『ワン・フロム・ザ・ハート』
One from the Heart
コッポラ監督がラスベガスを丸ごとスタジオに造った大スケールの恋愛劇
公開:1982年 時間:107分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: フランシス・フォード・コッポラ
キャスト
ハンク: フレデリック・フォレスト
フラニー: テリー・ガー
レイ: ラウル・ジュリア
ライラ: ナスターシャ・キンスキー
マギー: レイニー・カザン
モー: ハリー・ディーン・スタントン
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
夢の町ラスベガス。自動車修理工のハンク(フレデリック・フォレスト)と旅行代理店勤務のフラニー(テリー・ガー)は、同棲5年目のカップル。
最近ギクシャクしている二人だが、5年前に自分たちが出会った記念日に、フラニーはボラボラ島行きの航空券を、ハンクは家の権利書を互いにプレゼントする。
だが、どうしてもしっくりといかないまま、ついにフラニーが家を出てしまう。そして二人はそれぞれ新しい恋人を見つけるが…。
今更レビュー(ネタバレあり)
コッポラ監督の大誤算
フランシス・フォード・コッポラ監督を破産に追いやったことで知られ、なぜか酷評ばかりが目についてしまい、何十年も観るのを敬遠していた作品。だが、期待値が低かったせいか、これは想像以上に良かった。もっと早くに観るべきだったかも。
芸術的な映像重視で、ろくにストーリーがないのかと思っていたら、ちゃんと男女の恋愛ドラマがあった。それも、芸術的どころか、相当陳腐でベタな話で、どこにでも転がっていそうな、5年目の倦怠期を迎えた同棲カップルの痴話喧嘩の話とは。
この恋愛劇自体は正直、大した内容ではないのだが、その舞台となっているラスベガスの町並みと、ステージ演出の幻想的な映像、そしてトム・ウェイツの音楽、この合わせ技が実にクールなのだ。

『地獄の黙示録』のフィリピンロケでハリケーンにセットを破壊され、巨額の製作費予算超過で破産を覚悟したコッポラ監督が、次は堅実に中規模予算でスタジオ撮影にしようと考えたのが本作。
だが、蓋を開けてみれば、『地獄の黙示録』は大ヒットで資金回収できたのに、『ワン・フロム・ザ・ハート』ではまたしても大幅予算超過。だってスタジオで撮るといっても、スケールが違うから。
ラスベガスの町を広大なスタジオ内に再現し、砂漠は作るわ、空港の背後から飛行機は離陸するわ。それでも前作みたいに回収できれば良かったのだけれど、何と今回は興行成績は散々で、破産の憂き目に。

それでも撮りたい物を撮る
それでも、作品のためには妥協を許さず、世間に迎合せずに満身創痍でも撮りたいものを撮り続ける大御所フランシス・フォード・コッポラの生き様には、惚れ惚れする。
一体彼は何度破産させたら気がすむのか。80歳後半になっても、超大作『メガロポリス』を撮り、今また財政的な困難に立ち向かおうとしている。
そう聞くと、どんなに不評だろうがラジー賞を獲ろうが、来月6月の日本公開時には足を運ばなくてはと思わずにいられない。

面白いことに、巨大なセットを作り上げたにしては、けして本物と見分けがつかないというのではなく、むしろ、あえて作り物っぽさを残しているようにみえる。
主人公の男女、自動車修理工のハンク(フレデリック・フォレスト)と旅行代理店勤務のフラニー(テリー・ガー)が暮らす一戸建ての家から外に出ると、夜露に濡れた舗道の彼方に、ラスベガスのカジノホテルのネオンが小さく煌めく。
もともと、作り物のような虚飾の町だから、このようなニセモノっぽいセットでも、相性がいい。
この映画、素直にベガスでロケしてれば破産せずに済んだのかもしれないが、セットならではのおもちゃ箱のような雰囲気が、逆に失われてしまう気もする。
別れと出会い
映画は冒頭、付き合って5年目の記念日にプレゼント交換するラブラブな二人の甘い会話から始まるが、すぐに手のひらを返したような、罵り合いに早変わりする。捨て台詞を残して家を飛び出したフラニー。
ハンクにはモー(ハリー・ディーン・スタントン)、フラニーにはマギー(レイニー・カザン)とそれぞれ親友に愚痴をこぼすが、その後に新たな出会いが待っている。
◇
ハンクはサーカス一座の踊り子らしきライラ(ナスターシャ・キンスキー)に心を奪われ、デートの約束に成功。
一方、職場のショウ・ウィンドウでディスプレイを手直ししていたフラニーは、近くの店でピアノを弾いているというレイ(ラウル・ジュリア)に誘われる。
同じラスベガスの町で、それぞれが新しいデート相手を見つけ、ニアミスを起こしたり離れたり。同じフレームの中にうまくハンクとフラニーを重ねる数々のショットの計算された美しさ。
そして何といっても、踊り子を演じるナスターシャ・キンスキーが麗しい。ロマン・ポランスキー監督の『テス』(1979)で注目を浴び始めた頃だ。
この映画のキービジュアルって、ナスターシャ・キンスキーがカクテルグラスの中で踊っていたり、両手に花火を持ってステージで綱渡りしたりで、てっきり彼女が主演なのだと思っていた。
◇
だが、メインはあくまでフレデリック・フォレストとテリー・ガーの二人なのだ。
ともにコッポラの佳作『カンバセーション…盗聴…』に出演し、フレデリックは標的の堅物なメガネのビジネスマン、テリーは本作同様に元気な女性を演じている。この数年で、それぞれ他界してしまった。
♬You’re my sunshine
さて、念願かなって美女ライラといい仲になったハンクだが、自分のことは棚に上げて、レイと一夜を共にするフラニーが気になって仕方がない。
身勝手といえばそれまでだが、ライラを適当にあしらって置き去りにし、レイの部屋に押しかけては裸のままのフラニーを強奪してクルマで帰ってくる。これは結構ドン引きなんだけど。
◇
なんだかんだ言っても、結局元のサヤに戻りたいハンクが、レイと一緒にボラボラ島に旅行に行こうとするフラニーを必死で追いかける。レイに対抗して、苦手な歌を彼女のために空港で歌いまくるハンク。
これで心を動かされる観客もいるのだろうが、ああいう傍若無人なヤツは苦手だなあ。

これで、ライラやレイが軽薄で信用ならない人物ならまだしも、二人とも実に好感の持てるキャラなので、ハンクのダメ男ぶりが際立つ。
それゆえに、最後にこの恋の行方がどうなるかは、納得がいかないのだが、まあ、本作は幻想的な映像と渋い音楽を楽しむべき映画であって、痴話喧嘩の成り行きなどは気にしなくてよいのだろう。