『ひらいて』
綿矢りさの原作に惚れんで映画監督を目指した、首藤凜監督の快心作。山田杏奈・作間龍斗・芋生悠が演じる奇妙な三角関係。大人には分からないけど心地よい。
公開:2021 年 時間:121分
製作国:日本
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
明るく成績優秀で校内では人気者の木村愛(山田杏奈)は、同じクラスのたとえに片思いをしている。
目立たず、教室でもひっそりと過ごす地味なタイプの西村たとえ(作間龍斗)は、どこか人と関わりを持つことを避けているように見え、愛はなかなか近づけずにいた。
たとえが誰かからの手紙を大事そうに読んでいる姿を偶然目撃した愛は、ある夜、悪友たちと学校に忍び込んだ際、その手紙を盗んでしまう。手紙は、糖尿病の持病を抱える陰気な級友・新藤美雪(芋生悠)からのものだった。
二人が密かに交際していることを知った愛の思いは乱れるが、その気持ちを隠して美雪に近づく。そこから愛と美雪、たとえの三角関係が始まる。
レビュー(まずはネタバレなし)
キラキラ恋愛もののはずがない
メインの高校生男子を演じているのがHiHi Jets の作間龍斗ということもあって、てっきりキラキラ系の学園ラブコメか何かだと思い込んでいた。
でも原作は綿矢りさの同名小説。ありきたりな恋愛もののはずはない。そう思って映画にも小説にも手を伸ばしてみる。なるほど、これは引き込まれる。
◇
いや、正直にいうと、山田杏奈が演じる主人公の木村愛の心情も行動も、よく分からないし共感できない部分が多い。だが、それでよいと思うし、あるべき姿なのだろう。
だって、綿矢りさが二十歳代の頃に書いた原作で、主人公は女子高生、それを目下売り出し中の若手女性監督首藤凜が映画化するのだ。いい歳をしたおっさんが容易に理解できてはおかしい。その前提に立てば、とても楽しく観ることができた作品といえる。
夕立ダダダダダッ
冒頭、まだ誰もいない朝の教室に女生徒が一人。誰かの机に手紙を入れる。彼女が読み上げる手紙のナレーションが入る。声が美しい。
そして静かな教室から突如、校庭で坂道系アイドルのダンスを踊る女生徒たちのドローン撮影に切り替わる。流れるは劇中歌の「夕立ダダダダダッ」。
教室の女生徒は美雪(芋生悠)、ダンスのセンターにいる女生徒は愛(山田杏奈)。静から動への転換にテンションが上がる。そしてタイトル。
ダンスの途中で体調を崩し脱落する美雪は、持病の糖尿病で血糖値が下がって動けない。そこに居合わせた愛は、ジュースを口移しで美雪に与える。その気はない二人だったが、女同士のキスシーンで物語は始まる。
そのあとに愛は同じクラスの気になる男子・たとえ(作間龍斗)へのアプローチをし始めるのだが、もうここまでの話の順序が、ただの男女恋愛ものでは収まらないことを如実に示している。
「たとえって、いい名前だよね」
原作の台詞の順序と場所を組み換え
愛が学校の廊下で彼に話しかけるシーンあたりまでで、実は原作とはだいぶ構成が異なっている。
会話そのものやエピソードは原作に忠実な部分が多いのだが、興味深いことに、その会話が登場する順序が大きく異なっていたり、時には会話がなされるシチュエーションが差し替えられていたりする。
◇
そして、その大胆な変更は、原作の味わいを失うことなく、映画に効果的なサプライズや動きを与えてくれる。首藤凜監督の原作への深い造詣を感じる。
彼女は、この原作に惚れこんで、これを映画化したくて監督の道を目指したという。そもそも、PFFに入選した自主映画が『また一緒に寝ようね』だ。これって、『ひらいて』の決め台詞じゃないか。
執念でつかんだ映画化権、原作通りではなく、映画ならではの爪痕を残したい。そういう気概が伝わってくる。
坂道グループのダンスレッスン、自転車に乗って移動する地方都市の高校生の日常、いずれも原作にはない動きの投入だ。愛の人物描写も、つまらなそうに踊る表情、階段からの屑籠放り投げ、前髪やネイルの手入れが劣化していく様子など、芸が細かい。
特に感心したのは、大量の折り鶴を桜の花に見立てた大きな木をクラスの展示物として作るところ。原作でも折り鶴は登場するが、展示物には使われていない。折り鶴を有効活用することで絵的に映えるものにしたのは妙案だった。
◇
本作の主人公・愛が好きになった級友のたとえは、病弱な美雪とひそかに文通をして付き合っている。愛はたとえに告白し、ふられた腹いせに彼のつきあっている女と深い仲になっていく。何と不思議な三角関係。
『インストール』の上戸彩、『勝手にふるえてろ』の松岡茉優、『私をくいとめて』ののん、映画化された綿矢りさ原作の主人公の女性たちはみな、好きな男のために行動がエスカレートしていく運命にある。本作の木村愛も例外ではない(ついでに、どれもタイトルが命令形である)。
キャスティングについて
