『悪魔はいつもそこに』
The Devil All the Time
偶然に席を譲ったことから始まる悲劇の連鎖。祈りを捧げる者は救われるか。この町には悪魔が多すぎる。ヒッチハイクの恐怖といえば、昔の映画では乗せた男が殺人鬼だったものだが。
公開:2020 年 時間:138分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: アントニオ・カンポス 原作: ドナルド・レイ・ポロック 『The Devil All the Time』 キャスト アーヴィン・ラッセル: トム・ホランド ウィラード・ラッセル: ビル・スカルスガルド シャーロット・ラッセル: ヘイリー・ベネット カール・ヘンダーソン: ジェイソン・クラーク サンディ・ヘンダーソン: ライリー・キーオ リー・ボーデッカー保安官: セバスチャン・スタン ヘレン・ハットン: ミア・ワシコウスカ ロイ・ラファーティ: ハリー・メリング レノラ・ラファーティ: エリザ・スカンレン プレストン牧師: ロバート・パティンソン
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
オハイオ州ノッケンスティフに育った主人公アーヴィン・ラッセルは幼い頃に両親を亡くし、コールクリークの祖母エマのもとに引き取られる。
母シャーロット(ヘイリー・ベネット)を癌で亡くし、病気の母を救おうと懸命に神に祈り、愛犬の魂まで捧げた父ウィラード(ビル・スカルスガルド)も後追い自殺したのである。
◇
コールクリークでは、ロイ牧師(ハリー・メリング)が神に与えられた力を試そうと、妻ヘレン(ミア・ワシコウスカ)を刺殺する。二人には娘レノラがいたが、事件の前にエマが預かっており、アーヴィンともども彼女が育てることになる。
写真家カール・ヘンダーソン(ジェイソン・クラーク)は、ヒッチハイクで獲物を捕まえては銃殺し、美しい妻サンディ(ライリー・キーオ)との屍姦の写真を撮影していた。ロイ牧師もその餌食になる。
◇
そして時は流れ、アーヴィン(トム・ホランド)とレノラ(エリザ・スカンレン)も高校生になっている。レノラの周辺には、堕落したプレストン牧師(ロバート・パティンソン)が現れ、彼女の気を引く。そして、カールとサンディは、犯行を繰り返す。
レビュー(ネタバレなし)
田舎町の邪悪な者たちの群像劇
『スパイダーマン』のトム・ホランド、2021年公開予定の『バットマン』抜擢のロバート・パティンソンというヒーロー俳優の対決が気になるスリラー。NETFLIXの独占配信。
アントニオ・カンポス監督は監督作品としては少なく、またドナルド・レイ・ポロックの原作も原書のみなので、殆ど予備知識なしで臨む。
◇
オハイオ州ノッケンスティフとウェストヴァージニア州コールクリークという、二つの田舎町を舞台に、悪行を重ねる者と、その犠牲にな者たちが複雑に交錯し合う群像劇。登場人物の人間関係は、二人が成長した中盤以降にさらに交錯していく。
出番を待っているトム・ホランドやロバート・パティンソンが登場するまで、映画が始まってから50分以上経過している。但し、少年時代の話も物語進行には大きな意味があり、また登場人物もくせ者揃いで、退屈な内容ではない。
◇
全編を通じて原作者のドナルド・レイ・ポロックがナレーションを担当しており、とても説得力がある一方、「〇〇を見かけたのはこれが最後だった」的な発言もあり、映画としての必要性はやや疑問に感じた。
ところで、トム・ホランド絡みの楽屋ネタか、教会での説教シーンで、ロイ牧師が蜘蛛の恐怖を克服した話や大量の蜘蛛が出てくる。スパイディ(スパイダーマンの愛称)という台詞もあったような気がしたが、原作にもあるのだろうか。
レビュー(ネタバレあり)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
悪のはびこる世界と戦争は無くならない
