『ラストレター』
頭から尻尾まで岩井俊二が詰まってる幸福。甘酸っぱい青春は取り戻せない。大人の階段はつらく険しい。
公開:2020 年 時間:120分
製作国:日本
スタッフ 監督: 岩井俊二 音楽: 小林武史 キャスト 岸辺野裕里: 松たか子 遠野未咲/遠野鮎美: 広瀬すず 岸辺野颯香/遠野裕里: 森七菜 乙坂鏡史郎: 福山雅治/神木隆之介 岸辺野宗二: 庵野秀明 岸辺野瑛斗: 降谷凪 阿藤: 豊川悦司 サカエ: 中山美穂
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
裕里(松たか子)の姉の未咲が、亡くなった。裕里は葬儀の場で、未咲の面影を残す娘の鮎美(広瀬すず)から、未咲宛ての同窓会の案内と、未咲が鮎美に残した手紙の存在を告げられる。
未咲の死を知らせるために行った同窓会で、学校のヒロインだった姉と勘違いされてしまう裕里。そしてその場で、鏡史郎(福山雅治)と再会することに。
◇
勘違いから始まった、裕里と鏡史郎の不思議な文通。裕里は、未咲のふりをして、手紙を書き続ける。
その内のひとつの手紙が鮎美に届いてしまったことで、鮎美は鏡史郎(回想・神木隆之介)と未咲(回想・広瀬すず)、そして裕里(回想・森七菜)の学生時代の淡い初恋の思い出を辿りだす。
レビュー(まずはネタバレなし)
25年ぶりのLove Letter
冒頭、雄大な滝をバックに制服姿の少女と少年の走り回る姿を見ただけで、岩井作品が始まるのだと感じる。
年齢の違う三人の子供たちが違う学校の制服を着て集まっている、ああ、お葬式かと謎が解けていく。そこに松たか子が登場し、『四月物語』から何年ぶりの岩井組出演だろうと思いが馳せる。
◇
手紙にまつわる話となれば、自然と『Love Letter』を思い出しながら観ることになる。
どちらも、本当はもうこの世にいない相手に対して思いを手紙にする映画であり、一人二役という手法が演出効果を上げている。
『Love Letter』では遠く離れた街に暮らす二人の女性を中山美穂が演じるが、今回は母の若い頃の回想と娘役を、広瀬すずと森七菜が二人四役で演じている。
高校時代の回想での淡い恋愛エピソードが、輝いてみえてしまうのも、両作品に共通している。
二人四役が分かりやすい回想シーン
本作でいえば、今なお高校生を自然に演じられる驚異の神木隆之介扮する転校生の鏡史郎が、生徒会長の未咲に一目惚れしラブレターを書きまくる一方で、生物部の後輩である妹の裕里も秘かに彼を想うというのが実に甘酸っぱくて切ない。
転校生、風光明媚な通学路、自転車通学の少女、美人姉妹、大林宣彦からの由緒正しい青春映画アイテムばかりだ。
ただ、広瀬すずに夏風邪の布マスクを付けさせておいて、いきなり鏡史郎の前で取るのは打算的すぎないか。何の心の準備もなく、あの整った顔だちが現れたら、
「お姉ちゃん美人でしょ」
「いや~。……、すごいね」
という神木隆之介同様のリアクションしか普通は取れない。
姉(アリスでなくてすずの意味です)の王道美人顔とは違うのだけれど、妹のまだ磨き抜かれる前のダイヤの原石のような輝きと天然ボケっぽい(これは役作りか)魅力もまた捨てがたい、と勝手にうなる。
どちらかというと、岩井作品でよく脚光を浴びるのは裕里の方のキャラではないかとも思う。
メールではなくレター、紙へのこだわり
mailとLetterの英語的な差異とは少し違うが、メール(ましてスタンプとか)ではなく手書きのレターにだけ伝えられる情感は確かに今でもあると思いたい。
だからこそ、Love Letter からLast Letter と岩井俊二は映画を撮ってきたのだろう。
◇
ところで、鏡史郎が彼女への想いを綴って小説にした本「未咲」の黄色い装丁はとてもセンスが良く、いかにも売れそうだ。これも電子書籍では出せない味わい。
岩井俊二監督はこの装丁はおろか、本の中身まで自分で仕上げたというから、そのこだわりに驚かされる。
内容自体は本作では語られないが、白紙のままで演出するのとは、何かが異なるものなのだろう。この本の内容も、ぜひ読んでみたいものだ。
レビュー(ここからネタバレ)
どうしても気になった点
姉が死んだことを伝えに同窓会に出た妹が、姉と間違われて言いたいこともいえず、挙句にはマドンナとしてスピーチまでしてしまう。一方、鏡史郎も来たのは妹だと気づいていながら、それを言わずにアプローチしてくる。
これは設定が破綻しているのか、深い意味があるのか。
◇
