『aftersun アフターサン』
Aftersun
離婚した男が、元妻と暮らす11歳の娘と久々に再会し、二人で過ごすリゾート地のバカンス。
公開:2023 年 時間:101分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督・脚本: シャーロット・ウェルズ キャスト カラム: ポール・メスカル ソフィ: フランキー・コリオ (成人後) セリア・ロールソン・ホール マイケル: ブルックリン・トールソン
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- 父と娘との何物にも代えがたい楽しい数日間のバカンスをひたすら撮りまくる作品。ああ、悲しいほどに、想い出は美しすぎて。思わせぶりな展開の多さは気になったが、終わってみればただならぬ寂寥感。子を持つ親にも、親持つ子にも、胸に沁みる一本になり得る。
あらすじ
11歳の夏休み、思春期のソフィ(フランキー・コリオ)は、離れて暮らす31歳の父親カラム(ポール・メスカル)とともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。
まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、二人は親密な時間を過ごす。
20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィ(セリア・ロールソン・ホール)は、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらせる。
レビュー(まずはネタバレなし)
パパと娘の数日間
主演のポール・メスカルがアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたことで、話題になった作品。「アフターサン」というから父と息子の話かと思いきや、年頃の娘とのひと夏の思い出を描いた、ほろ苦い物語なのである。
監督は、本作が長編初挑戦となるシャーロット・ウェルズ。
◇
どう語っても、すぐに語り尽くせてしまうシンプルなストーリーだ。11歳の少女ソフィ(フランキー・コリオ)が父親のカラム(ポール・メスカル)と一緒に、トルコのリゾート地で夏のバカンスを楽しむ話。
久しぶりに再会したような話ぶりの父娘だが、案の定、ソフィの両親は離婚しており、彼女は母親と暮らしていることがすぐにわかる。
ちなみに母親は一切登場しない。公衆電話で会話するシーンはあったが、声も聞こえなかったのではなかったか。徹頭徹尾、父と娘の物語である。
離婚した妻にも「愛してるよ」などと言ってしまう優しそうなカラムだが、なぜ離婚に至ったのかも、なぜ手にギプスをしているのかも、これといった説明はない。ひたすら、日がな一日、娘とホテルで休日を満喫する話なのだ。
11歳と131歳
ホテルのプールで遊んでは、日焼け止めを背中に塗り合ったり、仲のよさそうな父娘の姿。ソフィは11歳。デーモン閣下の年齢じゃないが、カラムはもうすぐ131歳だとソフィが騒いでいるから、きっと20歳の年齢差なのだろう。
彼女の年齢設定は絶妙なところに置いている。中学生になってしまっては、父親とここまで仲良く遊んでくれないだろうし、もっと幼いと、今度は甘えすぎてしまう。
父親をある程度手玉にとって振り回せて、しかも時おり大人の女の顔も見え隠れする微妙な年頃にしているのが、ツボを心得ている感じ。
ソフィを演じているフランキー・コリオも、子どもっぽいあどけなさと大人の女の顔が、いいバランスで混在していて可愛らしい。
◇
一方のカラムは基本的に優しそうな父親だが、こちらも妙にはしゃいだり塞ぎこんだりと、情緒不安定な感じがする。
演じるポール・メスカルは、リドリー・スコット監督の『グラディエーター』続編の主演に抜擢されたそうだから、不撓不屈のキャラもお得意なのかもしれないが、本作ではあくまで繊細なジェントルマン。
想い出は美しすぎて
はじめは、このバカンスは、親権を元妻に取られた男が、定期的に子どもに会える権利を利用しているのかと思ったが、どうやら話はもう少し深刻そうだ。
映画は基本的に、説明を極少化するスタイルなので、想像するしかないが、きっとこれが、父と娘の最後の思い出になるのだろう。
ちょっとネタバレになってしまうが、本作に何か大きなアクシデントやドラマを期待していると、肩すかしを喰うことになる。ただ、この父娘の数日間のバカンスが本当に楽しそうなだけに、その後の寂寥感が胸に沁みる。
アフターサン、日焼け跡とはうまいタイトルだ。楽しい思い出とともに色褪せてしまうものか。
際立つような脚本力がある作品ではないが、娘を持つ父親としては、このカラムのつらい心情が痛いほどよく分かり、忘れられない映画になりそうな気がする。
父親目線だけでなく、この父娘の関係を自分自身の家族環境に置き換えて、切ない気持ちになる人も少なくないだろうなあ。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
思わせぶりの数々
この父娘がトルコのリゾートに滞在している間に、いろいろ思わせぶりな出来事が起こる。
ゲーセンのバイク乗りのゲームでソフィと親しくなるマイケル少年(ブルックリン・トールソン)だったり、ビリヤードを通じてソフィと知り合いになるハイティーンの若者たちだったり。
ダイビングでソフィが失くす高価な潜水マスク、カラムの買うペルシャ絨毯、ソフィがステージで歌う下手なカラオケ、そして深夜の一人歩き。何かが起きそうな材料は頻出するが、どれも事件には発展しない。
現在『ファースト・カウ』が公開中のケリー・ライカート監督の出世作『オールドジョイ』(2006)もそうだったが、何か起きそうで結局何も起きない映画が、市民権を得つつあるのか。
ただ、本作は何も起こらないからつまらない訳では全くない。
もうすぐ学校が始まるからと、ソフィはトルコから母の元に戻る。空港でカラムは、明るく無邪気に手を振って去っていくソフィを見送る。
◇
全編の95%ほどはこの11歳の娘と父の旅行の物語だが、実は、それは20年後に父と同じ年齢になったソフィ(セリア・ロールソン・ホール)が、当時父の撮っていたビデオを観ているという構造になっている。
それすらも、冒頭とエンディング、そして途中に唐突に現れるワンカットのシーンにしか現れない。31歳になったソフィには女性のパートナーがいて、赤ん坊の泣き声もする。だが、それ以上は何の情報も与えられない。
カラムの撮った映像がなぜソフィのもとにあるのかも語られない。贈られてきたのか、或いはカラムは亡くなり、形見の品として届けられたのか、それすら不明だ。
今ならわかる、父の心情
ソフィはその映像を見ながら、大好きだった父親の心情に思いを馳せる。同い年になり、子どももいる今だから、彼女に理解できることもあるのだろう。
ソフィがこのビデオ映像を見ていたのであれば、不思議なことがある。
カラムは娘単独か、自分とのツーショットしか撮らないはずだ。だが、映画には、カラムがソフィに書いた別れの手紙を前に男泣きしたり、帰ってこない彼女を探して夜の海に歩いていったり(どうみても入水自殺)という、父親だけの場面がでてくる。
◇
これらは、ビデオ映像をみながらソフィが想像で描き出した父親の姿だという解釈もできるのではないか。そう考えると、本作の不思議なラストシーンが腑に落ちる。
空港でソフィを見送ったあと、カラムはビデオカメラのスイッチを切り、空港の長い通路を奥に向かって歩いていき、扉を開けて姿を消す。その時、扉の向こうに、いくつも閃光が走るのだ。
それはまるで、旅行の最後に晩に、父娘で楽しく踊ったレイヴパーティの会場を思わせる。
◇
自分に宛てて書いた手紙を前に号泣したり、別れがつらくて入水自殺を考えたり、父の姿をあれこれ想像するソフィだったが、最後は一番幸福な思い出がつまったレイヴ会場に戻してあげたということなのかもしれない。