『神は見返りを求める』
『空白』の反動で、思い切りゆるいラブストーリーを撮ってしまった𠮷田恵輔監督。でも毒気は失われていない。
公開:2022 年 時間:105分
製作国:日本
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
合コンで出会った、イベント会社に勤める田母神(ムロツヨシ)と、YouTuberのゆりちゃん(岸井ゆきの)。再生回数に頭を悩ませるゆりちゃんを不憫に思った田母神は、見返りを求めずに彼女のYouTubeチャンネルを手伝うようになる。
それほど人気は出ないながらも、力を合わせて前向きにがんばっていく中で、二人は良きパートナーとなっていく。
しかし、あることをきっかけにやさしかった田母神が見返りを求める男に豹変。さらにはゆりちゃんまでもが容姿や振る舞いが別人のようになり、恩を仇で返す女に豹変する。
レビュー(まずはネタバレなし)
前作からの反落か反騰か
傑作だったがめちゃくちゃ重たかった『空白』(2021)の公開時インタビューか何かで、𠮷田恵輔監督が、次は反動で思い切りバカな作品を撮りたいと語っていた。それが本作だ。
確かに前作とはまったく異なるテイストだが、長年のファンには、𠮷田恵輔監督がホームグラウンドに戻ってきた感がある。
◇
冒頭は覆面YouTuberよる配信から始まるが、その前に配給会社のPARCOのクレジット・ロゴがYouTube広告として表示され、まだ本編上映前かと混乱しそうになる。『犬猿』(2018)で映画宣伝をパロッた手法を思い出した。
ここで、歓楽街の路地で男女に絡まれてボコられている男を、覆面YouTuberが興奮して撮り続け、最後には自分もエアガンで悪を成敗しに参戦する。このシーンの意味は、終盤までお預けとなる。
◇
そして舞台は合コンの飲み屋に変わる。男性陣には、どう見ても数合わせで連れてこられた、イベント会社のお人好しな先輩・田母神(ムロツヨシ)。女性陣には、コールセンターに勤務し、イタい不人気動画を制作・配信している底辺YouTuberの優里(岸井ゆきの)。
参加者から浮き上がった二人だが、悪酔いする優里を田母神が介抱したことから親しくなり、田母神は優里のYouTubeチャンネルの再生回数を増やすために無償で手伝うようになる。
見返りを求めている訳じゃないんだ
会社の倉庫にあった廃品の着ぐるみ(命名:ジェイコブ)を提供したり、クルマを調達したり、編集や文字入れをしたりと、「見返りを求めている訳じゃないんだ」と番組作りに無償でつきあってくれる田母神を、優里は神のように崇める。
数字は一向に伸びないが、二人には充足した日々に見えた。え、これって、冴えない男と変わった女の恋愛もの? そう思っていると、ちょっと風向きが変わってくる。
そりゃ、そうだ。𠮷田恵輔監督×ムロツヨシ×岸井ゆきのという組み合わせで、ぬるい恋愛ものになる筈がない。「心温まりづらいラブストーリー♡」と、自ら謳っているではないか。
合コンを仕切っていたイベント会社の後輩・梅川(若葉竜也)の紹介で、優里は人気YouTuberのチョレイ(吉村界人)とカビゴン(淡梨)と親しくなる。
彼らの体当たり系配信番組でボディペイントに挑戦した優里は、そこから人気に火がつき始め、デザイナーの村上アレン(栁俊太郎)に自分のチャンネルにも協力を得ることで、人気YouTuberの一員となる。
結局、センスも悪く、人の善さだけが取り柄だった田母神は、体よく優里にお払い箱となる。恩を仇で返された<田母神は見返りを求める>ことに執念を持ち始める。
キャスティングについて
主人公の田母神にムロツヨシ。公開順では彼の初主演作が『マイ・ダディ』(2021、金井純一監督)となるが、クランクインは本作のほうが早い。
直前の仕事『川っぺりムコリッタ』(9月公開予定)で荻上直子監督から、「ムロツヨシ要素はいらない」と言われたことが、本作にも影響したと本人は語っているが、確か『ヒメアノ~ル』(2016)でも𠮷田監督から同様の指示があったのではなかったか。
結果、いかにも福田雄一監督が好みそうなムロ的アドリブは封印されており、後半で人格が変わる怖さに繋がってくる。報復合戦がエスカレートしていく後半戦の田母神からは、『ナイトクローラー』(ダン・ギルロイ監督)でジェイク・ギレンホール演じるパパラッチカメラマンのような狂気を感じる。
そして、同様に後半戦で人格豹変するYouTuberゆりちゃんに岸井ゆきの。『銀の匙 Silver Spoon』(2014)以来の𠮷田監督作品か。同作の牛の直腸検査への挑戦で、女優根性を買われたのか。
周囲からは白い目の底辺YouTuberでフラフープしながらナポリタン食べに挑むような不思議ちゃんも似合うが、岸井ゆきのは、やはり後半戦で俄然存在感を発揮。
「田母神さん、売上好きに使っていいって言いましたよねえ? 見返りは求めないんですよねえ?」
売れっ子の顔との使い分け。言うことは全部正論だから、この小賢しい女に、口下手なお人好しは歯が立たない。ああ、フラスト溜まる。
