『レッドロケット』今更レビュー|ミスドとタイアップ、さすがにないか

記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

『レッド・ロケット』
 Red Rocket

ショーン・ベイカー監督が白人貧困層の暮らす街を舞台に、元ポルノスターの男の悲喜劇を描く

公開:2021年 時間:130分  
製作国:アメリカ

スタッフ 
監督:        ショーン・ベイカー


キャスト
マイキー・セイバー: サイモン・レックス
レクシー:      ブリー・エルロッド
ストロベリー:      スザンナ・サン
リル:         ブレンダ・ダイス
ロニー:      イーサン・ダルボーネ
ジューン:    ブリトニー・ロドリゲス

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)2021 RED ROCKET PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

あらすじ

2016年のアメリカ、テキサス。元ポルノスターでいまは落ちぶれて無一文のマイキー(サイモン・レックス)は、故郷である同地に舞い戻ってくる。

そこに暮らす別居中の妻レクシー(ブリー・エルロッド)と義母リル(ブレンダ・ダイス)に嫌われながらも、なんとか彼女たちの家に転がり込んだが、長らく留守にしていた故郷に仕事はなく、昔のつてでマリファナを売りながら生計を立てている。

そんなある日、ドーナツ店で働くバイトの娘ストロベリー(スザンナ・サン)との出会いをきっかけに、マイキーは再起を夢みるようになるのだが…。

今更レビュー(ネタバレあり)

ショーン・ベイカー監督が2025年にカンヌのパルムドールとアカデミー賞5部門でオスカーを獲った『ANORA アノーラ』は、過去作とはやや雰囲気の異なる作品だった。

その点、前作にあたる『レッド・ロケット』はこれまでのフィルモグラフィの集大成にあたるような内容で、随所にこれまでの監督作品との既視感に見舞われる。だが、けして二番煎じというのではなく、作品として洗練されたような印象。

ショーン・ベイカーがSF映画を撮るはずはなく、元ポルノ男優の話だというのは事前に分かっていたのだが、<レッド・ロケット>発情した犬のペニスの意味のスラングとは知らなかった。

それにポスタービジュアルに登場する男性が、老眼には上裸でバレリーナのようなスカートを広げているとしか見えなかったが、全裸で巨大なドーナツを浮き輪代わりに股間を隠しているのだ。これには騙された。

ポスターに騙されたという点では、工場地帯を背景に幸福そうに自転車に乗って笑顔をみせる主人公。どうみても爽やかな場面だが、何とこれが本編をみたら、真逆の腹黒いシチュエーションに登場するとは。

一文無しに近い状況でLAからテキサスシティに帰ってきた主人公のマイキー(サイモン・レックス)。別居中の妻レクシー(ブリー・エルロッド)と義母リル(ブレンダ・ダイス)には蛇蝎の如く嫌われるが、意に介さずにその家に転がり込む。

レクシーに厳しく言われて職探しを始めるが、履歴書に書いていない17年間何をしていたのか、それがポルノ映画の男優だとわかるとどの会社も採用を渋る。

落ちぶれてしまったが、マイキーは今でも多数のフォロワー数を誇るポルノスターだったのだ。仕事がみつからない彼は、昔のようにマリファナの売人を始める。

名前と聞くと『東京卍リベンジャーズ』の無敵の総長マイキーくんをイメージしてしまうが、こちらのマイキーは相当のクズ男だ。

過去の栄光にすがるだけで、誇れるものは百戦錬磨の下半身と厚かましさ、それにお調子者のトーク術くらいしかない。だが底抜けに明るいこのダメ男はどこか憎めない。

それは観る者だけでなく、レクシーやリルも同様のようで、表向きは文句を言いながらも、レクシーはマイキーとこっそりベッドで楽しむようになるし、リルも彼が売人で稼ぐ生活費をあてにするようになる。

(C)2021 RED ROCKET PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

これまでの作品で登場したLAやフロリダと同じように、白人たちの貧困層が住む町としてテキサスを舞台にする。

広大な工場と簡素な造りの家々。トランプ大統領Make America Great Againの巨大広告や彼の報道がさりげなく使われるところも心憎い。こんな生活苦に喘いでいたら、トランプの剛腕に期待したくなるのも無理はないのか。

誰にもろくに相手にされないマイキーを、偉大なポルノスターだとレスペクトしてくれる貴重な存在が隣人宅のヒッピー風の若者ロニー(イーサン・ダルボーネ)。彼は後半で重要な役割を担うことになる。

(C)2021 RED ROCKET PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

物語が大きな転機を迎えるのは、マイキーがマリファナを売ったカネでレクシーとリルに好きなだけ食べろと連れて行ったドーナツショップ。

ここでバイトの高校生ストロベリー(スザンナ・サン)と出会ったマイキーは、彼女にポルノ女優としての将来性を感じ取り、翌日から親密な関係になろうと悪戦苦闘する。このあたりの展開は実に面白い。

何度も登場するこの店ドーナツホールは、『タンジェリン』に登場したドーナツタイムの再来のようだ。ショーン・ベイカーはなんでこんなにドーナツ屋が好きなのだろう。中国系の女店主も同じ女優?

さて、マイキーがピピッときたこの娘ストロベリー。まだあどけなさの残る風貌は若い頃のエレン・ペイジっぽい。などと思っているうちに、巧みなマイキーの話術で、すぐに打ち解け合ってしまう。

(C)2021 RED ROCKET PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

これまでのショーン・ベイカー監督作品からすれば、適当にその場しのぎで生き抜いているマイキーには、どこかでツケが回ってくるはず。実際、その気配を感じさせるポイントは複数仕掛けられている。

  • ストロベリーとの関係。親しくなった彼女がマイキーの元ポルノスターという素性を知ったらどう豹変するか
  • 監視が厳しいから胴元から禁じられている製油所の労働者に、マイキーは積極的にマリファナを売り込、いつ問題が生じるか
  • 妻レクシーに対しても、ストロベリーをポルノ女優にするためという理由は伏せて、明日にもLAに戻ることにしたと突如切り出して一触即発の状態に

いったいどれが火を噴くかと思っていると、なんと隣人の伏兵ロニーが登場。

(C)2021 RED ROCKET PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

マイキーはストロベリーをポルノ女優にして大儲けする計画にロニーを誘い込み、彼も乗り気になるが、ロニーが運転中にマイキーが急な進路変更をさせたせいで、22台の玉突き事故を誘引してしまう。

現場から逃げ出したあとも、ロニーが逮捕されて自分の名前を出されたら、ポルノビジネスの計画はおしまいだと脅えていたマイキー。だが、その後すぐに逮捕されたロニーは、義理堅く口を割らなかった。

それを知ってマイキーは大喜びし、満面の笑顔で自転車を漕ぐ。それが例のポスタービジュアルなのだ。全然爽快じゃないどころか、クズ野郎ここにありとでもいうような場面じゃないか。

(C)2021 RED ROCKET PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

最後に貯め込んだ有り金とマリファナを没収されて、全裸でストリートを走って逃げるシーンがある。ボカシがないので、そのイチモツの大きさに驚く。さすが元ポルノスター。そもそも演じているサイモン・レックスもかつてポルノ映画に出演していたというし。

結局そんなマイキーがお灸をすえられることなく、ラストシーンでストロベリーの家を訪ねると、LAのポルノ女優デビューを夢みて、真っ赤なビキニ姿の彼女が玄関先で悩殺ポーズを作って待っている。

ポルノ男優の映画なんてポール・トーマス・アンダーソン監督の『ブギーナイツ』以来久々に観たかもしれないな。妙に深刻にせずに、陽気なまま終わったのは良かった。