『天国はまだ遠く』今更レビュー|中途半端にリアリズムなチュートリアルの宿

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『天国はまだ遠く』

瀬尾まいこの原作を長澤雅彦監督が加藤ローサとチュートリアル徳井義実の共演で映画化。

公開:2008年 時間:117分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:         長澤雅彦
原作:        瀬尾まいこ
           『天国はまだ遠く』
キャスト
山田千鶴:      加藤ローサ
田村遥:        徳井義実
沢登正次:       河原さぶ
沢登和子:       絵沢萠子
真鍋久秋:        郭智博
坂下敏彦:       宮川大助
亀井雅春:       南方英二

勝手に評点:3.0
 (一見の価値はあり)

(C)2008「天国はまだ遠く」製作委員会

あらすじ

自殺を考え、京都府宮津の人里離れた山奥に建つ民宿「たむら」にやってきた千鶴(加藤ローサ)。宿には若い主人の田村(徳井義実)がひとりいるだけ。

千鶴は睡眠薬を大量に飲んで自殺を図るが、普通に目覚めて失敗。やがて豊かな自然と何気ない田村の優しさに、行き場のない千鶴の心は解きほぐされていく。

今更レビュー(ネタバレあり)

瀬尾まいこの同名原作を、『夜のピクニック』長澤雅彦監督が映画化。瀬尾まいこの著作には珍しく、家族は登場せず、自殺未遂の女と民宿の若い主人の二人のシーンがほとんどの、静かな作品だ。

映画は冒頭、寂れた田舎の駅に降り立った主人公の千鶴(加藤ローサ)が、タクシーの運転手(宮川大助)に、できるだけ北の方の人里離れたところに行ってくれという。

こうしてたどり着いた民宿には、若い男が一人だけ。それがこの民宿の主人、田村(徳井義実)だった。自殺場所を探していた千鶴は、その部屋で睡眠薬を何錠も飲んで横になる。ここまでがアヴァンタイトル。

(C)2008「天国はまだ遠く」製作委員会

導入部分の映像が美しすぎるのが気になった。自殺を考えている女が降り立つ夜の北の駅の前にも悲壮感がない。そこから向かう民宿たむらのたたずまいも、何年も客がきたことがないという不人気な宿の客間も、あまりに清潔感がありすぎて面白くない。

つげ義春『リアリズムの宿』とまでは言わんが、人生を絶望するような雰囲気が、せめて序盤には欲しかった気はする。だって、この娘、あまりに自殺しそうに見えないもの。

原作を読んだ時には、主人公の女性はもう少し冴えない感じで見た目もパッとしないイメージで、相手の民宿の男性も、もう少しワイルドでむさくるしいのを想像していた。だから、加藤ローサ徳井義実の組み合わせには、違和感を覚えた。

(C)2008「天国はまだ遠く」製作委員会

当然千鶴は死なず、32時間熟睡したうえに、手の込んだ旅館の朝食をおいしそうに平らげる。

ここから、自殺に失敗した女と、都会から訳ありで出戻って実家の民宿を始めた男の、奇妙な同棲生活が始まる。まあ、民宿の主人と長期滞在客だから、厳密には同棲とはいわないのだが。

「あんた、自殺しに来たんやろ、名所の眼鏡橋か? いつ?」
「もう、しました」
「あそこから、生還したんか!」

(C)2008「天国はまだ遠く」製作委員会

睡眠薬自殺で失敗したと聞き、以降、田村は腫物に触ることを気にもせず、きつい冗談で次々と千鶴を責めるが、彼女の方も黙っていない。

京都府宮津の豊かな大自然や、民宿とは思えない美しく開放的な日本家屋を舞台に、二人が軽口を叩き合う光景は、見ていて楽しい。この会話のキャッチボールが、本作の魅力だと思う。

題材はシリアスだが、コメディタッチな部分とのバランスが程よい。自殺未遂の話やその原因となったストレスなどを語っていくうちに、民宿での自給自足の生活に安らぎを覚え、千鶴は生きる力を取り戻していく。

(C)2008「天国はまだ遠く」製作委員会

そこにいるだけで絵になる加藤ローサと、お笑い界きってのイケメン、徳井義実美男美女のキャスティングは、ビジュアル重視の判断かと思っていたが、とんでもない。二人とも実力を備えた役者なのだと認識を改めた。

「死にたいけど海は嫌って、痩せたいけどケーキは食べたいってのと一緒やぞ」
「ひとつ屋根の下だからって、襲わないでくださいね」

結構シリアスな会話をしている中でも、ちょっと笑える台詞を混ぜてくる。ガラケーの充電が切れて、「死ぬ」ってメールしたまま連絡もできない恋人・真鍋(郭智博)に手紙を書くと、彼は遠くから民宿を訪ねてくる。

加藤ローサ郭智博は、長澤雅彦監督の前作『夜のピクニック』で共演。また、監督の近作『凪の島』では、加藤ローサ徳井義実が夫婦役を演じている。

千鶴と真鍋の関係が実に淡泊なのが興味深い。恋人が自殺未遂を起こそうが動じないというか、あまり関心を持たない真鍋のキャラと、千鶴の手打ち蕎麦をタクシー運転手と一緒にご馳走になるシチュエーションのオフビート感。

それに比べると、田村の過去は重たい。交通事故で両親を亡くし、恋人が眼鏡橋で自殺してしまったことが、終盤で明らかになる。

その悲劇から、田村の時間は止まったままだった。ペアウォッチだったとも知らず、強引に腕時計の電池を交換してしまった千鶴が、田村の時間を再び動かすことになる。

釣り船の上で船酔いで吐き、田村が鶏を絞めるのを見て吐き、村の宴会ではしゃいで酒飲み過ぎて吐き、加藤ローサが一本の映画で三回もゲロ吐くなんて驚きだが、吉幾三「雪国」を思いっきり下手に絶唱するのは更に意外か。

(C)2008「天国はまだ遠く」製作委員会

「そろそろ行こうかなと思うんです」

生きる力を回復した千鶴は、自分の居場所はここにないと気づき、都会に戻ろうとする。最後に二人は眼鏡橋の上に立つ。千鶴の姿が投身自殺した恋人に重なり、田村は思わず千鶴を背後から抱きしめる。

この場面がビジュアルに使われるせいか、つい二人が恋人同士のように誤解してしまうが、恋人未満の関係なのである。だからこそ、この物語は切なく胸に残る。

(C)2008「天国はまだ遠く」製作委員会

ラストシーン、駅で別れる二人。

「俺が帰らんといてくれと言うたら、ここに居てくれんのか」
「私がここに居たいと言ったら、置いてくれるんですか」

この流れなら、凡百のドラマなら二人が抱き締め合ってハッピーエンドだろう。だが、間をおいて田村は「俺の家は民宿やし」と呟く。

結局二人はお辞儀をして別れ、田村はあっさりと軽トラで去っていく。千鶴はふっ切れたように1ミリ微笑む。ここから先、何の台詞もないところがいい。加藤ローサの演技が、行間を埋める。

そして、お土産に持たされた野菜の袋の中に民宿のマッチ箱。嫌煙全盛の現代、もはやこの小道具は絶滅危惧種だ。今なら何だ、QRコードか。味気ねえなあ。そしてマッチは渡された。このわずかな繋がりから、いつか火が付くか。