そして両者の間をうまく渡り歩いて、互いの悪口をココだけの話といいながら囁き、自覚なく喧嘩を煽っている、田母神の後輩、梅川に若葉竜也。
岸井ゆきのと若葉竜也といえば、今泉力哉監督の『愛がなんだ』(2019)を傑作に引き上げた名コンビではないか。愛一筋に生きていた二人が、こんなキャラでご対面というのも面白い。若葉竜也の天然のダメ男ぶりがまたよい。
人気YouTuberのチョレイ(吉村界人)とカビゴン(淡梨)は、EXIT風ないかにもなキャラクター。この二人、ホントにその業界の人だと思っていたくらい似合っていた。
さらに、優里をサポートする新進気鋭のデザイナー村上アレンに、いつもクールな栁俊太郎。ドラマ『いつかティファニーで朝食を』以来、気になる俳優なのだが、今回は重要な役なので嬉しい。みんなが感情的になるなか、村上アレンだけが数字を求めて冷静なのも彼らしくてよい。
言いたくないけどさ
<見返りを求める男>と<恩を仇で返す女>のを描く作品を考えたとき、どうしても男はみみっちくてセコイ奴になる。だって、前半でカッコつけてた部分を、後半で「言いたくはないけど」とすべてネチネチと愚痴る展開になるわけだから。
そして女の方も、憎たらしい部分を発揮させながらも、どこか悪女になりきれない部分を残せる女優でないといけない。その意味では、ムロツヨシと岸井ゆきののタッグは、適材適所だと思った。
企画段階ではその予定ではなかったそうだが、題材をYouTuberにするという判断もよい。話に広がりや即効性が感じられるし、「映画やドラマのように残るメディアが偉くて、一過性のYouTube動画は劣るのか」という問いかけも生きている。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
器の小さな男です
クドカンにしても、坂元裕二にしても、現代をえぐるような優れた脚本の書き手は、器の小さい男を描くのがうまい。𠮷田恵輔もまた、長年そういう人物を撮ってきたが、本作の田母神も、実にいい感じに器が小さい。
最初は下心もなく、純粋な親切心だったのだろう。着ぐるみを調達し、クルマをだし、ロケ地を探し、編集も手伝う。全て無償の行為だ。優里が無知にも、田母神の馴染みの焼肉店の裏メニューの生レバ刺しの動画をアップし、休業に追い込んだときも、彼が店主に頭を下げた。
チョレイとカビゴンの人気に便乗したボディペイントの配信で徐々に人気の出てきた優里が、田母神を切り捨てようとしたのは分かる。ステップアップのためには、古臭いセンスのスタッフは足手まといだろう。
◇
だが、問題は切り出し方だ。この二人は双方の言葉足らずが、次第に修復不可能なまでに関係をこじらせてしまう。ボディペイントの一件で登録者数が急増した喜びを田母神に分かち合おうとしたときの、彼の反応は寒い。
「うん。それはよかったんじゃない。でもさ」
無表情で回答する田母神は、肌の露出で数を稼ぐ優里の手法を拒絶し、伝票をひらつかせてファミレスから去っていく。最初に突き放されたのは、優里の方だった。
有名になっていく優里を呼び出しても、田母神は、見返りをよこせというだけだ。本業の合間を縫って、あれこれと無償で手伝った動画制作。
「見返りって、おカネですか?」
「違うよ!」
実際、彼は金に困っていた。自殺した会社の同僚のために、数百万円の借金の保証金になっていた(善人すぎだろ)。だが、彼が欲しているのは、カネではなく、感謝の言葉だ。ここまで無償で手伝わせておいて、あっさり切り捨てる優里にも当然問題はあり、ボタンの掛け違いは、泥仕合に発展する。
「言いたくないけど、あの焼肉屋の店主に、自腹で示談金払ってんだよ、俺は!」
「あの騒動、よく考えたら、違法な食材出してる店のが悪くないですか?私、被害者なんですけど」
このやりとりは笑ってしまった。このあと、自らも「ゴッティー」 を名乗って優里を攻撃するYouTuberとなる田母神。二人が携帯の自撮り棒でつばぜり合いしながら戦う姿は、笑えるのに、美しい。
炎上に始まり、炎上に終わる
器の小さい男の私としては、田母神の気持ちや、言っていることはとても共感できる。ただ、ムロツヨシがよくやる、あの大声張り上げの恫喝スタイルはよろしくない。これでは、いっきに男の方が悪者にみえてしまう。
生レバ―食レポ動画のSNS炎上がきっかけで信頼関係を強めたかに見えた二人。だが関係はこじれ、思い出の着ぐるみジェイコブを燃やして供養し、過去と訣別する動画を撮ろうとした優里は、着ぐるみのもの悲しい顔で思いとどまる。
だが、一度YouTuberの上に立ってしまった彼女は数字の魅力に勝てず、動画撮影のアクシデントで全身大やけどを負う。バーチャルな炎上にはじまり、リアルな炎上に終わる物語。
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正直、着ぐるみが燃えるシーンあたりから、優里が心変わりしてベタに二人が恋愛関係にでもなったら、どうしようかと心配していた。あまりに大団円すぎるからだ。
だがそこはさすがに人間不信の𠮷田恵輔監督だけはある。円満には終わらせない。最後に一波乱あるけれど、この不穏な終わり方は、本作に合っている。