『行きずりの街』
志水辰夫の原作を阪本順治監督が映画化。仲村トオルが過去のある元女子校教師を演じる。出逢ったのは、絶望か、愛か。
公開:2010 年 時間:123分
製作国:日本
スタッフ
監督: 阪本順治
脚本: 丸山昇一
原作: 志水辰夫
『行きずりの街』
キャスト
波多野和郎: 仲村トオル
手塚雅子: 小西真奈美
広瀬ゆかり: 南沢奈央
大森幸生: 菅田俊
中込安弘: 窪塚洋介
池辺忠賢: 石橋蓮司
手塚映子: 江波杏子
木村美紀: 佐藤江梨子
藤本江理: 谷村美月
園部行雄: 杉本哲太
神山文彦: 井浦新
角田幸一: うじきつよし
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
郷里の丹波篠山で塾講師をしている波多野(仲村トオル)は、音信不通になっているかつての教え子・ゆかり(南沢奈央)の行方を追って、12年ぶりに東京へ足を踏み入れた。
かつて名門校・敬愛女学園の教師をしていた彼は、生徒の雅子(小西真奈美)との恋愛がスキャンダルとなり、教職を追われた過去をいまなお引きずっている。
ゆかりが暮らしていたマンションを訪れた波多野は、そこで何者かが物色した痕跡を発見。失踪の背後に何か事件が関わっていると感じる。
その後、雅子が切り盛りしているバーへ辿り着き、長い歳月を経て再開を果たす二人。それをきっかけに、波多野はさらなる事件の渦中に巻き込まれていく。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
ミステリーともハードボイルドとも違う
日本冒険小説協会大賞を受賞した志水辰夫の同名原作を阪本順治監督が映画化。脚本は丸山昇一、主演に仲村トオルとくれば、思わず期待してしまうのも無理はないセントラル・アーツ制作の作品。
でも、残念ながら、監督・脚本で撮った藤原竜也の『カメレオン』(2008)に比べると、ちょっと期待とは違う。
原作は「このミス」で1位を獲っているからミステリーになるのか、或いはハードボイルドなのか、どっちつかずの印象だったが、そのまま映画にもあてはまる。
◇
かつて、女生徒との恋愛がスキャンダルとなり、都内の名門女子校を追放された主人公の元教師・波多野和郎(仲村トオル)。
退職後、郷里の丹波篠山で塾講師をしていた彼は、失踪した教え子の広瀬ゆかり(南沢奈央)を捜しに、12年ぶりに東京に足を踏み入れる。
東京、それも大都会のど真ん中の高級住宅街、麻布界隈、それがタイトルにある<行きずりの街>だ。
導入部分は期待させる展開
ゆかりの借りている部屋は麻布のマンション。家賃20万はくだらない、苦学生の住める部屋ではない。そこに失踪とくれば、当然事件の匂いがする。
部屋には何者かが物色した形跡があり、その後、波多野は怪しい連中に追われる羽目になる。どうにか追っ手から逃れる波多野。
「なんで、田舎者なのに土地勘があんだよ!」
そこは有栖川宮記念公園と近隣の住宅街だろうか。彼に地の利があるのは、かつて勤めていた敬愛女学園の近隣だから。
古い町並みの丹波篠山から上京した主人公が、六本木ヒルズのエスカレータから地上に出て、東京タワーが煌めく夜景のもとで何者かに追われる。導入部分の展開はスタイリッシュでなかなかいい。
ゆかりがバイトしていたクラブに聞き込みに行くと、教師時代の彼を知る大男に殴る蹴るの洗礼を受ける。こいつは学園の理事・池辺(石橋蓮司)に飼われている大森(菅田俊)だ。
波多野は、教え子の失踪事件に自分を追放した学園が関係しているという、意外な事実にたどり着く。そして、かつての妻であり教え子だった雅子(小西真奈美)がママをやっているバーにいき、運命的な再会を果たす。
やがて教え子探しは、過去の清算のための孤独な闘いに変わっていく。
化学反応が起きにくい配役
予めお断りしておくが、私は俳優・仲村トオルが昔から好きだ。だが、どうしても『ビー・バップ』の中間徹や、『あぶ刑事』の町田透のイメージをひきずってしまう。なので、彼がシリアスな役をやると、いつ三枚目の正体を現すか気になってしょうがない。
彼が演じた本作の波多野も、女子高の元教師に見えなくはないが、過去の痛手を背負ったハードボイルドな男の役はちょっとギャップがあった。
