『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』
Eli, Eli, Lema Sabachthani?
自殺したくなる奇病の蔓延で、絶滅危機に向かう世界の中で、音楽により発病を抑えられる者が現れる。死にゆく世界にかき鳴らせ、大音量のギターの音を。
公開:2006年 時間:107分
製作国:日本
スタッフ
監督: 青山真治
キャスト
ミズイ: 浅野忠信
アスハラ: 中原昌也
ハナ: 宮崎あおい
ナビ: 岡田茉莉子
ミヤギ: 筒井康隆
ナツイシ: 戸田昌宏
カゼモト: 鶴見辰吾
エリコ: エリカ
ミヤザワ: 川津祐介
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
2015年。映像を通じて感染するレミング病というウイルスによって、世界中で多くの人間が自殺している。
富豪のミヤギ(筒井康隆)は、息子夫婦をレミング病で失い、孫娘のハナ(宮崎あおい)もレミング病に侵されている。
探偵のナツイシ(戸田昌宏)に調査を依頼したところ、ミズイ(浅野忠信)とアスハラ(中原昌也)の奏でる音楽には発病を抑える効果があるのだとわかる。
今更レビュー(ネタバレあり)
どうして私を見捨てられたのですか
『エブエブ』(エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス)より遥か昔に、『エリエリ』と称される作品を青山真治監督が撮っていた。
「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」とは、イエス・キリストが磔刑に処せられた際に十字架上で語ったとされる、福音書に記述されている七つの言葉の一つ。「わが神、わが神、どうして私を見捨てられたのですか」という意味だという。
タイトルロールに登場するのは、”Eli, Eli, Lema Sabachthani?” なぜ日本語には「?」がないのか気になる。
「エコエコアザラク」から「エロイムエッサイム」まで、この手の呪文のような言葉にはどこか世紀末的な響きがあり、加えてロン毛の浅野忠信の雰囲気から、前衛的で意味不明な映画なのではないかと身構える。
だが、意外なほどに温かみの感じられる序盤の展開に良い意味で裏切られ、青山真治監督の作風の多様性を感じた。
◇
冒頭、海辺から現れるガスマスク姿のふたりの男、ミズイ(浅野忠信)とアスハラ(中原昌也)。住民が死んだまま廃墟となっている集落で何やらガラクタを集めては音を作っているように見える。
死に絶えたような町で、二人は何をやっているのか、しばらくは分からない。何の台詞もない二人が、次々と音の出る材料を探しまわる。
振り回すと音の出る掃除機のホースをみつけ、扇風機と傘の骨を組み合わせて、美しい音を奏でる装置をこしらえる。楽しそうな二人の仕草は、NHK『できるかな』ののっぽさんとゴン太くんのよう。
レミング病が蔓延する世界
ミズイとアスハラが、ナビ(岡田茉莉子)の経営するペンションで一緒に食事をしていると、ラジオのパーソナリティが今の状況を説明してくれる。
2015年、世界中に謎の病レミング病が蔓延し、発症すると自殺してしまう。先ほど二人が探索していたのは、発症者が死んだあとの家だったのだ。
どれだけ生存者が残っているのか不明だが、ここに男女三人が肩寄せ合って暮らしている。ラジオのパーソナリティの声は、青山真治作品お馴染みの斉藤陽一郎。TOKYO FM開局35周年記念作品だけあって、ここはテレビではなくラジオが存在感を発揮。
◇
一方、富豪のミヤギ(筒井康隆)は探偵のナツイシ(戸田昌宏)を使い、ミズイとアスハラを探し回っている。ミヤギは、唯一の身寄りである孫娘のハナ(宮崎あおい)がレミング病にかかってしまい、この二人に救いを求めるのだ。
ミズイとアスハラはステッピン・フェチットというバンドを組んでいるのだが、彼らの創る音が、どうやら発病を抑え込む効果があるということのようだ。
音量を浴びて怨霊退散
ようやく物語の全体感が見えてきた。ここまでの絵作り、それに音の作り込みはとてもよい。ただ、ここから先の話の展開は、追随する者を選ぶのではないか。
ハナのために演奏してほしいというミヤギの依頼を二人は突っぱねる。ミズイは、かつて恋人のエリコ(演じるのはエリカ。エリエリですね)をレミング病で死なせて以来、音楽活動を離れアスハラと隠棲生活を続けているのだ。
だが、相方のアスハラまでもを自殺で失ってしまい、ミズイはハナのためにもう一度演奏をしてみようと意を決する。
話の流れは分からないこともないのだが、私が共感できなかったのは、この、ミズイがハナのために捧げる音楽だ。
目隠しをされたハナが、広い草原にそびえる巨大なアンプから、ミズイの奏でる大音量の音楽を全身に浴びる。
ここはエレキで大音量のシャワーというのを撮りたかったのだろうが、せっかく序盤で美しい音集めをしてきたのだから、音量勝負ではなく、音の豊かさでレミング病と対決してほしかった気はする。
でも確か、青山真治はアンプラグドより、アンプに繋がってる方が好きな派なのだ。だから必然、こういう展開になるのだろう。
北九州サーガをつなぐキャスティング
映画そのものは、青山真治監督の<北九州サーガ三部作>の途中に撮られただけあって、キャスティングも濃厚に影響を受けている。
サーガ初発の『Helpless』(1996)で主演した浅野忠信が本作ではミズイ役を演じ、一方でサーガ第二弾の『EUREKA』(2001)で輝きを放った宮崎あおいを、本作でもヒロインのハナ役に据えている。
この二人の俳優が、本作の後に三部作のラストを飾る『サッドヴァケイション』(2007)で再び共演を果たすわけだ。その他、本作のワンシーンに登場する川津祐介は同作にも重要な役で起用される。
ちょい役ではなく、まともに俳優として演技を見せる筒井康隆の姿がたっぷりみられるのも(自著の映像化を除けば)珍しいし、岡田茉莉子も本作以降に映画出演は久しく途絶えているようなので、その意味でも貴重な作品といえる。
岡田茉莉子は小津安二郎作品、筒井康隆は受賞パーティか何かで会った際のイメージから、監督が突如オファーしたらしいが、いずれも独特の世界観づくりに貢献している。
本作でハナたちがリムジンのように使う救急車が、どこか『EUREKA』に出てきたマイクロバスと似た雰囲気だったり、青空の下の大草原でギター演奏に勤しむ浅野忠信の姿は、岩井俊二の『リリイ・シュシュのすべて』に対抗するかのようなイメージだったりと、発見するものは人それぞれ。
◇
青山真治監督は、『レイクサイドマーダーケース』(2004)で制約の多い人気原作の映画化に辟易し、本作のように好き勝手にやれる実験的な作品に手を出したのだろうか。
その後に、更に自由気ままで難解な『こおろぎ』(2006)に向かった時には、どうなることかとハラハラしたが、その後、無事に傑作『サッドヴァケイション』へと到達したことは嬉しい限りだ。