『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』
tick, tick… BOOM!
ヒット作『RENT/レント』を生み出し、亡くなったジョナサン・ラーソンの自伝的ミュージカル
公開:2021 年 時間:115分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: リン=マニュエル・ミランダ 脚本: スティーブン・レヴェンソン キャスト ジョナサン・ラーソン: アンドリュー・ガーフィールド スーザン: アレクサンドラ・シップ マイケル: ロビン・デ・ジェズス ロジャー: ジョシュア・ヘンリー カレッサ: ヴァネッサ・ハジェンズ スティーヴン・ソンドハイム: ブラッドリー・ウィットフォード
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
1990年のニューヨーク。食堂のウェイターとして働きながらミュージカル作曲家としての成功を夢見るジョナサン(アンドリュー・ガーフィールド)は、オリジナルのロックミュージカルの楽曲を書いては直しを繰り返していた。
もうすぐ30歳を迎え、これまでともに夢を見てきた仲間たちも現実に目を向け始め、焦りを覚えるジョナサン。自分の夢に価値はあるのか、時間を無駄にしているだけではないかと自らに問いかけながらも、時だけが過ぎていく。
レビュー(まずはネタバレなし)
30歳までのカウントダウン
冒頭に、本作は名作ミュージカル『RENT/レント』を生み出し、そして亡くなった実在の作曲家ジョナサン・ラーソンの自伝的な物語だと紹介される。
主人公ジョナサンを演じるアンドリュー・ガーフィールドが、檀上でスピーチをする形式で、ミュージカルの作曲家としてなかなか芽が出ず苦労した自分のこれまでの道のりを振り返っていく。
マンハッタンでダイナーのウェイターを続けながら、夢の実現に向けて努力するジョナサンは、30歳の誕生日を目前に控え、何の成果も出せていない自分にかなり焦っている。
「tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!」
タイトルになっているのは、B級映画やコミックでお馴染みの時限爆弾の効果音。これが最近、ジョナサンの頭の中で鳴り響いている。
◇
著名なミュージカルの作曲家は、みんな30歳には相応の成果で世間の評価を得ている。それなのに、自分は何もない。日々、ピアノと五線譜を前に苦しむジョナサン。
「ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリクス等々、ロックやってる大物はみんな27歳で死ぬ。俺は28歳になった自分にガッカリした」という『20世紀少年』のケンヂの言葉を思い出す。
夢を諦められずに
物語は、長年ジョナサンが準備している自作の「スーパービア」をワークショップにかけて、それにオン/オフのブロードウェイの興行主が関心を示してくれるかというのが、大きな柱になっている。
悩みながらも曲を書き、参加してくれるメンバーやミュージシャンと、リハーサルを重ねていく。気難しく神経質な面もあるが、基本的にジョナサンは気立てのいいヤツで、仲間にも慕われているのが伝わる。
『アメイジング・スパイダーマン』の愛すべき隣人キャラがここでも光る、アンドリュー・ガーフィールドの好演。
時代は1990年。ジョナサンの部屋に鎮座するマッキントッシュの愛らしい文字フォント、そして世間ではHIVのまん延で目に見えない恐怖が蔓延る。
NYに苦悩していないヤツなんていない。勤務する<ムーンダイナー>のわがままな客たちにもへこたれず、ジョナサンは日夜、曲作りに励む。
夢を諦め、経済的な安定を追い求め資本主義社会で成功した親友でゲイのマイケル(ロビン・デ・ジェズス)。仕事のために、遠くバークシャーまで面接を受けに行くという恋人のスーザン(アレクサンドラ・シップ)。
現状を嘆くジョナサンにマイケルが怒る。
「お前は愛する人がいて、結婚だってできるだろう!」
マイケルはパートナーを失った。この時代、ゲイは肩身が狭いどころか、生命の危険を感じていた。
『RENT』を生み出す布石
本作の監督はリン=マニュエル・ミランダ。ブロードウェイ・ミュージカルの『イン・ザ・ハイツ』や『ハミルトン』の製作・出演で知られる人物だ。舞台の『チック、チック…ブーン!』にも出演している。
映画版の『イン・ザ・ハイツ』では、ピラグアというアイスキャンディ売りの陽気な男を演じて、主役より目立っていたのが印象的なリン=マニュエル・ミランダが、本作で長編映画初監督。
