『ファーストラヴ』
島本理生による直木賞を受賞した同名原作を北川景子主演で堤幸彦監督が映画化。就職活動中の女子大生が実父を刺殺した。動機は、そちらで見つけてください。
公開:2021 年 時間:119分
製作国:日本
スタッフ 監督: 堤幸彦 原作: 島本理生 『ファーストラヴ』 キャスト 真壁由紀: 北川景子 庵野迦葉: 中村倫也 真壁我聞: 窪塚洋介 聖山環菜: 芳根京子 聖山那雄人:板尾創路 聖山昭菜: 木村佳乃 小泉裕二: 石田法嗣 賀川洋一: 清原翔 真壁早苗: 高岡早紀
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
父親を殺害した容疑で女子大生・聖山環菜(芳根京子)が逮捕された。
彼女の「動機はそちらで見つけてください」という挑発的な言葉が世間を騒がせる中、事件を取材する公認心理師・真壁由紀(北川景子)は、夫・我聞(窪塚洋介)の弟で弁護士の庵野迦葉(中村倫也)とともに彼女の本当の動機を探るため、面会を重ねる。
だが、二転三転する環菜の供述に翻弄されていく。真実が歪められる中、由紀はどこか過去の自分と似た何かを感じ始めていた。
由紀の過去を知る迦葉の存在、そして環菜の過去に触れたことをきっかけに、由紀は心の奥底に隠したはずの「ある記憶」と向き合うことになる。
レビュー(まずはネタバレなし)
罪悪感のある人間にしてください
島本理生による直木賞を受賞した同名原作を、堤幸彦監督が映画化。
主演の公認心理師・真壁由紀を北川景子、彼女が対峙する殺人容疑者・聖山環菜を芳根京子が演じる。2020年に真木よう子と上白石萌歌の共演でNHKがドラマ化したばかりだが、人気作品にはよくあることか。
◇
アナウンサー志望の女子学生が就職活動に失敗し、画家の父親を刺殺する。衝撃的な事件から物語は始まり、世間を騒がす<美しすぎる殺人者>に、由紀と、弁護士である義弟の庵野迦葉(中村倫也)が向き合い、彼女の心の奥底を解き明かしていく。
映画も原作もミステリー仕立てにはなっているが、犯人探しの正統派というよりは、なぜ事件が起きたかを掘り起こしていく心理劇に近い。
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「動機はそちらで見つけてください」という環菜の台詞が、映画の中での世間でも、現実世界の本作の予告編でも、一人歩きし、彼女は何を企んでいるか分からない虚言癖の女として描かれる。
「動機はよく分かりません。私が教えてほしいくらいです」と言ったはずなのにと彼女はいうが、マスコミが炎上狙いで少し手を加えたのだろう。
ニヒルな弁護士の迦葉が由紀に、「聖山環菜の本を出すんだって?義姉さん、下手にあの娘に手を出すと怪我をするよ」と言ったり、その環菜が「私をちゃんと罪悪感のある人間にしてください」と由紀に手紙を書いたり。
原作にもあったか記憶に定かではないが、予告編に好まれそうな、わりとキャッチ―なフレーズが散りばめられている。
キャスティングについて
本作の主要キャストは、四名。主人公の公認心理師・由紀、その夫で写真家の我聞、義兄弟の弁護士・迦葉、そして容疑者の環菜。いずれも配役はとても良かった。
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複雑な家庭環境で育ち、屈折した思春期を送ってきた環菜を演じる芳根京子は、従来の健康的で明るいイメージを脱してあまり今までにみないキャラクターを熱演。正体を読ませないことに徹しながらも、終盤では迫真の演技が観る者の心を動かす。
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そんな彼女に自分の過去を重ねてしまう由紀を演じたのが北川景子。留置所の面会室で環菜と向かい合うと、二人とも容姿が整い過ぎて、少し嘘くさいのが難点。
だが、主役だけあって、本作ではよく動き、よく叫び、正義を貫く姿が決まっていた。学生時代の回想シーンの彼女もまた美しい。焼肉屋の断髪シーンは笑ったけど。
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女性陣が<動>なら、本作の男性陣は<静>。弁護士の迦葉は女にモテて、世間に斜に構えて、常に薄ら笑いしているというのが、原作を読んだときの印象。
なので、中村倫也はピッタリの配役だと思ったが、その通りだった。仲の良い兄貴とは義兄弟で、由紀とは学生時代に少し付き合っていたという設定も、彼なら無理がない。
そして、ここまでの三人はみな、生まれ育った家庭環境にトラウマを抱えている。
唯一、まともな家庭で愛されながら育ったのが、由紀の夫の我聞。戦場カメラマンのような仕事もしてきたが、妻の仕事を支えるために、街の写真店をやり、主夫業もこなす。
ただ優しいだけの亭主に見えたが、優れた洞察力と包容力がある。実は、この役を窪塚洋介が演じると知って、原作のイメージからはミスキャストではと懸念していたのだが、まったく失礼な話だった。
