『ディーバ』
Diva
ジャン=ジャック・ベネックスによる音楽と映像とサスペンスの奇跡的な融合。歌姫という名にふさわしい作品。
公開:1981 年 時間:118分
製作国:フランス
スタッフ 監督: ジャン=ジャック・ベネックス 原作: デラコルタ キャスト シンシア・ホーキンス: ウィルヘルメニア・ウィンギンス・ フェルナンデス ジュール: フレデリック・アンドレイ ゴロディッシュ: リシャール・ボーランジェ アルバ: チュイ=アン・リュー サポルタ警視: ジャック・ファブリ ナディア: シャンタル・ドアーズ ポーラ刑事: アニー・ロマン モルティエ刑事: ジェラール・チャイユ 通称「カリブ海」:ジェラール・ダルモン 通称「坊主刈り」: ドミニク・ピノン 興行主シモン: ロラン・ベルタン
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
歌の女神を意味するディーバと呼ばれる黒人歌手、シンシア(ウィルヘルメニア・ウィンギンス・フェルナンデス)に憧れる郵便配達人の青年ジュール(フレデリック・アンドレイ)。
決してレコードを出さない彼女のコンサートを盗み録りしていた彼は、複雑に絡み合った犯罪に巻き込まれていく。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
ベネックス、最初にして最高の作品
2022年1月にジャン=ジャック・ベネックス監督の訃報を聞いた。スタイリッシュな映像と芸術性で80年代のフランス映画を牽引した名監督である。ご冥福をお祈りしたい。
彼の名前を久々に目にして、無性に観たくなったのが本作である。音楽と映像美の融合が際立つだけでなく、そこにサスペンス要素まで採り入れてしまう大胆な発想。本作はジャン=ジャック・ベネックスが35歳で撮った長編デビュー作だが、40年経った今もなお、輝きと先進性は失われていない。
ジャンルとしては一応サスペンス映画になるのだろう。冒頭、仕事で使う黄色のモビレッタ(原付自転車)で登場する郵便配達員の若者ジュール(フレデリック・アンドレイ)。聴こえるクラシックはBGMかと思ったら、彼がモビレッタに取り付けたラジカセから流れている。
ジュールはソプラノ歌手シンシア・ホーキンス(ウィルヘルメニア・ウィンギンス・フェルナンデス)の熱烈なファンで、彼女のオペラ・アリアのパリ公演のホールで音声を隠し録りする。劇場で本作を観ていたら、上映中の録画・録音は違法ですと<NO MORE映画泥棒>に注意喚起された直後の行為なので気が気でないだろう。
◇
シンシア・ホーキンスはたっぷりと長尺で伸びやかな高音の美声を披露してくれ、作品の格調や芸術性が引き上げられる。ウィルヘルメニア・ウィンギンス・フェルナンデスによる、本物のディーバの歌声だ。これだけで観賞する価値がある。
本物の歌姫が事件に巻き込まれるのは、『ボディガード』のホイットニー・ヒューストンより10年先行している。公演の陰で事件が進行するのはヒッチコックの時代からの定番だが、本作ではジュールの違法録音がそれにあたる。
しかも背後の席には怪しいサングラスの二人組の男。その後楽屋で彼女のサインをもらったジュールは、衣装をこっそり持ち出し、<歌姫の衣装が何者かに盗まれた>と新聞で騒がれる。
二つの事件、二つのテープ
シンシア・ホーキンスはアルバムを出さず、聴衆の前でしか歌わない主義で知られる。だから、ジュールの録音テープには高い価値が付くのだろう。
だが、映画の中で登場人物たちが追いかけるマクガフィンとなるものがもう一つ出てくる。殺された売春婦ナディア(シャンタル・ドアーズ)が残した、売春組織の黒幕が誰かを語った録音テープだ。
ナディアは二人組の男(ジェラール・ダルモンとドミニク・ピノン)に追われ、裸足で列車を降りて駅で逃げる途中、アイスピックで刺殺される。
その直前にカセットテープを、偶然駅前にいたジュールのモビレッタのカバンに忍ばせたのだ。ここから、ジュールは二つの事件に巻き込まれていく。
本作はサスペンスだが、フランス映画ゆえ当然恋愛の描き方も疎かにしていない。
シンシアを慕うゆえ、盗んだ彼女の衣装をコールガールに着せて妄想し、屈折した愛情を抱えていたジュールだが、後ろめたさから、シンシアの宿泊ホテルに侵入し、彼女に素直に詫びて衣装を返却する。
最初は憤慨したシンシアもジュールが熱烈なファンと分かり心を許し、二人は親密になっていく。
◇
二人で夜明けの誰もいないパリの街を傘さして散策するカットは、青みがかった粒子の荒い映像と、ウラディミール・コスマによるシンプルだが美しい主題曲の旋律が調和し、息をのむほど素晴らしい。遠くに見える靄のかかったエッフェル塔が絵になる。
もう一組の恋人たち
