アマルリック)だ。相変わらず、強烈な存在感を発する。『007 慰めの報酬』の敵役で見せた、どう豹変するか分からない怪しさがある。

もっと長く観たかったと思わせる作品

本作は120分では物足らなく感じてしまう。とてもよく出来た内容ゆえに、ルーベンがデフ・コミュニティの中で手話を覚え、周囲と親しくなり自分の居場所をみつけるまでの経緯は短すぎる

そして、人目を忍んで医者にコンタクトをとり、手術を予約し、それが無事に終わるまでの過程も、時間の関係からか、ロクに描かれていない。

更には、恋人ルーとの再会や、ようやく登場した真打ちマチュー・アマルリックとのやり取りももっと深掘りしてほしかった。普段なら二時間で収める編集姿勢には好意的なのだが、本作はもっと観たかった気分になっている。

せっかく再会し抱き合うルーベンとルーだったが、多くを語らずとも互いの人生の将来図には、相手の姿がないことを悟ったのだろうか。どちらともなく、出会えたことで救われたと言い合う二人が涙を誘う。

そして、街の雑踏のなか、本来は美しく響いているはずの教会の鐘の音さえ、ルーベンには耳障りに聞こえる。

「君は、静寂をどう思った?」

コミュニティを出た日の、ジョーからの問いかけの答えにようやく辿り着いた。彼は、思い切って人工内耳を外し、安らぐ静寂に身を委ねた。エンディングの音楽さえ不要に思える、心地よい静寂がそこにある。