『ディナー・イン・アメリカ』
Dinner in America
パンクな生き様を貫く不器用な男と女。社会の偏見をぶっとばせ。
公開:2021 年 時間:106分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: アダム・レーマイヤー
キャスト
サイモン: カイル・ガルナー
パティ: エミリー・スケッグス
ケビン(パティの弟):
グリフィン・グラック
ノーマン(パティの父):
パット・ヒーリー
コニー(パティの母):
メアリー・リン・ライスカブ
ベス: ハンナ・マーカス
ベティ(ベスの母): リー・トンプソン
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
過保護に育てられた臆病な少女パティ(エミリー・スケッグス)は、孤独で単調な毎日を送っていた。そんな彼女にとって、パンクロックを聴くことだけが、平凡な人生から逃避できる唯一の楽しみだった。
ある日、パティはひょんなことから、警察に追われる男サイモン(カイル・ガルナー)を家に匿う。
レビュー(まずはネタバレなし)
パンクシーンに捧げるラブレター
できれば予備知識なしで観てほしいと思う。だが予備知識なしには、あまりに嫌悪感が走る冒頭からの不快指数高めな展開に、二人の男女が出会う前に劇場から席を立つか、再生を停めてしまう可能性大だ。
まずはじっと我慢して、二人の運命の出会いまで見守ってほしい。さすれば、道は開かれる。
監督は、過激な内容で物議を醸したお下劣バイオレンス・ホラーの『バニーゲーム』(私は未見です)のアダム・レーマイヤー。監督が<今の自分を形作った背景である90年代のパンクシーンに捧げるラブレター>だと語る本作。
変人扱いされ周囲にいじめられているパンクバンド大好きの少女パティが、生き様そのものがパンクな男に出会い、振り回されるうちに、互いに惹かれ合うようになる異色ラブストーリー。
ただ、そういうカテゴリーだと気づくのは、後半になってからだけど。
冒頭、いきなり吐きまくる男が登場する。一体どこの酔っ払いか麻薬中毒者か、しばらくはこの男・サイモン(カイル・ガルナー)の言動を窺っていると、どうやら新薬の治験バイトだと判明する。
だが途中退場となりカネはもらえず、そこで知り合った女・ベス(ハンナ・マーカス)の家に誘われ、ついていくことに。
そのままいい雰囲気になるのだろうと思えば、なんとベスは家族と暮らしており、いきなりサイモンを交えてのディナータイム。アメフト狂いの父と弟には全く歓待されないサイモン(無理もない)。
◇
だが、家事を押し付けられ欲求不満な母ベティ(リー・トンプソン)は彼を誘惑し、それに気づいた娘は激怒。家族が紛糾するなか、家に火を点けてさりげなく去っていくサイモン。イカれたパンク野郎なのだ。
かつて『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で主人公の若き日の母親役として人気を博したリー・トンプソンが、こういう役で登場するとは意外。ここでもアメリカの古く保守的な家庭の象徴として起用されたのかも。
こちらの家庭の晩餐も辛そう
さて、一方の主人公、ペットショップの冴えない制服姿で動物の糞尿まみれ、ジャージ姿の男子学生にはセクハラされ放題でも文句も言えない孤独で内向的な少女パティ(エミリー・スケッグス)。
過保護の両親と生意気な弟ケビン(グリフィン・グラック)との四人家族だが、こちらのディナータイムも、先ほどの家族にまけず殺伐としており、口喧嘩が絶えない。
◇
面白味のない毎日だが、パティはパンクバンド<サイオプス>の熱狂的なファンで、覆面のボーカル男に、自分の自慰行為のポラ写真同封で詩を毎週送っている。
パティの家もまた保守的で、好きなバンドのライブにも行かせてもらえない。どこかピクサーの新作『私どきどきレッサーパンダ』に似ている。
お待たせしました、ようやく出会いの場面に。カネを稼ぐためにドラッグを売り捌いていたサイモンが、放火犯として警察に目を付けられて逃げ込んだ路地裏でパティと鉢合わせし、助けてもらう。そしてそのまま勢いで、彼女の家に匿ってもらうことになる。
「なんだよ、出会ったあとも何が描きたいのかさっぱり分かんねえよ」という方はもう少し辛抱してほしい。私はそこでようやく光明が差した。
全員ぶっとばせ!
