『アイアムレジェンド』今更レビュー|地球最後の男はオメガマンからジェミニマンへ

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『アイ・アム・レジェンド』
 I Am Legend

リチャード・マシスンの原作をウィル・スミス主演で三度目の映画化。マンハッタンひとりぼっち

公開:2007年 時間:100分  
製作国:アメリカ

スタッフ 
監督:     フランシス・ローレンス
原作:      リチャード・マシスン
       『アイ・アム・レジェンド』
キャスト
ロバート・ネビル:   ウィル・スミス
アナ:        アリシー・ブラガ
イーサン:    チャーリー・ターハン
アルファ・メイル:  ダッシュ・ミホク
ゾーイ・ネビル:サリー・リチャードソン
マーリー・ネビル:  ウィロー・スミス
アリス・クルピン:  エマ・トンプソン

勝手に評点:3.5
 (一見の価値はあり)

(C)2007 Warner Bros. Entertainment Inc.

あらすじ

ウイルスが突然変異し全人類がゾンビのような怪物じみた存在に変わり果ててしまってから3年。

ウイルスへの免疫を持っていたため唯一生き残った科学者ネビル(ウィル・スミス)は、ニューヨークで孤独なサバイバル生活を送っていた。

昼は缶詰などの食料品を調達しつつ、他の生存者の存在を信じて無線で呼びかけ、夜は要塞化した自宅の地下室で怪物を人間に戻すワクチン開発に励む。だが、そんな彼の日常を狂わす事態が発生する。

今更レビュー(ネタバレあり)

ウイルス感染で人類のほとんどが死滅した世界の中で、怪物になり果てた連中からの攻撃から耐え、たった一人生き抜いている男。

ディザスター世界でのサバイバルSFとして、これまで何本もの映画が作られてきてはいるが、1954年にリチャード・マシスンにより書かれた原作” I Am Legend”は、その分野での古典といってよい。

もともとは怪物の特徴に合わせて「吸血鬼」という題名で日本でも出版された本書は三度映画化され、その都度「地球最後の男」、「アイ・アム・レジェンド」と改題されている。

二度目の映画化にあたる、チャールトン・ヘストン主演の『地球最後の男オメガマン』が有名であったが、舞台をLAからNYに移してウィル・スミスを主人公に起用した三作目が、今回レビューする『アイ・アム・レジェンド』ということになる。

(C)2007 Warner Bros. Entertainment Inc.

先ほども触れたように、大都会で自分だけが生存者で、みんな死滅した世界というのは、映画の設定としては割合よく見かける。

ウイルス起因なら、ダニー・ボイル監督の『28日後』(2002)、邦画なら小松左京『復活の日』(1980)とか。特に前者は、死滅してゾンビ化しているという点も本作と共通する。

そもそも、ゾンビ映画というのは、すべからく本作の派生商品であるといっても過言ではないのかもしれない。

もとは怪物が吸血鬼だったマシスンの原作が、ロメロ『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』に影響を与え、ついには、この映画でもゾンビのような連中を登場させてしまうのだから、誰が本家なのかよく分からない状況になっている。

(C)2007 Warner Bros. Entertainment Inc.

<地球最後の男>の話なのだから、基本的には主人公と怪物たちしか出てこないはず。確かに、本作でも回想シーンを除けば、終盤まで主人公ロバート・ネビル(ウィル・スミス)と愛犬のサムしか登場しない。

そういう環境の中で、いかに観客を飽きさせずに物語を進行させるかが腕の見せ所だろう。同じような設定の映画『ザ・ウォーカー』(2010、デンゼル・ワシントン主演)は、私にはとんでもなく退屈だったが、はたして本作はどうだろう。

結論からいうと、そんな心配はなかった。ウィル・スミスが愛犬と一緒にゾンビ連中(ダーク・シーカーと呼ばれる)を避けて生活している日常のシーンだけで、十分面白いのだ。

何たって、舞台がNYだ。何年も人が住まず、雑草が生い茂って別世界と化しているタイムズスクエアや、感染を防ぐために軍によって破壊されたマンハッタンにかかる橋などが、見たことのない風景として目を引く。

見渡す限り誰も歩いていないNYの町並みが、VFXなのだろうけど、めちゃくちゃ楽しい。いや、実際に町を封鎖して撮影したという情報もあるぞ。ホントか。

原作や過去の映像化で舞台になっているLAは、あまり人が歩いていない町だが、舞台を移したNYは人工密集地だから、映像インパクトが相当大きくなっているのは事実。

日中は誰もいない町で、FORD GT500を駆って愛犬とハンティングしたり、軍用機の上でゴルフの打ちっぱなしに興じたりと、自由を満喫するネビルだが、ひとたび日が沈めば、状況は一転する。

陽光を浴びると蒸発してしまうダーク・シーカーたちが、夜になると攻撃をしかけてくるからだ。

  • 日中でも光の入らない廃工場に愛犬が入り込んでしまい、敵の餌食になりそうになる(ダーク・シーカー初登場の)場面
  • ネビルが罠にかかって身動きが取れなくなったまま、日没が近づいてくる場面

じわじわと怖がらせる演出もなかなか冴えている。

『ロード・オブ・ザ・リング』ゴラムを大きく狂暴にしたようなダーク・シーカーたちは、陽光や銃撃によって倒すことはできる。

だが、感染によって仲間を増やしていくほか、ゾンビのようにフラフラと歩くのではなく動きは俊敏で、おまけに、マネキンを置いたりクルマとロープを使って罠を仕掛けたりと、それなりの知能もある。これが大勢襲ってくるとなれば、かなりの脅威である。

ネビルはただの軍人ではなく、科学者としてこのウイルスを無力化させることができないか、研究を続けている。

(C)2007 Warner Bros. Entertainment Inc.

感染が広がりNYの町を封鎖しようという時に、必死の思いで避難させた妻と子が、退避するヘリの事故で死んでしまう。

家族を失ったネビルは、愛犬サムだけを話し相手に、憑かれたように研究を進める。そこに、何年かぶりに出会った生存者のアナ(アリシー・ブラガ)と息子のイーサン(チャーリー・ターハン)が現れる。

母子は、ネビルの放送を聞いて、彼に会いに来たのだ。そして、アナはネビルに、NYを離れて生存者の暮らすコロニーに行こうと持ち掛ける。

このアナというキャラの登場あたりから、原作とは方向性が大きく変わっていく。原作にも、ネビルのもとに女性が現れるのだが、彼女は新人類のスパイなのだ。

さんざん、人類の生き残りとして抵抗してきたネビルだが、ついに敵の手に落ち、「自分こそが相手にしてみれば、旧人類の中の伝説の男なのだ(I am Legend.)」 と独白するのである。

ところが、映画では研究の末、ついに完成させた血清をネビルはアナに託して死んでいく。アナがコロニーに運び込んだ血清によって、人類は再び息を吹き返す。

「私たちはレジェンドに救われた」という風になって映画は終わる。これが悪いとは言わないが、その内容だと”He is Legend.”というタイトルになるのではないかと気になってしまう。

サファリパーク化したマンハッタンだけでも、観る価値は十分にある作品。続編の話はまだ生きているのかな。