本作では、冒頭に第2次世界大戦のソロモン諸島での戦いの回想が出てくる。アーヴィンの父ウィラードは、日本兵によって磔にされハエの集った瀕死の仲間を楽にしてやろうと射殺する。
敬虔なクリスチャンである彼は、その行為に苦しみ続ける。
◇
アーヴィンが成長してからは、ベトナム戦争が日々の生活の中に大きな影響を与えている。ベトナムからやっと生還した軍人がカールとサンディの餌食になったり、ラストシーンでも大統領の発言が放送されていたり。
時代は変わっても、戦争の名のもとに大量の殺戮行為が行われていることに変わりなく、神を信じる者たちは、その中で祈り続ける。
だが、妻の病気が治ると信じて愛犬を殺し祈りをささげたウィラードも、人を生き返らせる力を得たと思い込んで妻を殺してしまうロイ牧師も、救われることなく生涯を閉じる。
悪魔はいつもそこにいる。その名が示すように、映画の中で神の力は相当に軽んじられている、というより、悪がはびこっている。
神父は何人か出てくるが、悪魔と戦ってくれるような奇特な人材は皆無で、プレストン牧師のような淫乱男まで現れる。
施しの心を持ったアーヴィンの母シャーロットは病死し、祈り続けたレノラは、妊娠を苦に自殺してしまう(それも寸前で思いとどまったのに、である)。
それにしても、ロバート・パティンソン演じる牧師の卑劣漢ぶりが、『TENET』のカッコよさとはギャップがありすぎて、衝撃を受ける。
◇
どうしようもない俗物が死んでいくのは、織り込み済みなので安心して観ていられるが、その他、善人悪人の別なく、みんな平等に死んでいくのは、「現実でもそうだろう?」と言いたいのか。もっとも、現実では「善人だけが早死にする」のかもしれないが。
登場人物たちの生と死の行方
以下、更にネタバレです。
全ての事件終了後に人物相関図を思い描いてみると、驚いたことに、アーヴィンの祖母と叔父を除けば、登場人物はほとんど死んでしまっている。
殺人者の魔の手にかかったもの、病死したもの、自殺したもの、撃ち合いに敗れたもの。
◇
最後に残ったのは、主人公であるアーヴィンただひとり。だが、彼は自ら語るように、悪人ではない。当初は母を失った悲しみと、父に愛犬を殺された怒りから始まった。
アーヴィンは亡き父を恨んで育った。しかし皮肉なことに、学校の不良連中にからかわれたレノラを守るため、じっと機会を窺い一人ずつに激しく「やられたら倍返しでやり返す」手法をとる姿は、父親に酷似する。
そして、アーヴィンは父親の形見の銃で、レノラを死に追いやったプレストン牧師に制裁を下し、正当防衛でカールとサンディに反撃する。
更にはサンディの兄であるリー・ボーデッカー保安官(セバスチャン・スタン)と、山中での撃ち合いとなるのである。
いやはや、スパイダーマンVSウィンターソルジャーみたいになってきたが、保安官といっても、この男も選挙のためには手段を選ばない強欲な悪人だ。
アーヴィン同様に妹を失った身だが、復讐の機会を得ても、思いを果たすことはできない。かくして、アーヴィンは生き残る。
ダイナーで偶然に譲られた席
遠い昔コールクリークのダイナーで、兵役から戻った軍服姿のウィラードにカウンターの席を譲ったカール。二人は赤の他人だが、この偶然の行為で、担当のウェイトレス、シャーロットとサンディにそれぞれ出会い、結婚することになる。
カールとサンディは連続殺人のカップルになり、またウィラードと結婚できなかったヘレンはロイ牧師と結ばれる。悲劇の連鎖はここから始まったのだ。
終盤で、アーヴィンは父の生き方を理解し始める。そして、これまでの殺人を振り返りながら、結婚や家庭に夢を描き、かつての父のようにベトナム戦争に従軍しようか、次の一手を考えている。
問いかけに答えはないが、戦争は更に泥沼に入っていくだろうことを、我々は知っている。悪魔はまだ手を休めるつもりはない。
映画としては2時間超の最後まで緊張感を持続するが、アーヴィンが生き残ったとはいえ、勧善懲悪的な話ではなく、爽快感はない。
ラストにヒッチハイクで町を離れるアーヴィンが感じているであろう安堵感や充実感を、私には共有できなかった。将来の政情不安感とか疲労感とかなら、話は別だけれど。