『カセットテープ・ダイアリーズ』
Blinded by the Light
ブルース・スプリングスティーンの音楽がモヤモヤを吹き飛ばす!80年代のパキスタン移民の若者の青春。
公開:2020 年 時間:117分
製作国:イギリス
スタッフ
監督: グリンダ・チャーダ
原作: サルフラズ・マンズール
『Greetings from Bury Park:
Race, Religion and Rock N’Roll』
キャスト
ジャベド・カーン:ヴィヴェイク・カルラ
ジャベドの父: クルヴィンダー・ジル
ジャベドの母: ミーラ・ガナトラ
マット:
ディーン=チャールズ・チャップマン
マットの父: ロブ・ブライドン
ループス: アーロン・ファグラ
イライザ: ネル・ウィリアムズ
グレイ先生: ヘイリー・アトウェル
隣人: デヴィッド・ヘイマン
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
1987年、イギリスの田舎町ルートン。パキスタン系の高校生ジャベド(ヴィヴェイク・カルラ)は、閉鎖的な町の中で受ける人種差別や、保守的な親から価値観を押し付けられることに鬱屈とした思いを抱えていた。
しかしある日、友人の貸してくれたカセットテープでブルース・スプリングスティーンの音楽を知ったことをきっかけに、彼の人生は変わり始める。
レビュー(まずはネタバレなし)
それはボスとの出会いから始まった
パキスタン移民の少年がブルース・スプリングスティーンの音楽に影響を受けながら成長していく姿を描いた青春音楽ドラマ。
1980年代、サッチャー政権の下、舞台となるイギリスの田舎町ルートンでも不景気が吹き荒れ閉塞感が充満している。
◇
そんな街の中で、パキスタン移民はパキと蔑称で呼ばれては白人の子供にまで迫害を受け、また父(クルヴィンダー・ジル)は長年勤めていたGM工場を解雇される。
主人公の高校生ジャベドは、保守的で厳格な父に従順に従い、幼少期にもらった日記帳を使い続ける、書くことが好きなおとなしい若者だった。
◇
だが、書き溜めた詩を捨て、自分の中で鬱積するもののやり場が分からない時に、ジャベドは、友人ループス(アーロン・ファグラ)が貸してくれたカセットテープを聴き、ブルース・スプリングスティーンの音楽に出会う。
心をわしづかみにされる音楽との衝撃的な邂逅。
ブルースに恋して
映画の中でも、クラスメートたちが、今時誰が聴くのだ、或いは、親父たちの世代の音楽だ、と言うように、ブルース・スプリングスティーン(愛称はボス)は当時の若者にはやや古い音楽だった(と記憶を振り返る)。
まして、ここは英国、どちらかというとペットショップボーイズのようなミュージシャンが人気で、レーガン大統領の国で Born in the U.S.A!と歌う男を、敬遠する若者もいる。
◇
だが、そんなことはお構いなしだ。ボスの音楽に合わせて、歌詞がジャベドの身体の周りを踊るように流れていく映像表現が、全てを物語っている。彼はボスに痺れてしまったのだ。
『ベッカムに恋して』のグリンダ・チャーダ監督が、今度はブルースに恋する映画を撮った訳だ。
「ボスの歌は愛国主義じゃない、ベトナム退役軍人の帰国後の苦境を歌っているんだ」
盲目的に音楽に惹かれていくジャベド。ボスは父親に認めてもらえない境遇をトラウマに、音楽人生を歩んできた。
英国人にはなれないのだからパキスタン人として生きろと、父親に認められず価値観を押し付けられるジャベドに、ボスの歌は訴えかけるものがあったのだ。
◇
ボスを知ってからの展開は至ってシンプルなものだが、まるでミュージカルのような仕立てもあり、結構楽しい。
ブルース・スプリングスティーンを良く知る世代ならなお盛り上がるだろうが、そうでなくても伝わってくるものがある。
原題はボスの楽曲名からとられたものだが、邦題もわりとイメージが湧きやすくて良いと思った。
レビュー(ここからネタバレ)
カセットテープ、ウォークマン、校内放送
カセットテープとウォークマンへのノスタルジーは、さすがに知らない世代には共感できないかもしれない。昨今カセットテープは再注目され、ガチャポンまであるらしい。
◇
映画の中でも『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の主人公から『20世紀少年』のカンナちゃんまで、カセットとウォークマンを宝物にしているキャラがいる。
本作では、ジャベドが学校の放送室を占拠して、ゲリラ的にボスの楽曲を校内に轟かすシーンがあるのだが、これなども、まんま『20世紀少年』でケンヂが革命を起こしたエピソードと重なる。あちらは曲がT.REXだったけど。
彼を取り巻く優しい人びと
ところで、本作は悪者のように威圧的なジャベドの父親を除けば、他の出演者は総じていいヤツなのだ。
隣りに住む幼馴染のマット、演じるのは『1917 命をかけた伝令』で主役の一人だったディーン=チャールズ・チャップマン。
バンドをやっている、やや軽薄で女に手が早い白人の若者で、人種偏見はなく、ジャベドの良き理解者だ。途中二人は仲違いもするが、その後の仲直りも爽やかで、こういう男同士の友情もいい。
親友マットのお父さんがボスの大ファンで、息子そっちのけでジャベドと意気投合してしまうのも面白い。演じるロブ・ブライドンはイギリスでは有名なエンターテナーだそうだが、それも納得の存在感だった。
◇
ジャベドの書き手としての才能を引き出してくれる学校の先生ミス・グレイに、<キャプテン・アメリカの恋人>ペギー・カーターのヘイリー・アトウェルだ。本作でも気丈な役柄。
◇
そのほか、ジャベドにボスの音楽を教えてくれた友人ループス(アーロン・ファグラ)と、恋人になるイライザ(ネル・ウィリアムズ)。盤石な信頼関係がよい。
三人で仲良く歌いながら、町の中を走り回るシーンは、ミュージカルのよう。
ループスとジャベドが二人で、ボスの聖地ニュージャージー州に行き、空港の税関職員に歓待されるところは、いかにもアメリカ的な豪快さで好き(9・11が起きる前の世界ならでは)。
そして、残るはジャベドの家族。
父親を立てながらも、子供たちに愛情を注ぐ良妻賢母ヌール(ミーラ・ガナトラ)のおかげもあり、ついに父マリク(クルヴィンダー・ジル)が息子と、更にはボスの音楽を認めるところが最高に温かく、また微笑ましい。
アメリカ人の音楽など認めないと言い続けながら、最後には「ブルースはユダヤ人に違いない。彼の歌はパキスタン人の信条そのものだ」と、息子と抱き合う。
◇
そうそう、忘れてはいけないのが、隣人の老紳士エバンズ(デヴィッド・ヘイマン)。
何か怒られそうな強面ながら、ジャベドの詩を読んで共鳴してくれた最初の読者であり、新聞記事が出た時にも、駆けつけてくれた。温かい紳士なのである。
ブルース・スプリングスティーンも公認
本作は実話ベースだそうで、最後には本人の写真も登場する。映画化にあたり、ボス本人が全面的に支援してくれたのも、嬉しいエピソードだ。
原作者のサルフラズ・マンズールは何百回もボスのコンサートに行き最前列で観ていたので、ボスも彼のことを覚えていたというのだから大したものだ。そのため、本作での音源使用は、ボスの公認なのである。
さて、久々に聴き直してみようかな、ブルース・スプリングスティーン。