それにしても、この謎めいて無鉄砲な男サイモン、演じるカイル・ガルナーのパンクな雰囲気が最高。『CSI:ニューヨーク』はじめドラマ出演が多く、映画は『エルム街の悪夢』ほかホラー系が主のようだ。本作のサイモンは雰囲気が松田龍平っぽいから、まるでハリウッド版『モヒカン故郷に帰る』のように見える。
一方、エミリー・スケッグス演じるお相手のパティがまた、野暮ったいメガネっ娘キャラ。
「メガネをはずして、髪を解いて、制服脱げよ」とサイモンに言われ従う場面でも、全くもってエロい展開にはならず、女芸人のコントのようだ。『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』の主人公みたいな雰囲気。
パンクロックを題材にしているが、音楽というより、この二人の生き方がパンクそのものなのだ。
全員ぶっとばせ、いなくなれ、私たち以外みんな
劇中でパティが歌う<Watermelon>の曲。家族が揃っても団欒などなく、体裁だけで温かみもなく食欲も失せる食卓。米国の晩餐は、かくも殺伐としているのか。そこから解き放され、自分の赴くままにパンクに生きてほしいサイモンとパティ。
全編通じてパンクが流れる映画は観ていてつらそうだけど、本作はここぞというところだけに出てくるので、良心的かつ効果的だ。
人生はロックだぜとかブルースだとか、音楽に喩えられることは珍しくないが、どれも今まで、しっくりこなかった。だけど本作の二人の言葉は、パンクが苦手な私にも、すっと沁みてきた。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
覆面ボーカルの男とは
公式サイトのストーリー紹介にも堂々と書かれているので、ネタバレではないのだろうけれど、知らずに観た方が楽しめるのでこれまで伏せていたのが、サイモンの正体だ。
彼こそ、パンクバンド<サイオプス>の覆面ボーカル、ジョンQ パブリック(いわゆる、一般市民)、その人。つまり、パティが熱心にオナってる写真と愛の詩を送っていた張本人だったのだ。
サイモンが治験バイトをクビになり、ライブのためにカネを集めなければいけなかったり、パティと短大の音楽講座で以前同じクラスを聴講していたり、或いは私書箱に届く手紙を受け取るシーンがあったりと、それらしい伏線は張られていた。
サイモンはパンクであることに信念を持ち、人気バンドに迎合して一緒にライブを演らせてもらおうと画策するバンド仲間を一喝する。
「パンクバンドが媚びてどうすんだよ!」
そんなサイモンにとって、愛する人のために写真と詩を送り続けるパティの生き様こそパンクだった。
従うな! 従うな!
サイモンの二の腕の太さから、ケンカ上等の腕っぷしに自信ありの男に見えたが、パティをからかうジャージ男二人組にボコボコにされたり、実家ではこれまで出てきた家庭以上に居心地の悪いディナーの場があったりと、意外性のあるキャラなのだ。
だが、当然キメるところははずさないし、借りはキッチリ返す。パンクを扱った『フィッシュストーリー』や『少年メリケンサック』では分からなかった、パンク野郎の心意気が、本作からは伝わってきた。
レンジで温めて無理やり食わせる
毒された野菜と見せかけの肉
食卓を囲む両親の会話が
お前を悲しませる
終わらぬ恐怖にベッドへ逃げ込む
ディナータイム アメリカの晩飯
アメリカのディナーは、一家団欒の場という認識ではないようだ。確かに、ここまで登場したディナーはどれもいただけないものばかり。
サイモンが最後に刑務所の中で食べる食事は、パティの仕送りのおかげでもあるが、これまでで一番楽しめて美味しそうに見える。何とも皮肉な話である。
ラストシーン、バス停に降り立つパティが草原の真ん中でウォークマン片手に音楽を聴き入る姿は、パンクロック界の『リリイシュシュのすべて』だと思った。