『犬猿』
𠮷田恵輔監督が描く、顔も見たくない兄弟同士、姉妹同士の不思議な化学反応。
公開:2018 年 時間:103分
製作国:日本
スタッフ
監督・脚本: 𠮷田恵輔
キャスト
金山和成: 窪田正孝
金山卓司: 新井浩文
幾野由利亜: 江上敬子(ニッチェ)
幾野真子: 筧美和子
向井: 阿部亮平
林: 木村知貴
ボーイ: 後藤剛範
金山家母: 土屋美穂子
金山家父: 小林勝也
幾野家母: 角替和枝
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
印刷会社の営業マンとして働く真面目な青年・金山和成(窪田正孝)は、乱暴でトラブルばかり起こす兄・卓司(新井浩文)の存在を恐れていた。
そんな和成に思いを寄せる幾野由利亜(江上敬子)は、容姿は悪いが仕事ができ、家業の印刷工場をテキパキと切り盛りしている。
一方、由利亜の妹・真子(筧美和子)は美人だけど要領が悪く、印刷工場を手伝いながら芸能活動に励んでいる。相性の悪い二組の兄弟姉妹が、それまで互いに対して抱えてきた複雑な感情をついに爆発させる。
今更レビュー(ネタバレあり)
『恋とな』感動しました!
𠮷田恵輔監督オリジナル脚本による兄弟と姉妹の交錯するドラマ。
自身のフィルモグラフィではいきなり毛色の変わったスリラー『ヒメアノ〜ル』の次作であり、新井浩文が主演のひとりと聞けばまた殺人がらみの話かと思うが、そこまでのバイオレンスはない。
ポスタービジュアルでも明らかなように、窪田正孝・新井浩文・江上敬子・筧美和子の四人が主演のドラマだという程度の予備知識は持って、普通は鑑賞に臨むものだろう。
◇
だから、いきなり出てくるラブコメ映画『恋する君の隣には』の予告編には、まさか本編だとは思わずすっかり騙される。主演は伊藤健太郎と竹内愛紗。
「『恋とな』感動しました!」と試写会コメントまである本格的なニセモノ映像だ。この感想をいう一般人っぽい女性が、売れないタレントの真子(筧美和子)なのである。なんと芸が細かいことか。
自分の作品には最も使われたくない、一般人コメント風を装った予告編。𠮷田恵輔監督はこの無駄遣いともいえるカットの撮影に一日を割いているそうだ。
不要と言われるシーンほど情熱を傾ける主義。そういえば、『麦子さんと』(2013)で堀北真希が夢中になっている少女アニメも、数秒のカットに一話分しっかり作っていたっけ。
仲違いしている兄弟と姉妹
地道に働く生真面目そうな印刷営業マンの若者・金山和成(窪田正孝)と、強盗の罪で逮捕され出所したばかりの、ヤバそうな連中も恐れる兄・卓司(新井浩文)という兄弟。
寝たきりの父に代わって零細印刷工場を切り盛りする社長の幾野由利亜(江上敬子)と、家業を手伝う傍らタレント業にも精を出す妹・真子(筧美和子)の姉妹。
和成は仕事の発注でよく訪れるこの印刷工場の姉妹と接点がある。デブで見てくれの冴えない姉は和成に惚れているが、和成の方は、仕事もできずバカだが胸と容姿が自慢の妹に気がある。
表現が露骨で恐縮だが、映画自体がそういう設定なので悪しからず。
姉の由利亜は和成からの無理な仕事の依頼を受けてあげたことで、一緒に遊園地に行くことに。由利亜は舞い上がるが、後日彼は、交際を始めた真子とも同じ遊園地に行く。
同じアトラクションに乗る和成の表情が、姉の時とはまるで違い、嬉しそうだ。現金なものである。
和成をめぐって姉妹の関係はギクシャクする。ここまでは、いびつな三角関係のような話だが、そこに異分子である兄の卓司が混ざってくる。恋愛関係がこじれる訳ではないが、『さんかく』は形をかえていく。