一方、母(江波杏子)から引き継いだバーを切り盛りしているヒロインの雅子を演じた小西真奈美は、和装も洋装も隙がなく、ママ役はさすがに良く似合っているとは思う。
ただ、この二人はそれぞれ、結構演技が個性的な俳優なのではないか。巧拙ではなく、特徴があるという意味だ。
なので、相手役に受け身の演技ができる俳優がくれば引き立つのに、互いにぶつかり合ってしまって、失礼ながら、台詞が台本の読み合わせのようになっている。私にはそう思えてならなかった。
本作でいえば、波多野が元同僚の園部(杉本哲太)と再会する場面、或いは雅子が今の恋人・神山(井浦新)と閉店後に交わす会話など、受けがうまい相手には、いい芝居を見せているのに。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見・未読の方はご留意ください。
偶然が重なり過ぎる展開
12年前、波多野は教え子だった雅子と人目につかぬよう交際しており、卒業を待ち結婚する。
だが、当時学園の理事の座を狙っていた池辺(石橋蓮司)が、「エロ教師を罷免しろ!」と騒ぎ立て、これに乗じて旧理事長も退陣させる。波多野は深く傷つき、雅子と別れ田舎に去っていく。
◇
そして今回、故郷の塾の元教え子ゆかり(南沢奈央)の失踪で上京した波多野が、捜索を進めるうちに、自分の古傷と元妻に近づいていくわけだが、そのプロセスが腑に落ちない。
ゆかりが学園の経理担当で秘密を握る角田(うじきつよし)と恋仲になったこと、波多野が雅子の店で彼女と再会し、角田の話をしたらその店の常連だったこと。
これらは単なる偶然だったのか。或いは、必然と考えられる理屈があるのか。
波多野が学園で偶然ゆかりをみつけ、彼女を追う中込(窪塚洋介)たちのベンツに自転車投げて大破させ、せっかく会えた彼女を逃がすという暴挙も謎ばかりだ。
主人公に共感できない
本作の最大の難点は、主人公の行動原理が、結局最後までよく分からないことだ。だから感情移入もしにくい。
そもそも、エロ教師と騒がれただけで、雅子と別れて尻尾を巻いて田舎に帰る波多野が理解できない。卒業後に結婚しているわけで、問題はないはずなのに、池辺理事に嵌められたわけだ。
◇
その自分の未熟さを棚に上げ、久々の再会で雅子の部屋にあがった波多野が、シャワー後に用意された男物の下着を見て、「他の男のものなど履けるか!君はそんな無神経だったか!」と激昂する。
「それ、いまコンビニで買ってきた新品ですけど、なにか」
いや、メチャクチャ格好悪い自分勝手な男じゃん、こいつ。自分の美学で勝手に別れてるくせに。
波多野がモテすぎるのもちょっと無理がある。教え子の雅子と恋に落ちるのはよいとして、塾の教え子のゆかりも、角田に会うまでは波多野に惹かれていただろうし、学園の職員の木村美紀(佐藤江梨子)も以前から彼に横恋慕していたし。
阪本組のキャスティング
それにしても、このサトエリをはじめ、同僚教師の杉本哲太、雅子の恋人の井浦新、ゆかりのルームメイトの谷村美月と、ちょい役に豪華な顔ぶれ。悪役メンバーは阪本順治監督作品には欠かせない石橋蓮司と、迫力の菅田俊はいかにも東映っぽくて好き。
そして敵ながらあまりに自由にふるまう窪塚洋介が、実にいい。
「俺なんて、裏に行ったり表に行ったり、居酒屋の店員みたいな人生だよ」
こんな台詞、原作にあったかなあ。窪塚がいうと、キマるわ。
本作の波多野は結局、普通の教師だから序盤からずっと大森(菅田俊)や中込(窪塚洋介)たちに殴られっぱなし。
最後にはようやく廃校舎の黒板裏にあった竹刀で反撃するのだが、丸腰の相手に武器を振り回す様子はどうみてもハードボイルドっぽくはない。
◇
おまけに、ゆかりは救出するが、彼女の愛する角田(うじきつよし)は殺されてしまい、何だか、目的が果たせたのかよく分からないエンディングになっている。
ちなみに、原作では角田が善人か悪人かはミステリアスだったはずなのに、この配役では一目瞭然だ。
◇
決着をつけるのに12年かかったというけれど、それはたまたま教え子が失踪したからなんだよなあ。どうにも消化不良。
本作は、志水辰夫の原作からしてツッコミどころが多く、なかなか世界に浸りにくいのが難点。小西真奈美の夜の蝶は美しいのだけれど。