ひげとメガネのおかげもあって、彼の華やかなオーラを見事に消し去って、この役を演じきっている。個人的には、四人の中で一番ハマリ役だったと思う。堤幸彦監督と組んだ『池袋ウエストゲートパーク』で見せた尖ったキャラのキングも、大人になっているのだ。
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さて、これだけ俳優の皆さんが健闘している本作なのだが、残念なことに、私には原作を読んだときに感じとった興奮や感動が、実はあまり感じられなかった。
それは、先に本を読んでいるからだろう? そうかもしれないが、違う気もする。その辺を次の項でもう少し探ってみたい。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
感じ方が異なったのはなぜだろう
原作と映画で何が違うのだろう。本を読んだ時のおぼろげな記憶を思い起こしてみても、決定的に違うものは正直見当たらない。
臨床心理士(原作)と公認心理師(映画)という言葉の響きの違いか。あなたは弁護士でも医者でもないんでしょう?と環菜の母・昭菜に由紀が邪険に扱われる場面がないことか。迦葉と弁護士事務所の女性スタッフとの恋愛話が割愛されていることか。
うーん、どれも些末なことだ。由紀が父親の少女買春を知り、それを黙認する母親にも嫌悪し家を出たのは理解するが、環菜と似た境遇というにはちょいと手ぬるいように思う。原作でもこの程度だったかな。
映画ならではの表現はどこかにあっただろうか。デッサン教室で環菜の脇に立たせる男性の全裸モデルと、食い入るように絵を描く大勢の男子学生。この構図と実際に描かれたデッサン画は、映像でみると確かにおぞましさが伝わる。
ほかはどうだろう。ガラスひとつで向かい合う留置所の面会室は、やたら広くて健全なイメージだったが、映画的な効果からは、もっと狭く、薄暗くするべきではないかと思った。黒沢清監督がロケハンでみつけてくるような、およそ面会室にはみえない廃屋のような場所とか。
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メインキャストの四人は良かったが、それ以外の配役は、少々キャラが漫画的にデフォルメされすぎに感じた。
例えば環菜の両親。殺された父親の画家・聖山那雄人(板尾創路)はぶっきらぼう過ぎるし、母親の昭菜(木村佳乃)は実の娘に、一生かけて償ってほしいと、検事側の証人に立つような人物である。
原作通りなのは承知のうえだが、そのままキャラを映像化すると、コントになってしまう。敢えてそうしているのか。
内容を噛みしめる余裕がない
映画は原作の物語を破綻なく押さえてはいるが、話を追うことを急ぎ過ぎて、余韻を残してくれない。これはある。
緩急自在に進められる読書と比較するのは酷だが、由紀と迦葉が傷を持つ者同士で惹かれ合い、そして傷つけあって別れてしまう過去も、描かれ方が淡泊すぎる。
捜査のようにやっと環菜の過去を知る人物を探しあてては進みというプロセスも、あまりに順調に進んでしまうし、裁判もあっという間に判決まで行ってしまう。
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法廷ドラマではないので限界はあるだろうが、あの裁判内容では、仕事をしていたのは検事だけに見える。弁護士の迦葉の仕事ぶりで記憶に残っているのは、スライドを手元のスイッチで替える仕草がマジシャンのようにカッコよかったことだけだ。
特に理解できなかったのは、映画の中盤、面会室で環菜が由紀に「私、お父さんを刺してなんかいません」といい始めた時には、インサートショットで空の太陽が雲に隠れる(不吉な予感)。そして、裁判が終わり、判決が出たときには逆に、雲が晴れて太陽が現れる様子(つまり吉兆)が挿入されることだ。
無罪判決を勝ち取ったのなら分かるけれど、実刑8年って敗訴ではないのか? 公判途中から、無罪で争いにいったから、やはり迦葉の心配したように、裁判官の心象を悪くしたのか。その辺は語られないのだが、この二つの太陽ショットは、何か的外れな気がしてならない。
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最後に見せてくれる事件の真相シーンも、原作通りで嘘も破綻もない。だが、あまりにうまい具合に、不慮の出来事で人が死んでしまう様子は、どこかテレビの刑事ドラマの再現シーンを思わせる(例えば『遺留捜査』みたいな)。なんでも、クリアに全部映せばいいものではない。
おまけにエンディングは、セリフとUruによる主題歌がかぶさるのだ。本当にテレビドラマに見えてしまう。歌そのものは悪くないのに。
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なんだか、評点のわりには、厳し目のコメントばかりになってしまったが、原作読まずに観ると、結構面白いのかもしれない。俳優陣もみな、いい仕事をしているし。
個人的には、もっと芸術志向に振った演出で観てみたかったけれど。