そして、万引き騒動をきっかけにジュールと親しくなったベトナム人女性のアルバ(チュイ=アン・リュー)と、彼女が慕う<波を止める>謎の男ゴロディッシュ(リシャール・ボーランジェ)のカップルの存在が面白い。
この男女は年齢差が大きいが、恋人同士にもみえる。そして気になるのが、結局なにも説明されないゴロディッシュのプロフィールだ。
ジュールの住んでいる使われなくなった自動車整備工場もユニークだが、ゴロディッシュのアパルトマンはもっと不思議なのである。
◇
だだっ広い部屋にただバスタブが置かれていたり、波の揺れるオブジェやジグソーパズルだけの部屋、或いはゴージャスなキッチン。おまけに古い同型のシトロエン(11CV)を二台所有している。
曲を少し聴いただけで、「シンシア・ホーキンスのラ・ワリ―第一幕、録音御法度のテープだ」と言い当てる博学さと、バケットにバターを塗るだけの作業に哲学を語れる知性。このゴロディッシュとアルバが、事件に巻き込まれたジュールの良き協力者となる。
この時代のメトロの駅構内の使い方
この時代のフランス映画を牽引していたのは、ジャン=ジャック・ベネックスのほか、『レオン』のリュック・ベッソンや『ポンヌフの恋人』のレオス・カラックスあたりか。その少し後に、『アメリ』のジャン=ピエール・ジュネらが続く。
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みんなそれぞれのパリを独特のタッチで描いているのだが、特徴が出ていたのはメトロの構内の撮り方。
本作では、ジュールが刑事に追われて逃げる際にバイクに乗ったまま地下鉄の駅に入り込み、なんとそのまま車両に乗るという荒業をみせる。無機質で長い駅のエスカレーターなどを活用する撮り方は面白いが、アクションの舞台としての使用である(テータム・オニールの『リトルダーリング』の駅貼りポスター懐かしい)。
◇
このメトロの駅がベッソンの『サブウェイ』(1985)では、もっとミステリアスで未来的なものとして表現され、またカラックスの『ポンヌフの恋人』では、駅構内のポスターがみんな燃やされて炎に包まれる。ジュネの『アメリ』では、地下鉄といえば証明写真機か。監督によってそれぞれの面白さと大胆さがある。
そういえば、本作で執拗にジュールを追う二人組の男のひとり、「○○はキライだ」しか言わない殺し屋を演じたドミニク・ピノンは、本作以降『アメリ』でも重要な常連客を演じている。あのジャン=ポール・ベルモンドのような口元には見覚えがあると思った。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
二組いた二人組の追っ手
さて、はじめのうちは分かりにくいが、冒頭の隠し録り以降、ずっとジュールの音源テープを追いかけているサングラスの二人組は、台湾からきたレコード会社の人間だ。
彼らはシンシアにレコードの契約を要求し、ダメなら海賊版を出すぞと脅迫する。そのために、ゴロディッシュの手元にある隠し録りテープを金で手に入れようとしている。
◇
もう一方の娼婦ナディアを殺した連中もサングラスの二人組(”カリブ海”と”坊主刈り“)だが、一応言動や顔立ち、乗っているクルマで見分けがつくようになっている。
彼らは黒幕のボスからジュールが持っているであろうナディアの内部告発テープを奪えと言われ、ジュールを追いかけ始める。
◇
大昔に観たときの間違った記憶が邪魔をして、少々混乱した。ジュールの留守中に家探しして家中のテープを奪っていったのは、”カリブ海”たちではなく、台湾系の方だった。だが、運よく隠し録りテープはアルバに貸し出していたため、無事だった。
また、二つのテープはどこかですり替えられたものと思っていたが、隠し録りはスイス・ナグラ社の高級ハイファイ録音機器によるオープンリール、一方のナディアの告発テープは懐かしい日本のナカミチ社製カセットテープだ。すり替わりようがない。
No More 音楽泥棒
台湾系の二人組は、黒幕だったジャン・サポルタ警視(ジャック・ファブリ)の仕掛けた爆弾により、シトロエンもろとも吹き飛ばされる。
一方、サポルタと二人組の手下は、ジュールを追い詰めるものの、最後にはみんな死んでしまう。ジュールの住む廃工場の構造を活かしたアクションと結末には、なかなかひねりが効いている。
◇
ラストシーンは、無観客のホールでひとりで歌うシンシア。歌い終わったところで盛大な拍手が鳴り響く。隠し録りした音源を、ジュールが再生しているのだ。
唯一のテープを彼女に返し、詫びるジュール。自分の歌はまだ聴いたことがないというシンシアは、ステージの上でジュールとともにその歌声に包まれる。
遊び心も先進性も感じさせる芸術的で上質なサスペンス。フランス映画に活力があった80年代の名作だ。