同窓会の案内を鮎美から受け取った裕里は、初恋の鏡史郎(福山雅治)と会えることを期待したはずだ。だが、周囲のみんなと同様に姉と自分の見分けが付かない鏡史郎に失望した彼女は、彼に真実も告げずに別れる。
初恋の相手に会って云々と妻の同窓会を怪しむ夫(庵野秀明)が、実は鋭かったのだ。そして裕里は、はからずも、姉になりすました文通にのめり込んでいく。
◇
よし、裕里の行動には何とか理屈をつけたが、鏡史郎の方はどうだ。未咲への想いを書いては、小説の一章を次々と手紙で送っていた鏡史郎だが、未咲からは返事もなく何年も経過している。
なんと、同窓会には姉でなく妹が来ている。聞きたいことが山積していたので、裕里を飲み直しに誘ったのだろうか。
でも、愛した女性の消息をこれほどまでに知りたい男が、黙って妹をバスに乗せるだろうか。鏡史郎の心理はどうにも分からない。
◇
ついでに言うと、裕里と鮎美から、それぞれ未咲になりすまして書いた手紙を同時期にもらっていた鏡史郎は、筆跡の違いで不審には思わないものなのか。すべて裕里からの手紙と思っていたにせよ、やや騙されすぎな感はある。
まあ、二人の少女にああして潔く謝られてしまえば、どうでもよい話だが…。
岩井俊二の珠玉のショット
メールやSNS全盛の現代で、手紙を書くことなど稀少な行為であり、本作でも、文通をしなければいけない状況づくりには苦心している。
◇
夫の宗二郎(庵野秀明)が嫉妬心でケータイを風呂に投げ込まなければ、手紙は書かれなかったのだ。庵野の役は、その為だけに存在したとさえいえる。
いや、もう一つあった。妻に罰を与えるため、大型犬を飼いだすことだ。
これにより、裕里は義母の手紙の相手を見つけるし、さらには一匹引き取った鮎美が犬の散歩に旧校舎まで行く必然性がうまれる。
「私が犬の世話するよ」と助け船を出す鮎美は、朝ドラ『なつぞら』で牛の世話をする広瀬すずのようであった。
◇
鏡史郎が、取り壊しの決まった古い高校の校舎を訪れると、大型犬を散歩させている夏服の鮎美と颯香に出会う。二人とも、母の未咲・裕里の姉妹に生き写しであり、何十年も時が戻ったかのように鏡史郎は驚きで言葉を失う。
あまりに鉄板ネタの設定はベタではあるが、シーンの美しさに見惚れてしまい、素直に感動する。この校舎のまばゆいばかりの陽光の下の鮎美と颯香と、少し後の、ビニール傘をさして雨の中で鏡史郎を見送る二人は、さすが岩井俊二の珠玉のショットである。
言葉の刃が四方から突き刺さる
劇場予告編を観た記憶はあるが、福山雅治の出演すら忘れていたため、二人が古びたアパートに中山美穂と豊川悦司の『Love Letter』カップルが暮らしていたのは素直に驚いた。
二人の今回のちょっと崩れた感じの役どころには、当時からの年輪を感じさせる。トヨエツなどワンシーンのみであの存在感と迫力である。
「お前は、あいつの人生に何の影響も与えていない」
「フラれたから、あの本が書けたんだろう?俺とあいつからのプレゼントだよ」
阿藤から鏡史郎への、これだけ強引な持論展開は気持ちよいくらいだ。
「悔しいなあ、あなたが(姉と)結婚してくれていたら…」
という裕里のボディブローに続き、この阿藤の派手なパンチも効いた。
そしてとどめは、
「手紙は母の宝物でした」
「いつかこの人が迎えにきてくれると思ったら(母は)頑張れました。もっと早かったら…」
という鮎美。言い回しはソフトだが、言葉は鋭利な刃物のように鏡史郎を刺す。
葬式に始まり、図書館に終わる
最後に、裕里の勤める図書館を訪ね、鏡史郎は旧校舎で撮ったアルバムを渡す。そこには彼が出会った鮎美と颯香も写っている。
「え、会ったんですか?」
と裕里。まるで、鶴瓶のTV番組『A-Studio』である。彼は筆を折ろうと悩んでいたが、もう一度書いてみようと前向きになる。
自殺してしまった愛するひとを描いた重たい映画なのだが、主演の松たか子の存在が、本質を壊すことなくそれを少しだけ軽くしてくれる。
思えば、『ラストレター』も『Love Letter』も、葬式に始まり図書館に終わる映画であった。
◇
卒業生総代のスピーチ原稿読み上げがあり、エンドロール。
重松清ばりのコテコテの泣かせだが(それはそれで好きだけど)、岩井作品には欠かせない小林武史の曲が流れてきて、あどけない感じで森七菜が歌い出すと、どこか懐かしく、すべて美しい記憶として刻み込まれていく。
なお、本作と全く同じ物語を岩井俊二監督自らが中国でメガホンを取った作品、『チィファの手紙』が本作に先駆けて完成している。同じ内容でも全く印象が異なるので、比較してみるもの面白い。