『スウィート・シング』
Sweet Thing
インディペンデンス映画の雄・アレクサンダー・ロックウェル監督の25年ぶりの日本公開作は子供時代の輝かしい日々
公開:2022 年 時間:91分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督・脚本: アレクサンダー・ロックウェル キャスト ビリー: ラナ・ロックウェル ニコ: ニコ・ロックウェル アダム: ウィル・パットン イヴ: カリン・パーソンズ マリク: ジャバリ・ワトキンズ ボー: M・L・ジョゼファー オーウェン: スティーブン・ランダッツォ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
マサチューセッツ州ニューベッドフォードで暮らす15歳の少女ビリー(ラナ・ロックウェル)と11歳の弟ニコ(ニコ・ロックウェル)。
一緒に暮らす父アダム(ウィル・パットン)は普段は優しいが酒のトラブルが尽きず、ある日ついに強制入院させられることに。
他に身寄りのない姉弟は、家を出ていった母イヴ(カリン・パーソンズ)の元を目指すが…。
レビュー(まずはネタバレなし)
インディーズ映画のアイコン
何とも、心に沁みる作品だ。16ミリフィルムによるモノクロ映像が、とても優しく、温かい。
アレクサンダー・ロックウェルは日本では寡作の監督と紹介されることが多いが、直近では『In the Same Garden』(2016)があり、処女長編の『Lenz』(1982)以来、12本の作品を撮っている。いうほど寡作という訳ではない。
ただ、日本での劇場公開作となると『フォー・ルームス』(1995)以来25年ぶりらしい。ジム・ジャームッシュと並ぶ米国インディーズ映画のアイコンという割には、日本では冷遇されているのかも。
◇
前妻のジェニファー・ビールスが出演している『イン・ザ・スープ』(1992)は、アレクサンダー・ロックウェル監督の代表作として、本作にあわせて特別公開された。
どうせなら、『Little feet』(2013)も公開してほしいものだ。これは本作と同じラナ&ニコ・ロックウェルが主人公の、いわば本作の前日譚ともいうような、10年ほど前の姉弟ドラマなのだから。
ジョイ・トゥ・ザ・ワールド
さて、本作の冒頭は、駐車しているクルマのタイヤに釘を置き、パンクさせては修理工場のオヤジから報酬をもらう姉弟。15歳の姉ビリー(ラナ・ロックウェル)と11歳の弟ニコ(ニコ・ロックウェル)。
ただの悪ガキなのかと思えば、生活に困窮する家族なのだと分かってくる。家族でクリスマスを祝うために、どこかで子供たちにプレゼントを買い、ツリーをせしめてくる父アダム(ウィル・パットン)。
ニコにはおもちゃの銃とナイフ、ビリーにはウクレレ。貧しいながらも愛と笑いに満ちた三人家族。どうやら、母のイヴ(アダム&イヴですな)は家を出て行ってしまったようだ。
◇
クリスマスの日、そのイヴ(カリン・パーソンズ)とみんなで待ち合わせて外食する約束だったが、彼女は新しい男連れでやってきて、結局ケンカ別れして食事もせず帰ってしまう。
このあたりから、貧しくも幸福な家庭に、少し不穏な空気が漂い始める。実は、父アダムは普段は優しいが酒を飲むと人が変わるのだ。
酒浸りになった父はその後に警察の世話になり、アルコール依存症の治療のために、しばらく入院することとなる。
◇
頼る大人がいなくなった姉弟は、仕方なく母イヴのもとを訪ね、彼女の新しい男・ボー(M・L・ジョゼファー)の家に置いてもらう。ここから、逃走と冒険の旅が始まる。
楽しい日々は総天然色
スーパー16ミリフィルム撮影のモノクロ映像で描かれる姉弟の生活は、けして明るく楽しいものではない。
優しそうに見えた父アダムにも別人の顔があり、また出て行った母イヴには子供への愛情など感じられず、更にイヴの恋人のボーは、マッチョで女子供を奴隷のように扱う凶暴な男だった。
だが、そんな中でも姉弟はくじけず、ビリーは父にもらったウクレレを奏でて歌を聴かせる。彼女の名前は、父の好きなビリー・ホリデイから取ったものなのだ。
そしてモノクロの中に時折現れるカラーの映像。それは、大好きなビリー・ホリデイが彼女を優しくケアしてくれる幻想シーンだったり、みんなでバカ騒ぎするビーチだったり、子供たちだけで戯れる冒険の一コマだったり、海で潜った水の中だったり。
つらいときでも、ビリーがふと思い出したり感じたりする幸福なひとときは、束の間モノクロから総天然色に景色が変わるのだろうか。これは本作をファンタジーのように見せてくれる。
本物の家族で撮る映画
