『ペインアンドグローリー』考察とネタバレ|アルモドバルの自伝極まれり

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『ペイン・アンド・グローリー』
 Pain and Glory

ペドロ・アルモドバル監督の自伝的映画はここに極まれり。盟友アントニオ・バンデラスの熱演による、酒と薔薇の日々。シンプルなストーリーが心にしみる。

公開:2020 年  時間:113分  
製作国:スペイン
  

スタッフ 
監督:      ペドロ・アルモドバル

キャスト
サルバドール: アントニオ・バンデラス
(幼少期)   アシエル・フローリーズ
ジャシンタ:     ペネロペ・クルス
(老後)      フリエタ・セラーノ
アルベルト:アシエル・エチェアンディア
フェデリコ: レオナルド・スバラグリア
メルセデス:       ノラ・ナバス
スレマ:        セシリア・ロス
エデュアルド:  セザール・ヴィセンテ

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)El Deseo.

あらすじ

世界的な映画監督サルバドール(アントニオ・バンデラス)は、脊椎の痛みから生きがいを見いだせなくなり、心身ともに疲れ果てていた。

引退同然の生活を送る彼は、幼少時代と母親(ペネロペ・クルス)、その頃に移り住んだバレンシアの村での出来事、マドリッドでの恋と破局など、自身の過去を回想するように。

そんな彼のもとに、32年前に手がけた作品の上映依頼が届く。思わぬ再会が、心を閉ざしていたサルバドールを過去へと翻らせていく

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レビュー(まずはネタバレなし)

アルモドバルを演じきるバンデラス

スペインの巨匠ペドロ・アルモドバルによる自伝的映画。盟友であるアントニオ・バンデラスが、アルモドバル監督がモデルであろう映画監督サルバドール役を演じ、カンヌ国際映画祭の主演男優賞に輝いている。

サルバドールは、アルモドバルの分身ともいえるほど近いキャラクターだ。風貌も何となく本人に寄せに行っている気がする。見慣れたバンデラスとは少々異なる雰囲気だ。

だが、バンデラスは、「熟知しているアルモドバルを模倣することはしたくない。徹底的にキャラクターを創造したい」と語っている。

結果として、バンデラスでありアルモドバルでもある、サルバドールという主人公がうまれた。

またサルバドールの脚本を譲り受け一人芝居を演じるアルベルト(アシエル・エチェアンディア)もまた、役者としてサルバドールになりきろうとする。不思議な構造の作品となっているのだ。

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幼少期の楽しい記憶がよみがえる

ペドロ・アルモドバル監督の最近の作品、例えば『私が、生きる肌』『ジュリエッタ』などに比べると、本作はシンプルな物語で、奇をてらう部分は少ない

32年前に手掛けた『風味』という作品で仲違いした俳優アルベルト、そして彼に再会し、請われて上演を許可した『中毒』という舞台劇を通じて、サルバドールの閉ざされた心が次第に明らかにされていく。

途中、幼少の頃の母ジャシンタ(ペネロペ・クルス)との楽しかった日々の回想シーンが、幾度となくインサートされる。

幼少期の母という時代設定からバンデラスとの共演はないが、ペネロペ・クルスアルモドバル作品の常連、というよりミューズである。強く、優しく、美しい母だ。

この大人から子供時代への回想シーン。冒頭のプール潜水から川での洗濯、バーのピアノ演奏から小学校の聖歌隊選抜、或いはMRI検査から洞窟の家など、現在から過去に引き戻される場面も滑らかで、よく考えられている。

6/19公開『ペイン・アンド・グローリー』本予告

ストレンジャー・ザン・ニューシネマパラダイス

回想シーンが何度も入る構造や、幼少期のサルバドール(アシエル・フローリーズ)の見た目からか、アルモドバル版『ニュー・シネマ・パラダイス』だと公式サイトで謳っているくらいだが、ちょっとズレていると思う。

本作は別に泣かせる映画ではないし、キスシーンなら、フィルムの切れはしを繋がずとも、男同士で熱く交わしている。そう、本作はゲイの映画でもある。

『欲望の法則』『バッド・エデュケーション』と合わせて三部作。いずれも、80年代のスペインを舞台にした、ゲイの映画監督の物語。ついでに、ヘロインも物語の展開上大きな役割を担う。

極めて個人的な先入観だが、芸術志向の監督という役柄とドラッグとゲイ、この三要素が揃うとハチャメチャな内容の映画になる懸念大で、少し斜に構えて観ることが多い。

だが、本作は役柄の年齢設定のせいか不思議とどの要素も淡泊で、けして暑苦しくない。何とも、いい具合に仕上がっている。

(C)El Deseo.