殴り合いの兄弟喧嘩
和成と卓司の兄弟喧嘩は、基本的に殴り合い、つかみ合いである。出所したばかりというのに、周囲の連中をすぐにボコボコにする。
自分を警察に売ったと疑っているキャバクラ店長(木村知貴)や屈強そうな店のボーイ(後藤剛範、『全裸監督』のラグビー後藤だ)、ベンツのドアこすったと和成を脅迫したチンピラ(阿部亮平)。
起業すると言いだしては、弟の預金を無断で引き出す。これには和成もキレるが、健康食品の輸入販売は当たり、急に卓司は羽振りがよくなる。地道に働く弟を横目に、「リスクを取って俺は成功した」と。
なんか後味の悪い展開になってきたと思ったら、その後、この面倒な兄貴は違法ドラッグで摘発される。
タトゥーの入った新井浩文は、マジで出所したてに見えて怖い。というか、その後に実際に事件を起こして引退したことを思うと、「デリヘル界じゃノーチェンジの卓司で知られている」というギャグまで洒落にならない。
窪田正孝は、兄にガツンとやられて脅える感じがナチュラルでよい。『東京喰種』のカネキ君のように、ギリギリまでいじめられ、最後に窮鼠猫を噛む役をやらせたら、彼はピカイチだ。この二人に関しては、演技も殴り合いも、任せっきりで行けそうな安心感がある。
いがみ合いの姉妹喧嘩
この兄弟に比べると、お笑いコンビ・ニッチェの江上敬子とグラビアアイドルの筧美和子は、さすがに女優は本業ではない分見劣りする感は否めないが、兄弟が肉体のぶつかり合いなのに対して、姉妹は言葉責めや意地悪行為中心なのが面白い。
「やだお姉ちゃん、私が買ったのと同じワンピ。そんな大きいサイズあったんだ」
体型やファッションで姉を愚弄する妹と、妹の要領の悪さや頭の出来を笑う姉。
「あんた半年も英語勉強してて、英語の電話も取れないの?」
妹が親に隠れて出演している着エロ系な映像を、無断で親族一同に見せる姉も陰湿である。
江上敬子はもともと女優志望だというのも肯ける、コントではない演技ができていた。というか、お笑いのひとたちがドラマもイケるのは、『下町ロケット』はじめ一連の池井戸潤原作のドラマや、𠮷田恵輔監督の『純喫茶磯辺』の宮迫博之をみてもよく分かる。
妹に軽蔑される姉を演じる江上敬子に見覚えがあったが、『顔』(阪本順治監督)の藤山直美だった。牧瀬里穂演じる妹をカッとなって殺しちゃうんだ。
江上敬子が尿瓶もってつまずいたときも、同じように妹を衝動的に殺してしまうのではないかと思った。
喧嘩するほど仲も良いのか
顔も見たくない犬猿の仲の兄弟同士、姉妹同士の近親憎悪。付き合っている和成と真子は、自分たちの兄や姉の悪口を言い合うものの、他人である相手から自分の身内の悪口を言われると、どこか気に入らず反論してしまう。
結局は、喧嘩はしても根っこでは兄や姉を慕っているのだ。
姉妹の喧嘩は『リバースエッジ』(行定勲監督)のようで、また兄弟の喧嘩は『ビジランテ』(入江悠監督)のようだが、本作には根底に兄弟愛・姉妹愛がある。
兄弟と姉妹、それぞれの罵り合いが白熱したところで台詞は無音になり、音楽が流れる。格調を感じさせる演出のあとに、姉が尿瓶持ってコケるシーンである。このギャップがいかにも𠮷田恵輔監督の仕事らしい。
兄弟と姉妹を交錯させるところが本作のユニークな点であるが、最後にどちらも救急車を呼ぶ羽目になって病院で遭遇してしまうのは、ちょっと作為的すぎる気はした。
ここで弟と妹に張りあうように、兄と姉に恋愛感情が生まれてしまったり、「兄弟も姉妹もそれぞれ仲良くなりました、めでたしめでたし」で終わったりでは、興ざめだと心配していたが、ほど良く現実味を帯びたエンディングで良かった。