主人公・愛を演じるのは『ミスミソウ』、『哀愁しんでれら』など売れっ子の山田杏奈。本作では、主人公の心情はよく理解できなかったそうだが、それでもファムファタールを好演。美雪をカラオケに誘い込んで、知らないふりでたとえとの交際をあれこれ質問責めにするところをはじめ、背筋が寒くなるシーンが多々あり。
山田杏奈は首藤凜監督も参加しているオムニバス映画『21世紀の女の子』では枝優花監督のパートに主演。ちなみに首藤監督パートの主演は、本作で養護教諭役の木下あかり。
◇
愛がアプローチする、物静かな植物系の秀才男子はじめに作間龍斗。彼はかなり原作イメージに近いと個人的には感じた。
ただ、本作はキラキラ系のラブコメではないだけに、モテる役なのにあまり男らしさをアピールできる場面がない。毅然としたところはあるが、駄目な父親にお茶ぶっかけられて何もできないようなキャラなのだ。これをジャニーズ事務所所属(当時)の彼が演じるところに、意外性があり興味深い。
そして、はじめの交際相手でありながら、愛の策略にはまって、彼女に文字通り身体を<ひらいて>しまう病弱な女子高生美雪に『ピンカートンに会いにいく』の芋生悠。
本作では顔色も青白く、いつも病み上がりの雰囲気。原作よりも手紙の朗読シーンはだいぶ少ないのだが、彼女の演技力でそのへんの心情をカバー。山田杏奈が『樹海村』なら、芋生悠は『牛首村』出身だ。
その他、はじめと美雪にはほかに友だちはいないが、愛には親友のミカ(鈴木美羽)と、そのボーイフレンドだが愛に告白してくる多田(田中偉登)がいる。
愛の母親は板谷由夏、美雪の母親は田中美佐子、たとえの父親は萩原聖人。いずれもほとんど片親しか登場してこないのが面白い。どの親も、子供の抱えている悩みはまるで理解していない。
萩原聖人に至っては毒親である。このDV父が、かまぼこ製造業だというのは映画オリジナル設定だが、なんとも不気味だ。かまぼこを切るのに包丁を取り出すので、きっと刃傷沙汰になるものと睨んでいたのだが…。
学校の教師陣もユニークだ。担任の山本浩司(『弟とアンドロイドと僕』ほか多数)はじめ、河井青葉(『偶然と想像』、『愛しのアイリーン』)や前述の木下あかり。この三人の教師は、いずれも『あゝ、荒野』に出演。
そして、親たちと同様に、この連中も主人公たちの苦悩に寄り添うことはまったくできていない。本作において大人はみな無用の長物なのである。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
開いたのは心か身体か
愛は、好きになったものは手に入れなければ気が済まない性分だし、それが駄目なら相手の彼女との仲を引き裂いてやろうとする性悪女だ。自分の思いをさらけ出して裸になって体当たりで、たとえに告白しても、徹底的に拒絶される。
なりふり構わぬ行動の愛を「怖い女だ、いい気味だ」という見方をするのは楽だが、そんな単純な決着では終わらせてくれない。
◇
好きで好きでどうしようもない相手にフラれた傷心の愛。そんな彼女を唾棄するほど見下して言葉のナイフを突き刺したたとえ。
そして、本来なら最も愛に傷つけられたはずの美雪は、「ほんのひとときでも心を開いてくれたのであれば、私はその瞬間を忘れることはできない」と手紙に綴る。
お前の勝手を許さないと息子を縛り付けようとするたとえの父親は、どこか愛と同じ身勝手さを持っている。何も反抗できないたとえに代わり、愛はその父親を殴る。それは自分自身を戒めているのかもしれない。
たとえと美雪の仲を引き裂こうとしていた愛が、いつのまにか二人の未来に向けて背中を押している。欺くことで始まった美雪との同性愛の関係は、はたして嘘のまま終わったのか、本当の情愛に変わったのか。正解は示されない。
しかも、原作と映画で答えは違うようだ。出来事や会話の順序の入れ替えは、冒頭だけでなく、終盤にも積極的に行われている。結果として、本作では愛とたとえの関係よりも、愛と美雪の関係に重きが置かれている。
不可解だった点
愛が祈りを込めて折った鶴のひとつを、丹念に開いていくシーンが最後にある。まるで閉じこめていた心を開放するようだ。このシーンは美しかったが、続けてすぐに美雪からの手紙の封筒を開くのは、慌ただしい。開く行為は分けたほうが印象的だったのではないか。
さらにいうと、千羽鶴の桜の木の下で向かい合う愛とたとえが、それぞれの顔のアップ(背景に鶴が舞う)というポスタービジュアルにもなっているショット。あれはやはり奇妙だ。あそこだけコメディになっている。
ついでに、愛のスマホのアラーム音も、大きすぎる。あれでは災害警報か、病院のエマージェンシーコールだ。尋常ではない。
とはいえ、この映画のメガホンを取るために生きてきたとまで豪語する首藤凜監督だ。すべてに深い意味があるのかもしれない。私は原作にない萩原聖人のカマボコが気になっている。なんのメタファーだろうか。
最後にロケ地紹介
旧足利西高校(栃木県)
学園もののロケ地としては良く知られているところらしいです。最近ではドラマ『不適切にもほどがある!』とか。