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

ペイン&グローリー 風味絶佳

それにしても、サルバドールの家の内装の大胆な色合いの美しさよ。あのキッチンのタイルは、いかにもスペインっぽい。

幼少期の洞窟の家というのも、まるでカッパドキアのようだが、バレンシアにも洞窟住居があるのか。天井から注ぐ陽光が、とても貴重に思える。マドリードの赤に対して、こちらは青と白が基調。

サルバドールは脊椎の痛みで長年苦しんでいる。加えて、突然のどが詰まる原因不明の症状もあり、大量の鎮痛剤を粉々に砕いて服用している。

その様子も麻薬を吸引しているかのようだが、アルベルトの影響でヘロインにも手を伸ばすようになる。思えば、32年前、サルバドールがアルベルトと『風味』で仲違いしたのも、ヘロイン絡みだった。

そして、『風味』のリマスター化再上映の機会に、二人は和解したかにみえたが、やはりうまくいかず。結局、サルバドールは、死蔵していた脚本『中毒』を、上演したがっているアルベルトに譲ってやることで仲直りする。

このあたりまでは、まだゲイの要素はあまり出てこず、確信がつかめずにいたが、上演する『中毒』は、ヘロイン中毒の恋人との別れの話。

なんと偶然にこれを客席で観ていたのが、サルバドールのかつてのゲイの恋人、フェデリコ(レオナルド・スバラグリア)だった。この芝居のモデルはフェデリコだったのだ。

結局アルベルトが橋渡しをすることとなり、思わぬ再会を果たすことになる元恋人同士の二人、サルバドールとフェデリコ。ともに白髪と無精ひげのチョイ悪オヤジで、雰囲気が似ていて紛らわしい。

ただ、枯れた感じの二人の再会風景は、なかなかサマになる。別れた男同士の再会は今泉力哉の『his』にもあったが、やはりオヤジには若造には出せない円熟味があるのだ。

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はじめてのよくぼう

さて、『風味』『中毒』により、ヘロインとゲイの恋人という、サルバドールの引き摺ってきたつらい過去が紐解かれた。では、幼少期の回想はどう繋がるのか。

その答えは、子供の頃の彼がスペイン語の読み書きを教えてあげていた若者(青年の方が教え子)のエデュアルド(セザール・ヴィセンテ)だ。

エデュアルドが当時スケッチしたサルバドールの絵が、流れ流れて現代アート展に出展されており、サルバドールはそれをみつけ購入する。

だが、彼は作者であるエデュアルドに会いに行こうとはしない。美しい思い出のままがよい。実は、エデュアルドの行水する逞しい裸体をみて、彼は失神し、性に目覚めたのだった。

死ぬ前に村に戻りたいという老いた母ジャシンタ(フリエタ・セラーノ)との約束を果たせず、彼女を病院で死なせてしまったことをサルバドールは苦にしていた。

だが、フェデリコに再会もでき、強い意思でヘロインを断とうとし、そして喉の詰まりが食道がんではないとの診断も出て、ようやくサルバドールには前向きな創作意欲が芽生える。

作品は題して『初めての欲望』。エデュアルドの話だろう。

フェデリコが芝居を見に来たのも、サルバドールが個展の絵をみつけたのも、相当偶然が過ぎる出来事だが、まあ、そこは気にしないことにする。

(C)El Deseo.

最後にひとひねり

ラストシーンにはちょっとしたサプライズがあった(未見の方、ネタバレです)

子供の頃に母子で家の窓から花火を眺めるシーンから、カメラが引いていくと、そこはサルバドール監督が自伝映画を撮っている場面なのだ。

つまり、映画の回想シーンに出てきた少年と母(ペネロペ・クルス)は、実は『初めての欲望』という映画の俳優ということになる。

我々は、アルモドバルの自伝的映画を観ているつもりが、その中でサルバドールが撮る自伝的映画を観ていたのである。

又吉直樹原作の映画『劇場』にも、途中で本編が舞台上のシーンにすり替わってしまう、似たようなカラクリがあったけれど、後味含めて本作の方がキレがいい。こっちは花火で、あっちは火花か。