ワシントンハイツに暮らす移民たちが町中で踊りまくる『イン・ザ・ハイツ』のような作品に比べると、本作はミュージカルとしては曲数もダンスや歌の派手さもやや控えめな印象は否めない。
だが、これはまだ成功を収める前夜の物語ゆえ、むしろ多少粗削りな歌やダンスの演出の方が、もっともらしいともいえる。
とはいえ、大都会に暮らす若者たちの情熱や挫折、時代の中で焦燥感や絶望にもがき苦しむ姿とミュージカルとの融合は、のちに『RENT/レント』という出世作を生み出す布石となっている。
書店の中での恋人スーザンとのダンス、親友マイケルの豪華な自宅マンションにBMWで連れていかれ二人でバカ騒ぎする一幕、満席のダイナーでてんてこ舞いする中で店の壁が倒れてステージのようになる場面、プールの水底が五線譜に変わる幻想的なシーン。
マンハッタンのミュージカルとしての面白みが随所にある。
不安一杯のジョナサンの演出を、ミュージカル界の巨匠ソンドハイム(ブラッドリー・ウィットフォード)が初めて褒めてくれるシーンがいい。その横で、ソンドハイムが褒めるまで散々ジョナサンをこき下ろしていた偉そうな評論家も笑える。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
スーザンってどうなの
本作がどこまで史実に基づいているのか知らないが、ジョナサンの恋人スーザンは結構ひどい女だと個人的には思う。
だって、何年も夢を追いかけてきたジョナサンが、30歳にしてラストチャンスともいえる自作発表の場を掴んだわけでしょう。そのために前夜まで全身全霊をかけて作曲活動に没頭するのを、応援してあげようよ、恋人ならば。
だが、スーザンは、遠く離れた場所の仕事のオファーを受けて向こうで暮らしてよいか、その返事をジョナサンに執拗に督促する。アパートの前の公衆電話から電話をして、居留守が使えないように彼に迫る手段も含め、陰湿だ。
糟糠の妻になれとまでは言わんが(米国にはない発想か)、ここは思いやりが欲しい。
「いつまでも夢を追いかけてないで、現実を見なさいよ」と言いたくなるのは分かる。だが、今じゃない。これでぶち切れしないジョナサンは懐が大きいな。
ちなみに、スーザンは後に「本当は、行くなって言って欲しかったの」などと、勝手な言い草を並べる。駄目だこりゃ。
ワークショップは聴かせる
ワークショップで披露される「スーパービア」は聴きごたえがある。
彼が最後まで苦しんで生み出した曲を、陽光を入るスタジオでカレッサ(ヴァネッサ・ハジェンズ)が熱唱。それを聴いているジョナサンが目を閉じると、夜のビルの屋上で同じ曲を歌っているスーザンが現れる。この女性二人の歌がデュオになる演出は美しい。
発表会に招待したソンドハイムは、後日ジョナサンの仕事を褒めてくれる。だが、SF的要素が大きくコストがかかるこの演目は、どの芝居小屋からも声はかからなかった。
みんなが次回作に期待していると言ってくれる。だが、そんな商業主義の世界に、ジョナサンは失望していた。それに、精根尽き果てた30歳の自分に、もう次回作への情熱はない。
◇
ジョナサンの親友マイケルとの友情は泣かせる。かつて、金欠のジョナサンのためにマイケルが消費者モニターのバイトを紹介するが、ジョナサンはいい加減な仕事で友に恥をかかせた。
これで二人の仲は険悪になっていたが、ワークショップの発表会に、ちゃんとマイケルは顔を出し、二人は仲直りする。
公演後の反応から次回作を書こうにも、もう30歳の自分には時間がないと嘆くジョナサンに、「HIV陽性になった俺の方が時間はないよ」とマイケルが衝撃の告白をする。抱き合うふたり。男同士の友情は、きめ細やかに描かれる。
悲運のジョナサン・ラーソン
本作は最後にジョナサン・ラーソン本人の生前アーカイブ映像が登場する。アンドリュー・ガーフィールドとはちょっと雰囲気は違う好青年だ。
次回作として彼が作り上げたのが『RENT/レント』であり、これがご存知のように大ヒットのミュージカルとなる。だが、その公開初日未明にジョナサンは大動脈解離で亡くなっている。
なんという運命の皮肉だろう。彼は自分の成功を知らずに天に召されたのだ。
本作はそんな彼の半生を殊更悲劇的に扱うことなく映像化している。これには好感が持てる。
監督のリン=マニュエル・ミランダ、『ディア・エヴァン・ハンセン』で知られる脚本のスティーブン・レヴェンソン。
現代のブロードウェイを支える二人も、『RENT/レント』とその作り手であるジョナサン・ラーソンに大いなる敬意と愛情をもって、本作に臨んでいる。
それが伝わってくる、温かみのあるミュージカルだった。昔観た『RENT/レント』が恋しくなった。