『プリズナーズ』
Prisoners
ヴィルヌーヴ監督の傑作。野獣化するヒュー・ジャックマンと孤高の刑事ジェイク・ギレンホール。神を信じる者と従わぬ者、そして異教者が対立する。
公開:2013年 時間:2時間 33分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: ドゥニ・ヴィルヌーヴ
キャスト
ケラー: ヒュー・ジャックマン
ロキ: ジェイク・ギレンホール
アレックス・ジョーンズ: ポール・ダノ
ホリー・ジョーンズ: メリッサ・レオ
フランクリン: テレンス・ハワード
勝手に評点:
(何をおいても必見)
あらすじ
アメリカ東部の平穏な田舎町で二人の少女が失踪。警察の捜査が難航するなか、少女の父親は証拠不十分で釈放された容疑者が誘拐犯だと確信。この男を拉致監禁し、娘の居場所を吐かせようと拷問に手を染めてしまう。
レビュー(まずはネタバレなし)
ドゥニ・ヴィルヌーヴの最高傑作と思う
もはや懐かしい映画だが、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品の中でも特に好き。
宗教的な匂いがあちこちに漂い、キリスト教の神を信じる者と従わぬ者、そして異教の者の三者の構図で整理すると理解しやすいと言われているようだが、素直にクライム・サスペンスとして楽しめる。
◇
話の組み立て方と不安感の盛り上げが秀逸だ。
冒頭の娘の失踪シーンに至るまでの、キャンピングカー車内からの視線ショット、住宅街に降りだす激しい雨、ケラー(ヒュー・ジャックマン)のトラックの車内にぶら下がる十字架。
そして夜のダイナーで寛ぐロキ刑事(ジェイク・ギレンホール)が登場すると、事件が起きて役者が揃ったとなり、グッと気分が高揚する。
舞台となったペンシルバニア州の街並みは、寒そうな日を選んで撮っているのか、一度も太陽光は差さない。
どんよりとした街を単身で捜査するロキ刑事の姿は、どことなくヴィルヌーヴ監督の『ブレードランナー2049』でライアン・ゴズリングが演じた捜査官とも重なる。
序盤に仕込んだ伏線の数々は、後半できれいに回収されていくので、観ていてとても気持ちよく、長尺でも飽きさせない。
レビュー(ここからネタバレ)
分かりやすく、登場人物ごとに整理してみた。ネタバレなので、未見の方はご留意願います。
◎アレックス・ジョーンズ
容疑者① キャンピングカーの青年
最初の容疑がかかるアレックス(ポール・ダノ)は、夜の路上で警官に囲まれキャンピングカーで逃亡を図り、その風貌からも怪しさ十分。
知能は10歳程度しかなく、証拠不十分で釈放されるが、ケラーだけが聞いた彼のつぶやき「ボクがいる間には泣かなかった」が、ケラーに彼の犯行を確信させる。
◇
更に、娘たちが失踪前に歌っていた替え歌を、釈放されたアレックスが口ずさんでいたことで、ケラーは意を決し、彼を使っていない古い自宅に監禁し、私刑により自白を迫る。
口を割らない彼に激高し金槌を振り上げるケラーはまるで『X-MEN』のウルヴァリン。だが、執拗な拷問で顔の原型をとどめなくなったアレックスをみると、誤認拉致監禁の空気が漂う。
◎ボブ・テイラー
容疑者② 子供服を買い漁る不審な男
失踪少女の発見を祈るキャンドルナイトにいた挙動不審な男として、急に浮上した容疑者ボブ・テイラー (デヴィッド・ダストマルチャン)。
ロキから必死で逃走したり、子供服を買い漁っていた目撃証言も得られたりで、彼も十分に怪しい。
◇
ボブの自宅を突き止めたロキが家宅捜査をすると、壁一面には迷路が描かれ、部屋に無造作に置かれた大きな箱からは血の付着した子供服とヘビが大量に。
そして「迷路を全部解いたら帰っていい」のメッセージ。その後逮捕されたボブは、取調室で頭を撃ちぬいて自殺。
彼の描いた迷路の意味は分からずじまいだが、押収品には少女たちの衣服も含まれ、殺害された可能性が高まる。
◇
ところで、ボブの逮捕前に、ケラーら被害者宅に不審なフード男が侵入するシーンがあるのだが、それは少女の衣服を盗む目的だったことがロキの捜査で判明する。
逃走経路にはウサギの靴下。ボブの裏庭からは豚の血で染まった衣服とマネキン。殺人ごっこなのか。ならば、少女は生きている?