姉弟を演じたラナ&ニコ・ロックウェルは、名前から分かるように監督の実子であり、母イヴ役のカリン・パーソンズは監督の妻。ということは、ほぼ実際の家族が演じているようなもので、だからこその息の合い方なのだと肯ける。
父アダム役のウィル・パットンは多くの作品に出ている俳優で、ロックウェル監督作品には『イン・ザ・スープ』に出演。近作では『ミナリ』(2021、リー・アイザック・チョン監督)に出てたって? ああ、十字架抱えてた男性か。
◇
「僕らの中にもまだある子供時代の魔法を祝福するため、この映画を撮った」とアレクサンダー・ロックウェル監督は語っている。
子供たちが話すことに耳を傾け、子供たちが見るものを見てみよう。自分が撮りたいものを、作品にする。インディーズ映画にこの人ありと言われた監督の、制作姿勢はブレない。
低予算だから、どこかの俳優を使うくらいなら、家族総出で撮ってしまうか。そんな考えでスタートしたのかもしれないが、盟友ウィル・パットンも加わったおかげもあり、バラバラに離散しそうでいて、しぶとく踏みとどまっている家族の在り様が、結果的にはうまく表現されている。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
大人の世界は複雑だ
本作には『スタンド・バイ・ミー』(ロブ・ライナー監督)へのオマージュを感じさせるカットもあるように、基本、子供たちの映画であり、すべての大人に子供時代のきらめきを思い起こさせようとする。
本作で描かれている大人は、みな素直ではないし、嘘つきで、身勝手だ。家族を捨てて男に走った母のイヴは、子供たちよりまず自分の幸福を考えるタイプの女であり、叩かれても踏まれても、乱暴者のボーにすがっていく。
優しい父に見えたアダムは、最愛の妻がクリスマスの食事の約束を反故にしたことで傷つき、その後、ビリーが街中でナンパ男にドレッドヘアを褒められるのを見る。
酔った勢いでアダムは娘に、「クリスマスだから髪を切ってやる」と言い出して、怖い顔になる。年頃の娘が、女に成長するのが寂しくなったのかもしれない。
泣きそうな娘の大事な髪をバサバサ切る父親の豹変ぶりは怖いが、姉を慰めようと自分も髪を短くする弟が優しい。
丸太ん棒の単細胞・ボー
母の新恋人のボーはさらに輪をかけて不気味だ。丸太のような逞しい腕を振り回して、子供たちもいる夕食の場で次々と暴言を吐き、無茶ぶりをする。
逆らう者なら、殴られたり、料理をひっくり返されたり。これは怖い。イヴは男の趣味が悪すぎる。
姉のビリーは現地で知り合った少年マリク(ジャバリ・ワトキンズ)と親しくなり、ボーは、「こいつはもう男を作った」とからかう。
ボーがビリーに襲いかかるのではないかと心配していたのだが、なんとそうではなく、弟のニコにイチモツを握らせて悪さをさせようとする。これはおぞましい。
そして、それが引き金となり、ニコは恐怖と怒りでボーを刺し、居合わせたマリクも加勢し一撃をくらわす。そして三人の子供たちは、殺してしまった不安を抱え逃避行を始める。
流れるように不幸の坂を転がって、しまいには男を殺してしまったかもしれない状況のなかで、三人は富裕層の別荘に入り込んだり、海で泳いだり、線路づたいに歩いたり、逞しく、そしてなぜか楽しそうに旅を続ける。
どんなときでも、気の持ちようで幸福になれるのだ。
だが、人の良さそうなキャンピングカーの夫婦に食事とベッドを提供してもらった三人には、翌朝悲劇が待っていた。見かけた警官からとっさに逃げようとしたマリクが、背後から撃たれてしまったのだ。これには驚いた。
Sweet thing 愛しい君
ここから物語は急に収束に向かう。マリクは一命をとりとめるが、ビリーとニコの記憶を失くして入院生活に入る。
一方、数週間のアルコール依存症治療入院を終えた父アダムは、子供たちのもとに帰ってきて、また一緒に暮らし始める。撃たれたボーは死なずにすんだが、イヴはようやく男と別れて、戻ってくる。
◇
終盤になり、姉弟がマリクを病院から連れ出して海に行き、ウクレレで彼女の曲を聴かせる。ヴァン・モリソンの「SWEET THING」。そう、タイトルは愛しい君という意味だ。
この歌で、マリクは少し記憶を取り戻したかのように、わずかに微笑む。続いてアダムと楽しい暮らしが戻ってきたビリーとニコ。当たり前の平凡な日常が、かけがえのない幸福なのだと教えてくれる。
本作は子供たちが主役のロードムービーだが、流れるのは「スタンド・バイ・ミー」ではない。ヴァン・モリソンやビリー・ホリデイからブライアン・イーノ、シガー・ロスまで、ここにもアレクサンダー・ロックウェル監督のこだわりが詰まっている。
そしてラスト、男と別れてこの町に帰ってきたイヴに、アダムが家の前で手を振る。彼女はアダムの顔を見るが、何も言わずに家に引っ込む。ここに陳腐な台詞を持ってこないところが、何ともインディーズらしい。