『リアリズムの宿』今更レビュー|童貞が恋愛映画撮っちゃいけないのかよ

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『リアリズムの宿』

山下敦弘監督と脚本家向井康介が贈る、ダメ男二人組の冴えないロードムービー。

公開:2004年 時間:84分  
製作国:日本

スタッフ 
監督・脚本:      山下敦弘
脚本:         向井康介
原作:         つげ義春


キャスト
坪井小介 :      長塚圭史
木下俊弘 :      山本浩司
川島敦子 :     尾野真千子
宿男主人 : サニー・フランシス
喫茶店の中年男 :   康すおん
船木テツヲ :     山本剛史

勝手に評点:3.0
 (一見の価値はあり)

あらすじ

ある冬の日。駆け出しの映画監督・木下(山本浩司)と脚本家の坪井(長塚圭史)は、共通の知人である俳優・舟木に誘われ、東京を旅立って鳥取のとある駅へ。だが発起人の舟木は来ない。

ほとんど面識のない木下と坪井は途方に暮れながら舟木を待ちつつ、当てもない旅を始める。

その矢先、海岸を歩いていた二人の前に裸同然で走ってきた若い女性が倒れ込む。その女性・敦子(尾野真千子)は何を思ったか冬空の下で泳いでいたところ、服も荷物も海に流されてしまったという。

レビュー(ここからネタバレ)

アニメとはいえ近作『化け猫あんずちゃん』でも山下敦弘監督の描く脱力系の主人公には、相変わらず才能を感じた。こうなると初期の<ダメ男三部作>も観てみたくなる。本作を鑑賞したのは実に20年ぶりなので、初見のように楽しめた。

ネクラそうな若者二人の覇気のない会話が続くだけだが、オフビートな笑いについ声を出して反応してしまうほど。もっとも、原作のつげ義春によるところも大きいのだが。

映画は冒頭、鳥取県JR因美線国英駅の小さな駅に降り立つ若者二人。てっきり映画研究会か何かの大学生だと思っていたが、一応駆け出しのプロのようだ。映画監督の木下(山本浩司)と脚本家の坪井(長塚圭史)

二人は初対面だが、共通の知人で俳優の船木が待ち合わせにこない。どうやら、新作のロケハンか何かで、この辺鄙な町に訪れた模様。寝坊してすぐに来られそうにない船木を置いて、二人は温泉街を旅することになる。

©2003 ビターズエンド・バップ・ぱる出版

船木との電話で、「俺の方が彼より年上?」と、威張れるかどうかを気にする器の小さい木下いまだ童貞で恋愛論を熱く語るような純情な男だが、ひがみっぽいところもある。

『どんてん生活』『ばかのハコ船』そして本作と、<ダメ男三部作>にすべて主演の山本浩司。余人をもって代え難い、ひねくれた若者キャラがいい。

一方、つい最近、6年同棲していた女と別れたばかりという坪井は、言葉の端々に木下に対する優越感みたいなものが感じられる。相手は年上だが、会話はほぼ対等。

長塚圭史は基本的には演劇の人だが、映画で主演するのは本作が初か。坪井は木下と対照的に芸術家風な風貌。

二人がはじめに泊まる旅館は、比較的まともな温泉宿。だが、渓流釣りをするもまるで釣れず、突如現れた日本語のメチャクチャ堪能なガイジンから高値で魚を買って戻ると、なんとそいつが宿の主人。

その後も、無断で持ちこんだウィスキーがいつの間にかこの主人に飲まれていたり、露天風呂が温泉ではなく、ただの五右衛門風呂だったりと、脱力系の笑いがいい感じで続く。

三木聡監督系のゆるい笑いとはまた違う、正統派のくだらなさがあってよい感じ。ただ、この旅館に出てくるエピソードはほぼ、つげ義春の原作『会津の釣り宿』に描かれているものだ。

©2003 ビターズエンド・バップ・ぱる出版

二人が砂浜で海を見ていると、手ブラ姿で走ってくる若い女。服も鞄も全部海に流されてしまったという裸の女が、東京から来たという21歳の敦子(尾野真千子)。いよいよもってナンセンス。

尾野真千子のヒロイン登場とはいっても、トップレスで砂浜をかけてくるシーンは、背中から、それも超遠景ショットだけでだし、三人が旅館の大浴場で混浴の場面にも色っぽさは皆無。

男二人に女一人の黄金比だというのに、恋愛に発展しそうなムードは微塵も感じさせないまま、敦ちゃんは衣食住の世話になったあと、何も言わずにバスに乗って去っていく。

この映画は男二人が温泉宿を旅しているだけで、ドラマになりそうな要素は次々と出ては消えてしまい、まるで発展しない。

喫茶店で出会った怪しげだが妙に親切な男も、二人を自分の家に連れて帰り泊まらせてくれるのだが、クルマに乗れずに置き去りにする娘も、ヤンキー風の息子も、意味ありげにみせておいて、ドラマとしては何にも繋がらない。

一体どんな物語なのだと不思議に思ったところに、最後に登場するのが、民家の和室を宿に提供するだけの木賃宿。それもおそろしく部屋は狭いし、家風呂はカビだらけ。居間には死にそうな老人や病人までいる。

これはすぐにでも逃げ出したい宿だ。これがつげ義春のいう、リアリズムなのだな。

あまりに劣悪な環境のツインの部屋に泊まる二人は、すっかり逆境を楽しむようになり、共通の友人・船木のことなど忘れ、二人で友情を育む。「次回作ではぜひ、一緒に組もう」などということになる。

そして翌朝、21歳東京出身だったはずの敦子は、なぜか制服姿で登校中の女子高生の群れの中にいる。二人に気づいた敦子が、ほんの少しだけ、手を振るのが印象的だ。

©2003 ビターズエンド・バップ・ぱる出版

ラストシーン、ようやく船木(山本剛史)が町に現れるが、もはや彼を待つこともなく、二人はそれぞれの道を歩みだしている。

観終わった後の感動も満足感もとりたててあるわけではないが、日本のひなびた温泉宿のロードムービー的な味わいが何とも言えずよい。

うまい料理も風光明媚なスポットもイケてる露天風呂もろくに登場しないが、妙に旅情をかき立てる作品だった。