◎神父の家の地下室のミイラ化死体
ロキが近隣の性犯罪者リストから訪ねた神父の家の地下室から発見したミイラ化した男の遺体(この町の家にはみんな地下室があって怪しさ満点)。キャスティングも不明な遺体だが、重要な役。
この遺体は何人も子供を誘拐しては殺してきた男だと神父は自白するが、遺体にあった不思議な模様のペンダントは、ボブ・テイラーの描いた迷路と同じデザインだと後にロキが気づく(初見で見抜いた人は鋭い)。
◇
ではなぜ、この二人が繋がるか。実はこの遺体こそ、アレックスの叔母ホリー・ジョーンズ(メリッサ・レオ)の亡夫で、ボブは(そしてアレックスも)26年前にこの夫妻に誘拐された少年だったのだ。
ボブがヘビや迷路(蛇行する)に執着するのは、ヘビを飼っていたこのミイラ男に育てられたからなのか。神父に続きヘビ登場で宗教色が濃厚。
◎ホリー・ジョーンズ
アレックスの叔母
ケラーの娘アンナと共に失踪していた友達が、ついに路上で救出される。彼女が病室でケラーに語った、「逃げた家にはあなたもいた」という一言で、彼はホリーの家に急行する。
ホリーは、映画序盤ではアレックスを擁護するただの堅物なおばさんだが、ケラーの二度目の訪問でついに正体をあらわす。
◇
いや、見た目とのギャップが怖い。キャンピングカーでパンフレットを配り回るほど信心深かったジョーンズ夫妻だが、息子を亡くしてから誘拐を繰り返すようになる。
子供を消し去ることが神に対する戦い。子供をさらって信者を魔物にしてやるのだと。
ああ、ケラーも魔物になって、罪のないアレックスを痛めつけてしまったではないか。
銃を向けられたケラーは、怪しい薬物を大量に飲まされ(ヘビ毒か)、アンナの無事も分からぬまま、地下室に幽閉されてしまう。廃車同然のトランザムの床下というロケーションも効果的。
◎ケラー・ドーヴァー
娘を誘拐され私刑も厭わず犯人を追う
ケラーは「備えよ常に」を信条に、合理的な行動ならば躊躇なく行動する敬虔なクリスチャン。
頭数が増えた鹿を撃つことは残酷ではないと息子に説くように、娘を救うためなら釈放されたアレックスに暴力をふるうことも正当化する。
神に背く行為だが、アレックスを暗闇に監禁したケラー自身が、皮肉にも最後にはホリーに漆黒の地下室に放り込まれ、そこでアンナの落としたホイッスルをみつけ、娘のために神に祈るのだ。
◎ロキ刑事
敏腕刑事、女児誘拐事件を追う
ロキ刑事は、名前或いは指輪や首のタトゥーからも、異教の人だ。ついでに、同僚とも全く行動を共にしない、孤高の人でもある。
アレックスを監禁から保護したことを伝えに訪れたホリーの家で、ミイラ遺体の正体を知り、敏腕刑事は全ての真相に気づく。
ホリーとの撃ち合いのあと、傷つきながらも、薬物注入されたアンナをクルマに乗せ、視界の悪い雪の夜道を病院まで激走する。このシーンは息もつかせぬハラハラ感だ。
どうにか無事にアンナが助かり、まさにヒーローとなるが、捜査途上で疑っていた(自宅地下室の使いかけアルカリ剤が発端?)ケラーがまだ見つかっていない。
◇
さて、ここから結末までの運びが実に洗練されている。娘の笛という小道具が効いた、控えめな演出とキレの良さが最高だ。
これまでろくに協力することのなかった二人だが、やっと救われた思い。何度見ても面白い映画なのだ。