『ひとよ』
我が子のために犯行に及んだ母親の出所を素直に迎えられない子供たちにモヤモヤ。それぞれ、夢を諦めたり、世間の非難を受けたり、つらい思いをしてきたのだろうけど。
公開:2019 年 時間:123分
製作国:日本
スタッフ 監督: 白石和彌 脚本: 高橋泉 原作: 桑原裕子 (劇団KAKUTA) キャスト 稲村雄二: 佐藤健 稲村大樹: 鈴木亮平 稲村園子: 松岡茉優 稲村こはる: 田中裕子 堂下道生: 佐々木蔵之介 丸井進: 音尾琢真 柴田弓: 筒井真理子
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- 子供たちの為に父親を殺めてしまった母に、子供たちがあまりに冷淡なのが最後まで引っ掛かる。この豪華キャストな兄弟と妹にしては、盛り上がりはイマイチ。惜しい。
あらすじ
タクシー会社を営む稲村家の母こはる(田中裕子)が、夫を殺害した。子どもたちの幸せのためと信じての犯行だった。残された三人の兄妹は、事件のあったあの晩から、心に抱えた傷を隠しながら人生を歩んでいた。
抗うことのできなかった別れ道から、時間が止まってしまった家族。15年が経ち、母は帰ってくる。皆が願った将来とはちがってしまった今、再会を果たした彼らがたどりつく先は。
レビュー(まずはネタバレなし)
ひとよひとよに
どしゃぶりの雨の中、タクシー運転手が男性を轢くところから映画は始まる。親の帰りを家で待つ三人の兄妹。そこに運転手の制服姿の母が険しい表情で帰ってくる。「父さんを殺した」と。
事故ではなく、計画的な犯行だった。子供たちに激しく暴力をふるう父親に耐えかねた母親が、子供たちの安全と、自由に生きられる人生を願って、DV夫を轢き殺したのだ。
そして自首した母親は15年の実刑判決を受ける。子供たちは殺人者の家族として、世間の厳しい風にさらされたであろう。そして、服役を終えた母が戻ってくる。
なんとも釈然としない、モヤモヤする映画なのである。
冒頭、<ひとよ>のあとに<一夜>とでてくるので、√2の語呂合わせ(1.41421356)を意識したタイトルか? 「どうにも割り切れない」映画ってことかと、疑ってしまう。
◇
三人の兄妹は子供時代から丁寧にキャラクター設定もなされ、それぞれが成長し、自分たちのために罪を犯した母が15年ぶりに帰ってきたというのに、全く反応が冷めているのだ。
感動させるお膳立ては整っているのに、タクシー会社の社員たちがこはるを温かく迎えるなか、子供たちは母を受け容れられずにいる。
◇
白石和彌監督作品で私が好きな『彼女がその名を知らない鳥たち』や『凪待ち』も、別にスッキリ気持ちいい内容ではないが、さほど気にはならなかった。
だが、今回は設定が分かりやすいだけに、子供たちが母に反発することが、妙に気になってしまう。
兄弟妹の三様
小説家志望だった次男の雄二(佐藤健)は東京に逃げて、フリーライターとして何とか生計を立てている。
長男の大樹(鈴木亮平)は電器屋で働き、結婚し息子もいるが離婚寸前。長女の園子(松岡茉優)は美容師の夢を捨てて地元のスナック勤め。
◇
父親が死んでも、当時の忌まわしい記憶は人格形成にも影響している。
園子は顔を避けて腹を殴ってくる彼氏を<優しい男>だと感じてしまい、大樹は離婚をめぐる妻との諍いの中で、父親と同じように激昂し妻を殴ってしまう。
雄二は雄二で、母親が事件を起こさなければ、父親の暴力を我慢するだけで平穏に生きられたと思っている。
子供たちはそれぞれ、夢を諦めたり、世間の非難を受けたり、つらい思いをしてきたのだろう。自分たちを救うためとはいえ、犯行に及んだ母親を素直に迎えられない。
そういう心情も分からないでもないが、三人とも揃って煮え切らない反応なのはどうなのか。世間の冷たい反応も、中傷ビラとタクシー車両への落書きだけで表現するのは、やや画一的であり物足りない。
◇
話の展開がやや膠着状態に思えたところで、中途採用の運転手・堂下(佐々木蔵之介)の行動に動きが見え始める。彼が物語をかき回してくれることで、ようやく映画としてもドライブがかかってくるのだ。
堂下道生とは、まさに道を踏みはずした男にふさわしい役名だが、彼の存在意義は大きい。
レビュー(ここからネタバレ)
家族の思い出
雄二は、母親から誕生日プレゼントにもらった小型レコーダーを今でも大切に使っている。
園子は、刑務所に母を迎えに行ったが時間が分からず、氷宇治金時を食べている隙にすれ違いで出所されてしまった苦い思い出がある。
なぜか大樹には、これといった心温まるエピソードがない。
◇
稲村家の母子四人は実力派俳優揃いであり、演技にはそれぞれ見応えがあるのだが、大樹にも、離婚騒動だけでなく、もう少し見せ場をあげたかった。鈴木亮平だけに、勿体ない。
父親の墓に向かって、大樹は手を合わせ、園子は「死んでるけど更に死ね」と水をまき、雄二は靴底についた泥を擦り付ける。それぞれの個性が分かりやすい。
本音のぶつけあい
堂下が給料を前借りし、離れて暮らす息子と久々に再会して一晩を楽しく過ごすシーンがとてもよい。息子と過ごせる幸福感がひしひしと伝わってくる。
だからこそ、後日の息子との思わぬ場所での再会で、堂下の抱いた絶望感の重さが胸にしみる。そして、それがあっての、堂下からこはるへの言葉である。
「あなたがあれだけの覚悟でやったことを、子供たちは誰も理解していない!」
自暴自棄になった堂下は、こはるを道連れに海にタクシーで飛び込もうとするが、雄二たちが体を張って、それを制する。ここで、初めて、雄二は本音をぶつける。
「何にだってなれるよ。夢を捨てるわけにはいかない。これは母さんが、親父を殺してまでつくってくれた自由なんだ。どこからやり直したらいいのか教えろよ!」
そして堂下も叫び返す。
「父さんだって、あの<一夜>はどれだけ嬉しかったか!」
大樹が冷静に指摘していたが、二人は語る相手を間違えていて、会話も成り立っていない。だが、疑似父子となって、相手の中に自分の父や息子をみながら、胸の内を叫んでいた。
ここまできて、ようやく本音のぶつかり合いが聞けたのだ。やっと、割り切れないモヤモヤ感が消えた。
「他の誰にもわからなくても、自分にとって特別な<一夜>なら、それでいいじゃない」
と、こはるが言う。
15年前、こはるが覚悟をもってアクセルを踏み、子供たちに自由を切り開いたあのどしゃぶりの<一夜>があり、そして今夜、ようやく家族の心が打ち解け合えた、特別な<一夜>が訪れた。
タイトルが<ひとよ、一夜>と続くのは、そういう意味だったのではないかと思う。